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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
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スパイラル・ネメシス

おひさ

 渦巻く炎の中、一本の道ができた。温かな空気が流れ込み、ボクらは動けることに気付く。弾かれたように走り出し、そのままトビラを抜けた。

 藤高と二人、ついに方舟に辿り着いた。もたもたしている暇はない。すぐさまドクトルから譲り受けた鍵を使って部屋へと飛ぶ。実際に使うのはこれが初めてだが、ドクトルの実力は確かなものだし、部屋の広さは期待していいだろう。

 空中に鍵を突き立てて魔力を流す。大きな窓が開いて、そこに二人して飛び込む。

 追っ手を付ける暇もなかったはずだ。部屋にいるのは、おそらくボクら二人――


「よぉクソガキ共。待ってたぜ」


 ――ああ、もう。


「どうしてこう、上手く行かないかな」

「なあに、詰めの甘さは伸び代の証拠ってなァ。小僧にしちゃあ、よくやったんじゃあねェかァ?」


 ため息をついて、改めて前を見た。


「それで、何の御用ですかね。大神官のゼウス様?」


 そこにいたのは金ぴかの男だ。

 嫌というほど厄介さを思い知らされた、大神官ゼウス。


 どこから持ってきたのか分からない質素な机に灰皿を置き、そこに山ほど吸殻を溜め、これまた質素な椅子に座っている。


「御用、ね」


 もう一本、煙草を吸い殻に変えて、ゼウスがとうとうボクらを見た。


「話してみたかったんだよ。腰を据えてな。まぁ座れよ」

「それ、魔力で作ったんですか?」

「ああ、この机と椅子はな。……テーブルに着きたいなら、やり方は分かるよな?」



 ほんの少しだけ集中力を割いて、椅子を作り出す。


「それで、話って?」

「焦るな。まずは褒めさせろ。よくここまで戦力を使わせたな。手こずらせやがって、大したガキだよテメェは」

「そりゃどうも」

「でだ。種明かしをしておくと、お前らの計画は筒抜けだった」


 椅子から離れようとして、できない。

 冷静になった。

 ゼウスは腰を据えて話したいと、テーブルに着きたいならと……そう、ボクに対して譲歩した。これは、ボクがここで座っている間しかできない、そういう話し合いなのだ。

 ボクを殺すことなど容易い。例えボクの能力があるとしても関係がない。対処法があるかは分からない。だがその巨躯と、ルシフェルをも従えている事実に裏打ちされた、確かな暴力性。

 ボクを殺すことなど容易い。それが現実だ。

 乱されるわけにはいかない。せめて、落ち着いたふりで座っていないと。


「……」取り乱すな。「ご苦労なことで。大変だったでしょう?」

「実際かなりの手間だったぜ。情報の漏洩ってより、こっちを解読するのがな」


 机の上に、USBメモリ。どうやって手に入れたのか。


「中々考えたじゃあねェの? 魔力を動力源としたレールガンとはな。しかも弾丸は鍵を加工した特注品。政世での発射点は好きに決められると来てる」


 本当に、ご苦労なことだ。SSI総出でなんとか解読したフォルダの中身を、こっちでも読み解いたらしい。

 バレているなら仕方ない。正直に話そう。


「問題は動力源です。無限の魔力が必要になる」

「で、魔導石を?」

「ええ、ええ、はい。表向きはね……」


 そう、これは表向きの話。

 ここから先が本題だ。

 無限の魔力を得るために、何も魔導石にこだわる必要は無い。

 NSは無限の魔力を持っている。そこに目を付けた。

 社長にわざわざ戦うなと忠告したのはこのため。建造予定の兵器――つまり、レールガンの動力にはなるだけ出力が高く、それでいて無限の魔力が必要だった。

 神官をみすみす失うのは上手くない。適当に動きを封じて、回復のために湧き出る無限の魔力を使えばいい。

 そう、魔導石の奪取すら布石に過ぎなかった。確実にスサノオを倒しておきたかったのは、彼がこの先ずっと、ボクらの前に立ちはだかると思ったからだ。


「わざわざオレ達を狙う必要があるのかねェ」

「こっちのセリフです。そちら側こそ、ボクらのような末端の世界に興味を持たなくてもいいでしょう?」

「そうは問屋が卸さねェよ。お前らの世界には魔導石がある。放置してると大変なことになるんでな」

「はぁ……そこまで重要なものですか? ボクにとっては、ただの動力源ですけど」

「やっぱり、分かってねェのな……資料とか残って――ああ悪い。消したのはオレらか」

 どこからともなく取り出した煙草に火を付けて、ゼウスは憂鬱そうに火をつける。

 燻る紫煙がその表情を覆い隠した一瞬の内に、こちらを睨みつけたのが分かった。


「オレ様でも手に余るんだ。作戦読まれたガキが、どうにかできると思ったか?」


 さて、まだ手札を明かせと言ってくるか。


「だからこそNSが必要だったんです。彼らには無限の魔力がありますからね。どうなるか分からない魔導石よりも、明確に人に近い神官達の方がよほど使い勝手が良い」


 ゼウスはボクの言葉を聞くつもりの様だ。


「要は魔力があればいいんです。それも莫大な量がね。方舟の空気中から集めてもいいんですが、集めたものを固定する機構が必要だ。そんなものを一から研究して作るより、今は動力を直接取り付けて無理にでも運用する方が確実。だから必要なんですよ」


