表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
19/166

ノアの方舟にようこそ

なんとか不滅の勇者を倒すことが出来ました。

「出来たんだ」

「おかげ様でな」

 ミカエルがくすりと笑う。


「ノアの方舟にようこそスサノオ」


 もう何度目かの言葉なのに。

 今度こそ、僕は方舟に乗ることができたのだと理解した。

 そうか、これが……魔力を知った者の見る景色か。

 すべてを見通せるような気さえする、いや……見えている。

 僕には三秒先までの全てが見えていた。

 今まで一枚の写真に過ぎなかった、一瞬しか見えなかったサトリの予見。それが強化されていくのが理解できる。

 今や写真はいくつにも連なり、映像となって目の前を過ぎていく。

 目を閉じていても外の景色が。目の前の相手の一挙手一投足が。

 手に取るように見える。

「ありがとうミカエル」

 なんという充実感。

 集中力が限界まで高まった時の感覚が続いている。

 全ての騒音から切り離された場所に立っている。

 それを、氷のような冷たい意識で眺める自分。

 ミカエルと二人きり。今この時を誰も邪魔できないのだと感じる。

 否。

 邪魔などさせない。この素晴らしき戦いに水を指すものなど認めない。

 僕はそれほどまでに、ミカエルの全力を、僕自身の全力を知りたい。

 空間が熱せられていく。

 緩んだ口角を引き締めた。

 魔力を理解したからこそ、ミカエルの強さがまた一段と高く見える。

 その気配にすら隙が無いとは。

 隙だらけに見えていた構え。その隙間の尽くを魔力で補う。これをもって、ミカエル自身を欠損の無い球のように――すっぽりと覆い、決死圏を成す。

 構えて隙が見えないか。

 なら、動き出せば、どうか。


 先に一歩距離を詰める。

 合わせた。

 相手の呼吸を見て、なるほどと納得した。

 僕もミカエルも、似た戦い方をする。後の先を取り、カウンターを狙う勝ち方を好む。

 戦いづらいのも道理だ、どちらも自分から仕掛ける能力に欠けている――ように見えるのだから。

「行くぞ」

 さてではそろそろお披露目だ。

 僕の全力を。サトリではなく、僕自身の全力を。


 強く踏み込み肉薄する。同時、足を狙って刃を振るうと、ミカエルの盾がそれを防ぐ。

 刃を上へと滑らせる。体制を下げた影響か、空いた面へと黒剣が落ちる。

 予見済みだ。

 その手が振るわれる位置はもう覚えた。

 なら後は、そこに攻撃を置いておくだけ。

 一秒後、手首が迫る位置へと切っ先を置く。不思議と当たることが分かるのか、ミカエルが狙いを大きく変えて今度は首を狙う。

 馬鹿めと笑う。

 一歩――敵の刃より内側へ迫るには充分だ。

 決死圏の内側に入った。

 剣を持つ方の腕を抑え込む。これで攻撃は塞いだ。刀を持つ僕の腕も同じだ、これで均衡――したりはしない。

 一瞬怯ん隙は見逃せない。

 すかさずミカエルの鳩尾を狙って拳を突く。柔らかい肉の感触。彼女の顔が痛みに歪む。

 前屈みになって体制を崩したか。組み合って誤魔化す気だ。

 させない。

 ミカエルの足を蹴り払う。

 転びかけた彼女の首を狙って刃を――

「……!」

 ――その体制から盾で防ぐとは。

 二、三歩離れ、ミカエルが立て直した。

 いい具合だ、気分も高揚しすぎず落ち着いている。

 自分の深い部分と安定して繋がっている感覚。

 全力――とは言ったが、少し欲が出そうだ。魔力があるならもっと前へ。もっと強く。

 目を閉じる。


 一秒後、仕掛けるつもりで呼吸をする。

 盾に阻まれるのが見えた。続け様、剣を払って距離を保つ。

 決死圏には入れない。このままでは埒が開かないどころか、持久戦に持ち込まれてジリジリと負けて行くだろう。


 目を開ける。

 問題は侵入路の狭さ。

 分かっていたが、盾の存在がここまで大きいとは。

 政世にいた頃は盾を持った相手と戦ったことがない。試合はいつも一刀流同士だ。

 経験もないのによくやれていると思う。

 さて、どうやって攻略しようか。

 相手はまず防御に徹する。今までの行動は全て盾で攻撃を弾いてからだった。

 先に盾を動かすことができればあるいは。それとも、剣のある側に駆けて無理やり攻撃を引き出すか。しかしそれだと高速の斬撃が飛び出しかねない。

 サトリでもかわせない一撃だ、今現在でも避けきれるかは怪しい。ならばやはり盾を――

「しゃらくさい」

 ――考えるのは苦手だ。

 活路は技でこじ開ける。

 誰が相手でもそうしてきた。たとい、ミカエルが相手でも同じこと。

