捨てる
ルシフェルのことが分からない。
こいつの求めるものが分からない。
それが家族だとしたら、なぜ殺してしまったのか。
それが仲間だとしたら、なぜ今ミカエルを手に掛けようとするのか。
それが人間だとしたら……そもそも、それを求める理由が分からない。
僕がNSに抱くのは一種の憧れなのだろう。
尽きない魔力。老いない体。能力という約束された強さ。
鍛錬さえ積めば、どんな高みにも行ける。
僕はそれに憧れていた。
僕とルシフェルは同じだ。
なのに、求めるものはここまで違う。
ルシフェルのことが分からない。
こいつは何を思ったのだろう。
僕の目を通して世界を見て。
父さんを。
母さんを。
妹を見て。
ルシフェルは何を思ったのだろうか。
今まで考えなかったことが不思議なくらいだ。
僕は今、ルシフェルのことを知りたい。
この男が強いから。それもある。もちろんだ。
だけど、それだけではない。
心が強く、揺らぐ。
死にたくないと思ったし、それと同じくらい――ルシフェルの命に興味が湧いた。
惜しいわけじゃない。
ただほんの少し、まだ見ていたいと思った。
ルシフェルのことを。
そして、僕の家族を、まだ見ていたかったと、思う。
願った。叶うなら返して欲しいと。
たった一つの大切な繋がりを。家族という、ただの言葉を。
返して欲しい。狂おしいほどに。それ以外、何もかもどうでも良くなるほどに。
強くなることが、願いへの近道だと言うならそうしよう。
強くなれば、家族を手に入れることができるなら。
しかしそれではルシフェルと同じだ。
喪ったものを願っても、もはや手遅れなのだ。
僕はただ前を見て、進み続けねばならない。
なぜなら僕は独りだから。
この世に、方舟に、僕はたった一人だけだから。
誰も僕にはなれないし、僕は誰にもなれない。
だから、この魂を。
「お前には譲らない!!」
今この瞬間を、誰にも渡したりはしない。
熱っぽい空気がまとわりついて、視界が少しずつ赤く染まっていく。
声を聞いたルシフェルが、咄嗟に銀剣を抜こうとする。
刃から魔力を引いて、鮮やかに敵の居合を虚空に流す。
「武神流――!」
やはり、目が見えていない。
貫手の先端を絞る。
この距離、この状況ならば外さない。
目を閉じて。
攻撃を予見。
どういう訳か、的確に僕の位置を――正確には、攻撃の位置を――把握している。
何を基準に?
音。
匂い。
肌の触覚。
どれも違う。
魔力か。
右手を捨てる。
指に魔力と勁を集めて炸裂させる。
当てず。
音を立ててひしゃげる。
痛みに歯を食いしばり。
逆流してきた勁をそのまま今度は脚へ流す。
円運動を掛けて、相手の顎へと。
「唐獅子ッ!!」
魔力の無い一撃が、ルシフェルの脳を激しく揺らした。
この一撃のためにわざわざ手を捨てるとは思っていなかっただろう。
それはそうだ、僕だって今しがた思いついたばかり。
表面だけを魔力で覆って、大まかに治癒を施す。
痛みが酷いが、たったの数分動けばいいのだ。
体制を崩したルシフェルへ。
「ッラァ!」
刃ではなく、硬く握った拳を叩き込む。
頬骨へと、皮膚越しに触れた感触。小さく呻く相手。
標的は完全に僕を見失っている。
ミカエルを振り返った。
意識ははっきりしているようだ。ただ、やはり盾を持ち上げることは出来ていない。
重量が変わったか。
手放せばいいものを、と考え、それは出来ないのだと結論した。
盾から剣を取り出していた。
そして、ミカエルの攻撃は、全て盾があってこそ成り立っている。
これは命綱に等しいのだろう。
本気の殺意を前に、捨てることは出来ないのだ。
ルシフェルからは逃れられない。方舟にいるなら尚更だ。
だからこそ、ここで答えを出さなければ。
ルシフェルは小さくうずくまり、何やらぶつぶつと呟いて――
「ああ……あああ……あああああ……! なんなんだよ……なんなんだよこれはァァア!!」
突然、誰にともなく怒号を放つ。
「ふざけるな! なぜ俺がこんな思いを、こんな仕打ちを受けなきゃならないッ! お前が……! お前がいるから!」
それは、まるで……年端も行かない子供が喚くような。
「お前が死ねば終わるんだ! それで! それだけで! お前さえいなければ!!」
頭を振って、何かを振り払おうとする。
何を。
ルシフェルのことが分からない。
「お前さえいなければ……! 俺は、俺は……! 俺は! 人間になれたんだ!!」
こいつのことが、分からない 。
人間に憧れる、その理由が 。
「見ているんだろう……! 仕事だ! さっさと出てきて責務を果たせ!」




