表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
3/166

お前は誰だ?

「……お前は、誰だ」

「だからドクトルだって」

「違う」そうじゃなく。「どこの、誰だ?」お前は何だ?「出身は?」何処にいる?「年齢は、家族は、職業は、所属は」怪しいところだらけだ。

 気付いてみれば、此奴は一体何者なのだろう。不気味さだけが僕の心を蝕んでいくようで、僕はまた、胸の傷を指でなぞった。

「どこの誰……って言われてもね。現時点でどこにも所属してないからなんとも」

 かけていた眼鏡を指で正して。

「年齢も長いこと数えてないし、出身国もまだあるのかどうか……家族はとっくに死んでるんじゃないかな」

 なんて言ってから、おどけた様子で「ま、僕も死んでるけど」と付け足す。ドクトルは深く腕を組んでから、少しの間、次の言葉を考える。

「職業はさっきも言ったように、科学者だよ」

「なら、所属している組織があるはずだ」

「それが」と、ため息交じりに。「僕は少数派マイノリティーでね。方舟じゃ唯一といってもいい。どこにも属してないんだ」

「冗談」茶化しつつ、考える。「どこにも属せず研究が続けられるものか?」

 方舟で唯一、か。

 ほかに人がいるということになる。ドクトルや、僕以外に、人がいる。もしくは、このドクトルのような存在が他にいることに。

「幽霊ってのの便利なところだね。執念以外何も残らないわけだし」

 明後日の方向を向いて、ドクトルが呟く。

「眠くならないし、お腹も空かない。ただ、研究を遣り遂げたいって意志だけが、狂おしいほど残ってる」

 だからここに居る。ドクトルはそう言いたげにため息をついて、僕の方に向き直る。

 僕はドクトルの目を、顔を、体を、じぃっと見つめる。

 ……本当に、幽霊だと確信した。

 いや、薄々気づいてはいた。それを確信へと変える要素も、幾つもいくつも転がっていた。

 だが、そろそろ確かめてみよう。この目で見て、『それ』が見えないのなら、あとは確認するだけで、それは確固たる事実となる。

 すぅと大きく息を吸う。

「…………」息を吐いて、吐いて。「確認良いか」

「どうぞ」とドクトルが了承する。僕は肺いっぱいに溜めた空気をほとんど空にしながら、やっとのことで「お前は」と切り出す。

「お前は、呼吸をしてないよな?」

「君はずいぶん苦しそうに息をするね」

 ドクトルはさも愉快だと言うようにクスクス笑う。

「じゃ、僕からの質問」やはり、来るか。「何を根拠に?」

 さて、と姿勢を正して、またカップを傾ける。

 どう答えたものだろう。

見ていれば分かると誤魔化すべきだ。頭の中でそう自分が吠える。

しかし、本当に見ていれば分かるのだろうか? 答えは否だ。彼は歴として呼吸をしていない。幽霊だからそう思ったのではない。むしろ呼吸をしていないから、彼が幽霊だと納得したのだ。