 あれこれ策を巡らせるよりも、そうした方がきっといい。

 短く息を吐いて踏み込んだ。

 盾が行く手を阻む。

 構えた刃を前へ。

 一歩、僅かに力を溜め。

「喝ッ!」

 盾のちょうど中心へ突きを見舞って押し返す。

 タイミングをあわせ、剣が振るわれた。

 鎬で受けて上へといなす。

 驚いた顔。

 その整った顔を突き崩してやろう。

 左手一本、小指を外し柄を握り込む。

 再び決死圏へ。

 今度は僕が魅せる番だ。


 一秒。

 そこ。思考がスパークを起こしたように冴え渡る。

 避ける空間を、一寸早く切っ先で叩く。

 短く「うっ」と零して仰け反った。

 二撃目を右肩へ。

 これも軸を僅かにズラして躱すか。

 だが。

「これで!」

 その体制から。

「詰みだッ」

 この三連突きを躱して見せろ。


 一撃目。

 左肩。

 確かな手応えにすぐさま刃を引き戻す。

 二撃目――左膝――三撃目――!

 右膝――

「離れなよ!」

 突如視界が激震に見舞われる。

 額に痛み。頭突き? 足がふらつく。だが止めを。刃を真っ直ぐに降ろし。

 刀の切っ先は地面を突いた。

 それを杖に倒れそうなのを堪える。

 前を見た。

 黒――「っ! だああああああっ」――斬撃か!

 刀を引き抜き刃の中程で受けとめて、それでも勢いを殺しきれずに靴裏が擦れる音がした。

「これで、なんだって?」

「詰みだ。……の、つもりだったんだが」

  ミカエルが得意気に笑みを浮かべる。

「やっぱり、まだまだ。魔力に目覚めた! なーんて言ってもひよっこさー」

 構えを解いた。好機。隙に見えるが、しかし。

「それでもここまで戦えたことは褒めてあげる。ご褒美に――」

 一秒後を見るまでもなく、背筋に寒気が走った。

 今この場にいては――確実に体が真っ二つになる予感。

「一度だけ教えてあげる」

 ミカエルが居合の構えを取った。

 その、異様な、気配と来たら。

 鞘はどこにも見当たらない。ただ盾の内側に隠しただけ。体を強く捻っているように見える。これは、つまり。

「魔力って言うのは」

 全力全開、今までで最速の。


「こう使う!!」


 一瞬相手の右手が消えたように見えた。

 方舟に一陣の風が吹く。

 空間が豪と哭き。

 咄嗟に一歩だけ退いて。

 静寂が訪れる。

 相手の刃は遥か遠い。

 はずなのだ、が…………。

「がっ……く、ふ……」

 胸に傷が一つ走った。

 あの黒尽くめの男に付けられた傷を上書きするように。

 抑えて前屈みになると同時、背後から荒々しい風が背中を押す。

 なぜ、斬られた。確実にかわしたはずだ。なのになぜ。

「意味不明! て顔をしてるね」

「……」

「技の名前は超速斬(アサルター)。あのゼウスでも躱せない一撃だもん。当たって当然だよ」

 距離を詰めてこない。油断は無しか、つくづく容赦のない女。

「今度こそ、勝負あったね」

 出血が酷い。意識が朦朧とする。

 魔力酔いでもなんでもなく、血を流しすぎた。必死になって治癒を施すが……それでダメージが完全に消え去るわけではない。

 足に力が入らなくなる。死が近い。足音が聞こえる気がした。

 剣が一瞬消えて見えるほどの速度。それによって放たれた、空気をも刃に帰るほどの一撃か。

 正真正銘の必殺技。

 悔いは無い。

 悔いは……。


「…………そんな目で見ないで」


 悔いが無い。……わけが無かった。

 本気になってもなお敵わない。それを悔しく思わないわけが無かった。

 ミカエルが憎いわけじゃない。

 ただ手を伸ばしても。

 ただ一歩前に進んでも。それでも敵わない相手がいる。

 それが悔しかった。

 膝を着く。

 刀を握る力が出ない。

 目の前が暗くなっていく。

 ミカエルが構えを完全に解いた。

 僕の方へと近付いてくる。

 トドメを刺すのか――止め―


 悲しそうな目で僕を見た。

 縋るように見つめ返す。

 死にたくないと思った。

 だけど、その栗色の髪が揺れるさまを見ていると。

 死んでもいいとさえ思えた。

 諦めて。

 ここで諦めて。

 ここで諦めきれるのか。

 彼女が通り過ぎていく。

 意識が。

 待ってくれ。

 意識がそれを追おうとする。

 まだ、まだなんだ。まだ僕は――

「それじゃあ、バイバイ」

 ――まだ、お前の後を追っていたいんだ。

そして今度は骸骨が倒せません

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