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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
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ここはどこだ?

 知らない天井だ。

 視界に真っ白い天井。

 目が開いていた。

 手がある。

 足がある。

 どうやら布団がかけられている。

 体に包帯が巻かれているのが分かった。

 包帯……?

 なぜ。

 そういえば、ここはどこだろう。確か一日家に居たはずだ。

 そう……そうだ。確かに家に居た。そこで誰かが来た。気が付いたら家族が――

「……っ」

 動悸がして、目を閉じた。

 視界に銀色の光が踊る。


 がばっと体を起こした。

 傷が。傷だ。斬られて。血が。

 胸を押さえると、そこに巻かれた包帯の下で、確かに心臓が脈打っていた。

 荒い息を抑えてみると、数多の疑問が出口を求めて渦を巻く。

 ここは、どこだ? 一体何故ここにいる? この、人の気配を一切感じさせないこの部屋はなんなのだ? どうやってここに? なぜ、なぜ――

「…………なんで、まだ、生きてる……?」

 最後にふとそんなことを呟いて見ると、不意に脂汗が滲むのを感じた。

 左手で頬を撫ぜてみる。

 自分の顔だ。

 鼻も、目も、口も、耳もある。筋肉の強張った、いつもの自分の、無表情な顔。

 口角を少しだけ揉み解してから、頭に触れる。

 髪には脂が浮いていた。

 なるほど数日眠っていたのか、と納得しようとするも、やはり不気味さは消えない。

 だが、少しずつ落ち着いてきた。状況は変わらず呑み切れないが、どうやら命があることには確信が持てる。

 さて改めて、ここがどこか調べて見ようというところで――

「お。目が覚めたんだ」

 びくりと肩を震わせる。

 突然声がしたからだ。

 反応して目線を動かしても、写るのは部屋の内装だけ。

 誰も居ない。

 しかし見れば見るほど人が住める場所ではなさそうだ。

 薬剤が所狭しと並んだ棚。整頓された書類で埋まった机。極めつけに、微細な音を鳴らし続ける巨大な……機械の箱。

「こっち見ろ」

 パチッ、と何かが額を小突いた。

 次の瞬間。

「うおああっ」

「そんなにビビらないでよ」

 目の前に誰かがいることに気付いた。

「お前誰だ!?」

 白衣だ。白衣を着た……大人が居る。今しがた、どうやら、その細い指で僕の額を弾いたらしい。

 そいつはどうやら意外そうな顔をして、おもむろにペンライトを取り出す。

「ちゃんと見えてるね?」

「お……ああ」

「よしじゃあ口開けて」

 言って、慣れた手つきで口の中の様子を診る。

「一応、答えておくと」続け様、僕の目の下を押さえ。「僕はドクトル。科学者ってやつだ」

 科学者が診察か。今度は冷や汗が滲む。

「専門は生物学に生理学……安心してくれて良いよ」ドクトルはそう言ってライトをしまい。「人体の構造には詳しいんだ」と、拳で軽く胸を叩く。

「逆に怖い」

「君に僕の手は入ってないよ。そこも安心して」

 僕が横たわるベッドから離れて、ドクトルは隣の机に腰かけた。

「それで?」

「ん?」

「ここはどこだ?」

「ぼくの部屋だよ?」

 なに当たり前のことを、なんて言いたげな様子で、ドクトルは自分の太ももに肘を付く。

 いや確かにそうなんだけど、と次の質問を考えるうちに、ドクトルは何かに気付いて僕を指さす。

「そういえば傷塞がったんだっけ。風呂入ってきて」

「…………あるのか風呂」

 昨日作ったばかりだと、ドクトルは嬉しそうに話してくれた。



「……あいつが巻いたのかな」

 包帯が抵抗なく外れていく。

 上半身から布地を全て取り払ったところで、僕は初めて鏡を見た。

 まだ使えそうな包帯をゴミ箱に投げ入れて。

 腰を捻って、鏡に背中を映してみると、どうやらそこには傷はない。

 ならば。と捻りを戻して、深呼吸。

 真正面から見てみると、それは一目瞭然だった。

 左肩から脇腹にかけて、一本に長い傷跡が走っている。痛みはない。だけど指でなぞってみると、どうしようもない違和感に襲われる。

「夢じゃない……夢じゃなかった」うわ言のように呟いて。「確かに、斬られてる」僕は、目覚める前に見た光景が、夢でなかったことを知った。

 見る限り、その傷は普通ではなかった。

 僅かに窪んだ皮膚を数度なぞって考える。なぜ生きているのだろう。この残り方、相当深く傷を負ったように感じる。

 そうだ、この傷を負わせた相手は手練れだった。記憶が確かならば、確かなら、誰一人として家族は生き残らなかった。皆一太刀の元に切り伏せられて――「…………っ」口元を抑えて洗面台に俯く。