もう少し考える。今度は自分のことを。

これは、誰に話しても納得が得られなかったことだ。自分の同級生にも。両親にも。先輩や他の大人たちにも。

だからたぶん、根拠と言えない。これは勘だ。

……正直に話してみよう。

ドクトルはこの程度きっと受け入れる。

「呼吸していれば三手先まで『視える』。だけどお前は視えなかった。それだけだ」

 さぁ、どう出る。僕が嘲笑に身構えると、ドクトルは少し意外そうな顔をして――

「似たようなこと言う奴を知ってるよ」

 ――と、言った。

「アイツ、それをサトリって呼んでたかな。アイツと視てる部分は違うけど」

 なるほど、と、ドクトルは続けた。

「君は人の呼吸を見てるわけね」

 特に、驚いた様子もなく。

 逆に、僕はその様子に驚いたくらいで。

「俄然興味湧いてきたよ。君のこと」

「ここに軟禁するくらいには興味あるだろ……」

「人聞き悪いじゃない」

「事実だろ?」

「いいや。僕は君が目を覚ますまで待ってただけだよ」

 閉じ込めているわけではない、とドクトルは言う。

「じゃあ、よしんばここを出て行こうとしたら?」

「止めない」

「ここに居ると言っても?」

「嫌がらない」

「……なぜ目が覚めるのを待ってた?」

 どうやら本当に、ただ待っていただけらしい。僕はそのまま疑問に変える。

「約束で、ね」

「……誰との?」

「それは言えないな。直接確認に寄越せ、って言ってたし」

 ひらひらと、核心を躱す。苛立ちだした心を抑えるように、僕はまたコーヒーを飲む。

「つまり、こうか? 目が覚め次第、ここを出て、連れてきた礼でも言いに来い、と」

「ちょっと違う。助けてやったんだ、ちょっとは礼でも言いに来い。たぶんこう」

 大差ない。

 そう言いたいのを堪えて、僕は今になって、ドクトルに問う。

「……生きているんだよな?」

「君が?」頷くいて肯定するや否や、「生きてるよ」と彼は退屈そうに答えて、「人間かどうかは最終チェックが済んでないけど」……そう言葉尻に付け加える。

 なにをいまさら、と言いたげに、ドクトルは返答して、もうすぐ空になろうというカップを取り上げる。

「おかわりいるかい?」

「……砂糖多めで」

 ドクトルは表情を崩して僕に背を向けた。

「君は拾ったわけじゃないんだよね」

 唐突にそう言って。

「どういう意味だ?」

「そのまんまさ」

 アルコールランプに火が灯る。

「君みたいな子はたまーにいる。こっち側に『渡って来る』才能に恵まれたようなのがね」

 なるほど不味いわけだ。

 ビーカーに入れた水を沸騰させ、そこに粉末のコーヒーを直接溶かしている。

 ……美味くなる道理がない。

「それは才能なのか?」

「ああ。歴とした才能だよ」その瞬間まで開花しないけど、と付け加え。「若い子に多いね。君くらいの歳の子はよく渡って来る」

「渡ってきたやつはどうなる?」

「聞きたい?」

「ああ」

「やめといた方がいいよ」

 なぜ、と聞く前に、ドクトルは僕にカップと砂糖の入ったケースを押し付けた。

「君がこれから証明することでしょう?」だからこそ聞きたいのだが。「バラしちゃうのは野暮ってもんさ」

 明らかに別の用途で使われるだろうスプーンを使って、不味いコーヒーにたっぷり砂糖を入れて混ぜる。

「それに」胃がムカムカする味だ。「君が自力で歩いて行かなきゃならない、てことに変わりはないし」

「お前の補助無しで、か?」

「そうなるね。君が僕に頼んで来れば話は違ってくるけど」

 言ってから、顔をしかめた僕に対して、ドクトルは微笑む。

「君はそういうの嫌いそうだし。まぁ、無い話でしょ」

「なぜそう思う」

 僕の問いに、ドクトルは――

「君を連れてきた男がそう言ってたよ」

 ――と、答えた。

 美味くない。

 コーヒーは依然として不味い。

「これも聞いたよ」砂糖をもう一匙入れようとして。「君敗けたんだってね」手を止める。

 匙をケースに落とす。砂糖が音もなく山に混じって、しかし、それは元通りの形には戻らない。

 苦味の残る口内を舌で舐める。

 どれだけ砂糖で濁しても、それは消えない。

 どれだけ、生きていたと歓喜しても、その泥は消えない。

 むしろ、生きていたからこそ、その泥は消えない。

 半端に砂糖を混ぜたコーヒーと同じだ。

 半端な喜びが、敗けたという事実を強調する。

 生きていた?

「まったくお笑いだ」

 違う。生かされた。

 気付いていた。とっくの昔、目を覚ました時には既に。

 ここに連れて来ることができる者など、一人しかいない。そんなことは最初から気付いていた。

「『俺』を殺そうとした人間が、礼をしに来いと? 本気でそう思うのか?」

 それは紛れもなく、奴だ。あの日、あの時あの場所で、僕を殺そうとしたアイツしかいない。

 奴は言っていた。僕の魂は優秀であってほしいと。

 こうも言っていた。

 探し物が粗悪品であってほしくないと。

「…………俺はそう思わない」

 試すつもりか。

 その身を以て、自らが粗悪品ではないことを示せと、そう言いたいらしい。

 何様のつもりだ。

 殺しに来て、意味の分からないことを言ったかと思うと、切り伏せて、わざわざ生き永らえさせて。

 そして終いに「会いに来い」と。

 どうしても会いたいと言うのなら、このやり方は正解だ。

 僕もたった今、もう一度、なんとしても会いたくなった。

 大きくため息を吐いてみる。

 どうやら、このまま終われそうにない。

「その男、今どこにいるか分かるか?」

「難しい質問だな」と、ドクトルは腕を組み。「方舟にいるのは間違いない。けど、どのあたりか、となると」考えを話してから、両手を広げて肩を竦める。

 彼の話では、方舟の歩き方、というものがあるらしい。

「ここでは距離なんて有って無いようなもんでね」

「じゃあどうやって移動する」

「実際の距離を歩く。もしくは」

「もしくは?」

「――思いの強さで距離を縮める」

 はぁ、と声が出る。苦笑いするドクトルに合わせるように、僕はカップで口元を隠す。

 どうやら、信じない僕は珍しい方らしかった。

「本当だよ。どこに行きたいか。誰に会いたいか。思い続けて歩き続ければ、必ず巡り合える。それが方舟に於ける絶対的なルールだ」

 実感のわかない話だ。

 本当なら、ここに渡ってきた人間は、話のできる誰かを求めてここに辿り着くのだろう。だからおそらく、ドクトルの元に来るころにはとうに、方舟の法則、ルールとやらを大まかに把握している。

 でも僕は違う。家で斬られて、目が覚めたらここに居た。

 外のことは何も知らないし、当然、方舟のルールなんかも分からない。

「……思い続けて、歩き続ければ……」

 本当かと、疑わずにはいられない。それが顔に出たのだろう。彼は微笑んで、僕のことを見た。

「必ず巡り合える。そうだよ」

 だから、と言うわけではないだろう。次の言葉は、たとえ行動が見えなくても予測できた。

「言われずとも。俺は一人で歩くよ」

 途端、ドクトルは興味を失ったのか、さっきまで輝かせていた目を伏せて欠伸をする。

「そう。じゃあ今日はもう休んだら?」

「……今から行く」

「ダメ」とドクトル。「言ったでしょ。最終確認が済んで無いの」

 それでも、と言いかけたところで、急に振り返ったドクトルが、僕の額を指で突く。

 体は意外なくらい簡単に、……仰向けに倒れた。

「明日になったら、君の服も、荷物もちゃんと返すよ。だからそれまで」

「……!?」視界が、グラっと揺れ、る――「お、ま、」――ねむ、い?「貴様」

 ドクトルがヒラヒラと手を振るのが見える。

「ハバナイスドリーム」

「……俺はっ」英語ができないのだ!「……くぅ…………」

 最後の声は、寝息に取って代わられた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