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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
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時よ止まれ。美しき日々よ

「ああいうのはさ。やっぱりある程度は居るんだよね」

 ぼんやりと思い出していた。

「運が悪かった。タケガミ君のことを聞けば、外の人はそう言うだろうね」

 ぼんやりと、あの日のことが流れていた。

「ボクはそうは思わないな」

 あの日。

 爛漫で、溌剌として美しく、太陽のようだった妹を永劫に失い、どれだけ経ったか。ぼんやりとしていて、怒りのせいか、正確な日は分からない。

 でも、確かにあった日。

 僕は一人で居た。誰とも関われる気がしなかった。どれだけ求めても、自分のやり方は受け入れてもらえない。自分にとっての正しさの全てを否定され、化物と罵られ、関係の無い肉親までをも巻き込んで、人は僕の全てを拒絶した。

 寂しかった。

 せめて人の喧騒の中に自分を感じたかった。だからいつも学校には行っていたけれど、それも段々と虚しくなって、自分は排斥される側のままなのだと深く自覚し始めて、集まりの中に居ることが出来なくなっていた。

 何もかもから逃げ出した日のこと、ボクは、その人に出会った。


「間違ってるのはアイツらだよ。武神。お前のことを正しいと思う。そういう生き方、ボクは好きだな」


 その言葉。

 ただ、それだけ。

 たったそれだけを支えに、ここまで来た。


 僕は今、いったいどこに立っているんだろう。

 ただ、見ていた。

 ただそれを見ていた。

 僕が生き永らえる理由を得た日を、ただぼんやりと眺めていた。

 結局はこれだ。

 僕はただ居場所が欲しかった。

 暴力としか呼べない力に、場所を定めて欲しかったんだ。

 それを失ってしまえば、僕は結局人とは呼べない。バケモノとなって然るべしだろう。そんなことは当たり前で、僕が一番知っていて、だから立場だって欲しかったし、妹だって大事だった。

 僕が僕として立つために。化け物が人であるために。手にしてしまった大きすぎる力の先に、納める器が欲しかったんだ。


 高田さんはそういう人だった。


 あの人の強さは器の空白にこそあって、それを他人に譲る度胸こそが強さだった。

 飛び抜けた記憶力や、それをフルに活かせる思考力や、器用さなど。そんなものはただのおまけ。全部が全部、強さの副産物なのだ。

 僕はそういうところに惚れた。強くなるために強くなった僕とは根本的に違う、目指す先のある強さ。器をこれで満たしたいという明確さ。それの一助になれるなら、この身を砕いても後悔はない。

「どうしてこうなったんだろうな」

 頬が湿っている。

 指で拭った。


「簡単だよ。お前を測り損ねたんだ」


 隣に、誰かの声が湧いて出た。


「ここまで来て、思い出すのがこの日かよ。ぼくとの思い出はそんなに嫌か?」


 目をやる。

「久しぶりの仕事だったのに。神託はあんまり意味が無かったようだな」

「来てたのか、ジェノン」

「おかげさま」

 相棒がそこにいた。

「ったく。こうなるから嫌だったんだよ。お前は優しすぎるから」

「前も言ったが、優しくないだろ。全員殺す気なんだぞ」

「いーや、優しいね」

 大きくため息をつく。


「優しくないならな、そんなやつは殺すって言わないんだよ」


 目が合った。

 いつかの河川敷に移る。


「それに、人が死んだって何も思わない。ぼくはそういう奴だった」


 缶コーヒーと、寂れた自販機。夜明けまでよく一緒にいた場所だ。


「信者が一人。異端が一人。異教徒が一人。当たり前のことすぎて、考えたことも無かったさ」


 そこで僕は、ジェノンと向かい合っている。

 死んだはずとか、もういないはずとか、そんなことはどうだっていいんだ。

 最期にまた会えた。それだけでいい。


「スサノオ。お前は優しいよ。優しすぎる。ぼくが悪かった」

「何を謝ることがある」

「ぼくは最後の砦だったろう。一緒にいる時だけは、殺すためじゃなく、ただ果てしなく走るために鍛錬を積めてた。あの時だけは戦いを忘れて、お前は平穏に生きていたじゃないか」

幻想(ユメ)だ」

 これは夢なのだ。

「それは幻想(ユメ)だよ、ジェノン。確かにお前の言う通りかもしれない。だが、始まりはどうあれ、過程がどうあれ、力は向かう先がなきゃいけない。それが全てだ」

 だから、きっと、何を言ってもいい。


「向ける先が欲しかったんだ。鉄をどれだけ鍛えても、刃をどれだけ磨いても、ただ眺めることほど空虚なことはない。俺はそれに耐えられないんだ。せっかくここまで鍛えたのなら、せっかくここまで磨いたのなら、どうしても使いたくなった」

 降り始めた雨のように、ぽつりと言葉をこぼして行く。

 そうだ。

 僕は空虚だ。

 ただそこに居ることに耐えられない。全てのことに理由がいると、そんな根拠もないことを追いかけてしまう。磨いて削ったその先に、きっと純粋な願いが、理由としてあるはず。そんなことを、どうしようもなく求めてしまうのだ。