 気分の晴れるような光景が思い出せない。

 瞼の裏に、血がこびりついたみたいに。自分の中に、返り血を浴びたその男の姿が浮かんだまま消えない。

 くそ、と罵りたい衝動に駆られて、しかし、ぶつける相手がいない。

 唇を噛む。

 握った拳を洗面台に叩きつけてみると、鈍い音と痛みが響いた。

「……負けたのか、僕は」

 鏡を見る。酷い顔だ。

 脂の浮いた髪。痩せた頬。割れた唇。

 僕を睨む、真っ黒に沈んだ僕の瞳。

 もう一度俯いて。

「風呂入るか……」

 とりあえず、汚れを落とすことにした。


「さっぱりしたじゃん」なんていう、ドクトルの声が風呂上がりの僕を迎えた。ずいぶん長風呂になってしまったと思ったが、別段待ったわけでもないらしい。僕は「そうか」と短く返して、首にかけたタオルを外す。

 かける場所がない。手持ち無沙汰にしていると、「ベッドにでも置いときなよ」とドクトルが言って。

「さて、それじゃあ」白衣のまま、ドクトルはまた机に腰かけて。「質問があるならまだ受け付けよう」

 ふとその手元を見ると、コーヒーカップが湯気を立てていた。

 いつの間に入れたのだろうか。

「……コーヒー好きなのか?」

「興味ないかな。飲めないし」

 だから、とドクトルが、座ったばかりなのに立ち上がる。

「これは君の。飲むと良い。落ち着く。……と、ほとんどの世界で言われてる」

 ドクトルの手がカップを掴んで、僕にそれを手渡した。

「お前、なんで透けてる?」

「生きてないからかな」

「は?」

「んー……分かりやすく言ったんだけど」その眼鏡をクイと上げて。「幽霊。プラズマ。魂。なんでもいいよ。好きなものに当てはめてくれて結構」

 突拍子もないことを言うものだから、僕はもう一度、同じ質問を繰り返すことにした。

「ここは……どこだ?」

 呆ける僕に、ドクトルは一瞬あきれた顔を向けた。しかしふと何かに気が付いて、その顔に満面の笑みを張り付ける。

「そうか、とっくに気付いてると思ってたけど」

 ようやっとカップを受け取った僕から数歩離れる。

 そういえば。ドクトルに気をとられていたが、この部屋窓がない。恐ろしいほどに閉鎖的だ。壁は、薬剤の並んだ棚を兼ねているか、のっぺりとした白壁か。

 扉は三つ。うち一つは先ほど僕が使った脱衣所へと続いている。

 だとすればあと二つのどちらかが、出口ということになる。

 出口。……出口か、と考えて、僕は生唾を飲む。

 外はどうなっている?

 この部屋からでは、外の状況は何一つ伝わってはこない。

 そうだ、ここはどこだ? 僕のいた国なのか? それとも違う国なのか。言葉が通じることはいい。共通言語はとっくの昔に普及したことが知られている。

 だから。だから、だから。

「……外はどうなってる?」

 ――ドクトルは、声を出して笑ったのだろう。

 突然のことに、僕は再三ギョッとして肩を震わせる。

「ようこそ『ノアの方舟』へ! ここは君たちの言う……死後の世界って所だよ」

楽しそうにそう告げて、ドクトルは立ち上がった。

「ノアの……?」

「方舟。聞いたことあるだろ? 世界を大洪水から救ったっていうあの伝説の舟さ」

 カップを傾ける。

 苦い。ブラックか。相当淹れるのが下手と見える。

 嫌に上手くない分その苦味は現実味を帯びていた。


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