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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
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俺の名は

 いつの間にやら、ミカエルが歩みを止めている。

「うんうん。概ね満足かな! 丁度着いたし!」

 ミカエルが背伸びをした。

 丈が短いのか……素肌が――

「ふっふーん……どこ見てるのかね少年」

「…………なぜ腹筋が無い」

「酷くない!? 女の子のお腹なのに!」

「俺は逞しい方が好きだ。いや、どちらかと言うと逞しくないと嫌だ」

「政世の子は進んでるやぁ……」

「そうか? やはり男は、見た目強くないとダメだろ」

「好みの話をしてるんだけど?」

「そのつもりだが?」

「えっ」

「は?」

 ミカエルが俺の目を見る。

 そらす必要が無い。

 諦めたようにため息を吐いた。

「なるほど……好みの話だね」

 そして頭を掻く。

 視線が前を向いた。

「さっき言ったこと覚えてる?」

 連られて僕も前を向く。

「私の好みの話をさ」

 目の前にあるのは……穴だ。

「私も結構人を好きになる方なんだけどね」

 そうとしか形容できない。僕らの前、その空間に広がる、ぽっかりと不自然に開いた穴。

「なんていうか、好みどストライク! ていう子は中々少ないみたいで――って」

 真っ黒な――渦巻く横穴。

 一寸先は闇か。そう表すのが適切だと感じる。


「ねぇキミ」


「ん……っん? 何か言ったか?」

「あーあやっぱり聞いてない」

 ミカエルが僕の隣から数歩、前に。

 背を向けたまま、横穴と僕との間に立ち塞がる。

「これがトビラだよ」

 言われて、初めて腑に落ちた。

 扉の形をしてないじゃないか、とか。

 そもそもどうやって開けるんだ、とか。

 色んな文句を言おうと思った。

 だけど、いい。そんなことはどうでもいい。


 凄まじい…………と。


 ただそう感じる。


 渦巻く黒から目が離せない。

 渦巻く黒以外、何も無いはずなのに。

 渦巻く黒以外、何も見えないはずなのに。


 その『向こう側』を感じるのだ。


 鏡――そう鏡だ。

 鏡を眺めているような。そこに映る自分ではなく、そこに広がる景色を見ているような。

 そんな気分だ。

 よく見知っている風景がそこに広がっている。その扉の奥に。僕の生きていた世界――

「ちょっと待って」

 ――どうやらトビラに触れようとしたらしい。

 ミカエルがそれを盾で受け止めた。

「……何故止める?」ここを通らなければ帰れないのだろう。「俺を帰すのが目的のはずだろう」

「そ・れ・は」

 手を押し戻して。

「ちょっと違うかな」

 ミカエルが一歩退く。

「……なぜ構える」

 何か、おかしい。

 ただ戻るだけだと思っていた。

 ミカエルが同伴し、それで何事も無かったように過ごせと――そうなると思っていたのに。

「鍵を渡して」

「それはできない」

 いつの間に知ったのか。

 いや最初から知っていたか。

 椅子に縛り付けた時点で分かっていたはずだ。

「欲しいなら、気絶している間にどうとでもなっただろう」

 刀の柄に手をかける。

「なぜ今なんだ?」

 空気が変わった。

「君を、トビラまで送った証拠がいるの」

「送っただろう。これでいいはずだ、違うか?」

 何かが食い違っている。

 僕の想像と、ミカエルがこなそうとする実際に、大きな齟齬を感じる。

 これは……なんなんだ。

「やっぱり……君、勘違いしてるね」

 盾を構えたまま、ミカエルが言った。


「『“トビラ”まで送れ』って言うのは、君を殺せってことだよ」


 柄を握り締める。

「……ちゃんと説明してくれ」

 これは、怒り?

「ここは死者の國。それは分かるよね?」

 それとも、恐怖か。

「ここにいちゃいけない、ってわけじゃないの。ただ、こっちにもルールがある」

 こちらは左手一本だ。

「魂は必ずここを通らなきゃいけない。肉体から離れ、方舟の住人となるためには」

 この震えは。

 肌が粟立つのはなぜ?

「ゼウスはね。君の体はどうだっていいと思ってる。ただ、ここにいたいなら……」

 どこまでやれるか。

「ちゃんと、魂だけ、トビラから入れろってことだよ」

「下らんルールだ。従うのか」

「ルールはルールだからね。どっちみち、このままってわけにはいかない」

 睨み合う。

 話を聞いてくれたのは、せめてもの慈悲と?


「だから、鍵を渡して。それがあれば、君が死んだって証拠に出来るから」


「……なぜ、情けをかける」

「熱い方が好き。そう言ったよね」

 頷く。

「気に入ったんだ、君のこと。名前も知らない君のこと」

 俯いて。

 ならば、なおさら鍵は渡せない。

「気に入ったなら、その(よしみ)で一つ頼もう」ドクトル。お前は俺のことを良くわかっているよ。「せめて、ちゃんとした結末をくれ」

 他人に助けられるのは好きじゃない。

 僕は自分の足で前に進みたいから。

 だから、例えばここで、助からない傷を負うことになっても。

「燃えてる男が好きなんだろう?」

 僕はそれでも構わない。そこに、ちゃんと戦ったという事実があるなら。

「引く気はないんだ」

「無論。お前は?」

「出来ればやめたいかな」

 右手を盾の後ろに隠して。

「どんなに戦っても……お気に入りを殺すのには慣れないや」

 大きく横に、ゆっくりと振る。

 どこに隠していたのか、その手には、あの黒い剣が握られていた。

「あのさ……最期に教えてよ」

 力を抜け。タイミングを誤るな。

 気乗りしないと言ったのだ。それでも戦ってくれる。ならばそれには、全力で応えたいから。

「君の名前を」

 目を閉じて。

 自分の名前を、頭の中で反芻する。

 違う。

 そう独りでに、考えた。

 僕は帰らない。

 帰れないのではなく、帰らない。帰る気が無い。

 だって、方舟の方が余程居心地がいいから。

 ここでなら、誰かと競い合って居られる。ここでなら、更なる高みを目指しても、誰も煙たがったりしない。

 でも、それならば捨てなければならないものが一つあった。

 それは生前の名前。

 ここが死者の國だと言うのなら、生者の名前は使えない。

 ここに居たいと宣うならば、死者としての名前が無くては。

 だから、決めた。

「俺の名は」

 もし機会があれば――これもまた笑える話だろうが――名乗りたかった名前がある。

 あの黒ずくめの男に対し、名乗ろうと決めていた名が。


「スサノオ」


 それは妹がくれた渾名。

 剣を振るう僕を見て、妹が名付けてくれたもの。

 両親が与えた名前より――よほど僕に合っていると感じた名前。


 スサノオ。

 真剣勝負なら負け無しの(ゆう)


「……ありがとね」

「礼を言うのは俺の方だ」

「なんで?」

「俺に、また歩むためのチャンスをくれただろう」

「そっか、じゃあ」

「ああ」ここで立ち止まるつもりは無い。「勝つとも」

アン○インが倒せない影響で書きだめができあがりません。来週の更新が無かったら「ア○ダイン強すぎ」って思ってください

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