 タバコが灰皿に置かれ。

「やっぱりクソガキだよ、オメェは」

「どうも。褒め言葉として受け取ります」

 ギロリとゼウスがボクを睨んだ。

「どうしてそこまで焦る」

「建造に、ですか?」

「それもあるが、それよりもっとだ。何故そうまでして力を手にしたい。理由が読めねェと思ってよ」

 考えるまでもなく、理由は単純で明確だ。

「母さんのためです」

 母の仇を討ちたかったし、何より最期の研究になってしまった。それを一生造れないだとか、いつになるか分からないだなんて、そんなことにはしたくなかったんだ。

 ボクしか知りえないことだったはず。

 あの人が遺したデータの中身は、ボクしか知らないはずだった。

 そこまで言って、ボクはゼウスを睨み返してから続けた。

「見たんですね、中身」

「ああ」

「正しかったと」

「それは言えねェな」

「なるほど」

 正解だったわけだ、あの研究データは。

 レールガンは建造に適うものだし、鍵を加工すれば着弾地点だって好きに選べる。分かりきっていたことだ。だって母さんの研究なんだから。

 それよりも、もっと気になることがあった。

 その疑問も、今の問答で得心したが。

「つまり、創れるんだね」

「……」

 ゼウスは黙る。


「魔導石は創れるんだ」


 ゆらりと魔力が揺れた。


「だからレールガンの使用を条件にした。違いますか? ボクを殺せば、もしかすると魔導石が発生するかもしれませんもんね?」

 造りさえしてしまえば、動力は問題なかったんだ。ボクは犠牲になるかもしれないが、そうすればきっとゼウスですら手を出せない兵器になっていたに違いはなかった。

「ではもう一度交渉を」

 これは、思わぬカードだ。


「信仰集めは諦めてあげましょう。神に成り上がることもね。その代わり、こちらの命を保証してくださいよ。暫くの間ね……出来るでしょ?」


◆ ◆ ◆ ◆




 人々が向けた感情の行き着く先がある。

 喜びや愉しみ。

 怒りや悲しみ。

 人々が捧げた、願いが集まる物がある。


 魔力はイメージによって動き、感情によって震え、エネルギーを発する。

 人が何かを願う時、そこにはエネルギーが発生するのだ。

 一人分程度ならまだいい。まだ手に負える、大したことの無い、ありふれた魔力の運動だ。

 だがもしも――願いが同時多発的に、同じ場所へと向かい続けたらどうなるだろう?

 願いのイメージと、そこに乗せられた感情によって、魔力は集まりながら、エネルギーを放つ。


 神は“それ”を魔導石と呼んだ。


 魔導石とは魔力の行き着く先だ。具体的な対象を持たない怒りや悲しみ、無力感、それを打破したいという願い。

 世界を平和にしたいという大きな願いを、人はいつしか忘れてしまう。

 だが、その感情や、願いは、決して消えてなくなるわけではないのだ。


 人の持つ、いつか見た夢。

 感情を揺らし願いを生み出すその夢の、忘却の果てに、魔導石はある。


 失った感情や願いは集合し、魔力を動かし結実させる。イメージによって動かされた魔力が何十、何百、何万、何億――それが数万年分折り重なって、魔力は強固で不安定な物質と化す。


 人は“それ”を魔導石と呼んだ。


 NSとて例外では無い。むしろ、ノアを信仰し続け、常に魔力を放ち続ける彼らこそ、その祈りを結実させることなど容易い。

 人々が紡いだ歴史の裏で、ノアによって再びの命を与えられた、彼らの祈りの行き着く先。

 方舟の深層の、最も深く、暗い部分にそれはある。


 彼らは“それ”を、魔導石と呼んだ。


 その正体を知るものは、蛇とノア、そしてその実弟ゼウスの三人。それだけのはずだった。

 蛇の生み出した可能性が、ゼウスの前に現れる、この瞬間までは。


「手に負えないと貴方は言うが、ボクなら出来る。むしろ、人の手によって創られる分、御しやすいかもね……」


 高田広希は思う。


「レールガンを『天罰』として運用すれば信仰集めなんて簡単だ。しかも、人々はあの兵器だけを恐れ、崇めることになる」


 今ここで死なれては困る。自分は警戒されているのだと。


「仲間はボクの意志を継いでくれる。ここでボクを殺したって、無駄ですよ。むしろもっと悪くなるかもね」


 だからこそ。

 自分の命というカードを、やはりここ賭けるのだと。

 内心ため息をついた。やはり好奇心というのは厄介だ。

 こんなところに来てまでも、まだやりたいことで溢れている。


「手を引けだって? こっちのセリフだな。魔導石を渡したくないのなら、二度とボクらの世界に干渉してくるな」


 復讐するは我にあり。

 縛られ続けた人間の刃が、今ここで遂に、世界に届いた。


誕生日を迎えました。

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