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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
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賭け

 目を開けた。

 トビラの前に佇むミカエル。

 その像が少しだけ歪んで見えた。

「芸が無いな」

 一歩引いてタックルを躱す。

 この期に及んで穏便に済ますつもりか。

「本気で来い!」

 左手だけで刀を抜く。

 真っ黒な空に鈍色が光った。

 盾と刃、金属の擦れる音。

 押し返したのは僕の方だった。

「いいね! 凄くいい! やっぱり君はいい子だ!」

「感謝するよ。俺がまだ戦えるのはお前のおかげだ」

 左手一本。無駄な手数は不要。

 担ぐように刀を構える。

 この一撃が当たるかどうか。

「君。バレバレだよ」

「なにが」

「その一回に賭けてるのが」

 隠すつもりも無いことだ。

 それに、こちらも分かっている。ミカエルがフェイントを入れないことなど。

 呼吸を見れば一目瞭然だ。

 手は抜かない。こっちも本気だ。

 何せ時間が無いから。


 魂は魔力の塊だ。

 一定のパターンで結合し、絶えず魔力を産む小さな炉。

 そしてトビラは、そんな魂の出入口。

 影響を受けない訳がない。


「悪いな……本気で……と言ったのは、俺の方なのに」

 目が眩む。空が眩しい。

 まだしっかりと立てているのが不思議なくらいだ。

「ううん。なんとなく、そんな気はしてたよ」

 ミカエルが、後ろ手に剣を構えた。

「一つ賭けをさせて」

「……なに?」

 頭が痛む。今度は幻聴まである。酷いな、こんな症状は初めてだ。

「あなたが今、この勝負で魔力を理解するかどうかをさ」

 何を賭けると言うのだろう。

 僕は何を賭けられる?

「賭けるのは君の命だよ。理解出来なければスサノオは死ぬ。でももし理解できれば――」

「出来れば……?」

「――君はやっと本気を出せる」

 なるほど魅力だ、これ以上無い程。

 本気の俺と戦いたいか。

 それとも単に騙したいだけか。

 分からないが、分かることが一つ。

「いいだろう。賭けに乗ろうじゃないか」

 どの道今ここでそれが成せなければ、この先きっと何者にも成れないということ。


 一歩ずつ方舟に慣れてきた。

 だからそろそろ、走り出す時だ。


 ミカエルを見る。

 相手の剣は右手。

 僕の刀は左手。

 意識をピンと張る。

 そのイメージは静かな火。

 枯葉が一枚落ちればたちまち豪と叫んで空を呑む。

 真っ赤に滾る内面を潜めた、静謐な炎。

「…………行くよ」

「来い」後の先を獲る。

 睨み合う。


 一秒。

 ジリッと足を鳴らし。


 二秒。

 炎が揺らいだ。


 三秒。


 ここだ。


「……!!」

 互いが駆け出すのは同時だった。双方ともに、相手の急所を一直線に狙う。

 初速は互角か。

 差が出たのは二歩目。

 ミカエルがグンと速度を上げ、その像が俄に霞んで消えた。

 屈んで懐に――盾を手前に半身大きく捻って溜める。

「どっ……」

 一歩前に残された左足が浮き地面の僅か上を滑る。

「びゅんっ!!」

 盾に体が隠れて。

 黒い刃が唸りを上げて空を裂く。駆けるのが一瞬ならばこそ、この一撃も高速か。

 咄嗟担いだ刃に体の捻りを加えて、僕も合わせるように振るう。

 横薙ぎ一閃、方舟に煌めき。


 一秒後、血だらけの未来が僕と重なる。


「勝負あり、だね」


 膝を着く。

 傷口を抑える。

 立てない。

 ミカエルが刃についた血を払う。

 視界が揺らいだ。

 今この手を離せば臓物が零れてしまうだろう。

 完膚無き敗北。

 不思議はない。僕はミカエルの一撃をかわせると高を括っていた。

 彼女はそれを上回ったという、ただそれだけ。

 あの一瞬。あの刹那。あの交錯。

 僕が魔力を理解していれば違っていたのか。

 肩で息をする。

 苦しい。

 魔力酔いの影響か、それとも傷のせいか。意識が遠のいていくのが分かる。

 そして唐突に理解した。

 これが神官なのだと。

 あの異形など比べるまでもない。

 僕の捕獲を彼女に任せたのにも合点が行った。

 彼女は強い。底が見えないほどに。

 その深淵を。強さの限界を。僕は覗くことの出来ないまま――

「……まだだ」

 ――ここで、終わるのか?


 ブツリと視界が暗転する。まるでテレビの線が切れたように。

 浮遊感に包まれて、程なく今度は全身を強烈な重力が襲った。

 指一本も動かせない――この感覚には覚えがある。

 最初に方舟へ出た時と同じ。

 おかげで少し冷静になれた。

 確かこの後意識を失い、僕の魂は方舟を十日も彷徨(ほうこう)したのだったか。

 ならば。今こうして何かを考えている僕は、僕の意識は……一体どこから来ているのだろう。

 周囲に眩い光を感じた。

 感じる。

 何か……これはなんだ。何かが聞こえてくる。人の声のような……街中の雑踏のような……人間の――

「……!」

 ――人間の気配を。

 意識がそちらに伸び、何かに触れた。

 ドクトルの言葉が脳裏を走る。

 透明人間――居ないも同じ――だけど無数に存在し――確かに僕を――

 僕を生かしてきた粒子達。

 絶えず燃え続ける炉――強く大きく成長していく――人間の――


 人間の気配の象徴。


 その時突然に理解した。僕は今、他人の魂――魔力に触れているのだと。

 僕は確かに知っている。この力を。この粒子を。

 燃え盛る炎のようでいて、その癖妙にひんやりとしたこの感覚を、僕は確かに知っていた。



「まだ終わってないぞ」

 自分の体をイメージする。ぼんやりと視界が開けていく。見下ろしたそこに映った右腕に、意識を収束させていく。

 元通りに。

 強く念じる。

 管の中を冷たい水が通る感触。

 痛みが引いた。

 三角巾から引き抜いてみる。

 力が篭った。

 横に払う。

 治っている――その実感が僕の意識を覚醒させる。

 元通りに。元通りに! 強く念じれば念じるほどに、身体中の傷が治っていくのが分かる。

 いつしか方舟の空は極彩色を取り戻し、僕はそれを、覚醒した意識のまま見上げていた。

 嗚呼……この空のなんと美しきこと。

 無限とはこういうものを指すのだろうか。

 七色に光り輝く果てなき空。草木の一本すら無い地平すら、この空を囃すためにあるのだと感じる。

 光が頭上を通り過ぎ。

 地平の彼方に融けて消え。

 黒が徐々に広がっていく。

 この光景ともしばらくお別れだろうと直感した。

 僕は魔力を知ったのだ。

 あれが魔力酔いによる景色なら、もう出会うことはないだろう。

 そう思うと少し寂しい。

 僕は口元を緩め。

「…………さぁ、構えろ」

 ゆっくり立ち上がる。

 感傷に浸るのもそこそこにしておこう。

 まずは目の前だ。

 待たせた相手に、相応の礼で応えねば。

 腕の固定を解いて、柄を両の手でしっかりと握った。

 感触を確かめるように。

 口元が綻んで、目を自然と細めてしまう。

 これは歓喜だ。

 ようやっと。やっと全力でぶつかっていける。

 自分の力を偽らず、自分の不調に憤らず。

 自分の出せるすべてを。

アンダ○ンが全然倒せないんですけど……

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