「だから、ぼくが理由になりたかった」


 そしてジェノンがそう考えてくれていることを、僕は知っている。


「ぼくが居場所になれたはずなんだ。お前がいる理由になれた。だからお前は穏やかで、誰にも負けない人になったはずなんだ」

 その言葉こそが穏やかで、でもどこか冷たくて、日に照らされた鉄のような輝きで、僕を温める。

「スサノオ。お前のことが好きだった。一人で走るんじゃなくて、共に連れていこうとしてくれるお前が」

「一緒に行こう」

「それは無理だ。そして駄目だ。お前はまだ前に進め」

「どうして」

 もう進めない。ここから先一歩も前には行けないんだ。

 ジェノンは言った。

「だって、まだ先がある。お前はまだ瞼の裏に、未来を写しているじゃないか」

「…………」そんなの。「そんなもの、ただの幻想(ユメ)だ……」

 こんなものになんの意味があるんだ。

 未来に縋って、未来を使って、僕は何一つとして守れない。氷のように冷たくて、水のように不確かで、僕は全てを取り零してしまった。だから収めるための器がいるんだ。僕をすくうための器が、絶対に必要だったんだ。

「なぁ、ジェノン。もう疲れたよ。俺たち二人でやって来たことは、なんだったんだろうな」

 ジェノンは「呆れた」と言って、立ち上がった。


「そんなもん、誰が知るかよ」


 知らなくていい、とも言った。

 だから人は夢を見るのだと。

 そんな、暖かで遠い遥かな星のように、ジェノンは言った。

「別にいいんだ、意味なんて無くて。振り返って、誰かと笑って、意味なかったねと笑えれば、それがやって来た意味さ」

 手が届かない。

 やっと気が付いた。

 もう手を伸ばしても届かないんだ。

 分かっていながら手を伸ばす。

 その温もりに触れたい。

 その手を取ってやりたい。

 分からない、分からないんだ。なぜそんなことを思うのか分からない。何もかも捨てて、たった一人で、それでも冷たくなりきれなくて、ただの刃になりきれなかった。そんな半端者だからか。それとも。


「それが人だよ、スサノオ」


 それとも、僕が人間だからか?


「お前は人だ。誰よりも人間だ。頑張ったじゃないか。だからまだ頑張れるよ。お前は優しくて、温かくて、熱くて、そして強いから」


 ジェノンの目を見た。

 釣られて立ち上がった。

 あの日の風景は、もうそこにはない。

 あの日のベンチも、寂れた自販機も、冷えた缶も、伝わっていた手の温度も。

 温もりも、導きも、せせらぎも、やすらかな日陰も、蟠しい陽の光も。僅かな草の根の香りさえ、最早ここには無い。


 あるのはただ。


「立って歩け。お前にサトリがある限り、お前は誰より先に在る」


 ただ――


「ジェノン」

「なんだ?」

「ま――」


 ――冷たさと、愛する人が消える未来だけ。


「愛している」


 手は届かない。

 取ろうとした掌は消えた。

 僕はただ。

 ただ強く。

 前に向かって、拳を握った。



◆ ◆ ◆ ◆



 ゆっくりと、目を開けた。

 知らない天井だった。

 分かったのは、勝ちでも負けでもなくただ蚊帳の外で、終わったということだけ。

「……」

 天井に向けていた拳を見つめる。何度か握り直してみる。

 冷たかった。

 涙も出てこない。

 ひたすら重くて、冷たい。ゴツゴツとした傷だらけの手と、鍛え続けて締まった腕。あるのはただそれだけだった。

「お目覚めかよ、クソガキ」

「ああ、目覚めた。どうなった?」

 声を聞いて、そこにいるのが誰か分かった。

「オレたちは負けた。歴史的敗北だ。アイツらはこの方舟に兵器を造る。ただそれだけが事実だ」

「何人死んだ」

「……一人だけ」

「そうか……」

 そうだよな。

 やはり、そうなんだな。

「負け、か」

 僕は負けた。


 清々しいほどに負けた。


 命を燃やし、策を尽くして、僕は負けた。勝ったのは高田さんただ一人だけ。

 なぜかは分からないけれど、嬉しくも悲しくもない。あるのはただ空っぽになったという実感だけだ。

 何も無い。ただ何も無い。

 胸を突き刺すこともなく、心を蝕むこともなく、急かされることも、気怠く感じることも、何も無いのだ。

 ただ全てが宙ぶらりんにされたまま。


 僕の戦いは、終わった。


 それが全てだ。


「あのよ」

「なんだよ」

「オメェ、やることは山ほどあんぜ?」

「そりゃ、そうだろう」

「で、だ――」

 聞かれる言葉は、もう決まってる。


「お前はどうする、スサノオ」


 ――この世界は腐っている。

 何も手に出来なかった。

 この世界は腐っている。

 痛みを感じることもなく、ただ失ったんだ。

 この世界は腐っていた。

 否。

 この世界を見る僕が。

 何より不貞腐れていたんだ。

 もっと求めるべきだった 強く掴むべきだった。誰よりも何よりも僕自身がまず、己のサトリを信じる以外に方法は無かったんだ。

 もう失わない。もう二度とだ。


「ゼウス、頼みがある」

「いいぜクソガキ。一回だけな」

「強くしてくれ。俺を、強く」


 ゼウスはニヤリと笑った。


「どのくらい?」

「頂点まで」


 僕の戦いはまだ続くのだろう。

 これはアフターファンタジー。終わったあとの物語。

 語られるのも、全てが終わったその後だ。


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― 新着の感想 ―
長い長いおわったあとの物語の終幕、見届けさせていただきました。全体を通し、格闘を通じ剣戟を通じ、誰彼が何を考え、どう動くかという「芝居」を字という媒体で表現するのがすごくうまい一作であると思っておりま…
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