暴走
よく保ってる方だ。素直にそう思う。普通、これだけの殺気が暴走したら体の方が持たない。
鍛えた結果か。
頭が下がるよ。お前はいつまでも真っ直ぐで眩しい。
さてスサノオ、まずは炎を止めないとな。確か、こんな感じだったか。
「昇華領域、不香の華」
凄い技だ。魔力の振動を抑え、それを周囲に伝播させることで凍てつかせるとは。
柔軟な発想。それを実現するだけの実力に、技の明確なイメージ。
自分自身の呼吸を読み、確実に使える段階まで押し上げている。こんな風に技を作る人間には初めてお目にかかった。
ま、俺は完璧にマネできるんですけどね。初めてお目にかかったけど似たような技は腐るほど見てきたし。つーかこのレベルは割といるし。
なぁスサノオムカつくだろう? お前の研鑽なんて所詮その程度なんだよ。
この一か月間、お前の成長は確かに目を見張るものがあったし、一つ高みへ上ったのも事実だ。
だがまだ足りない。俺の命を握るというなら、ここで終わってもらっちゃ困るな。
「行ったか」
トビラの向こうへ消えていく二つの人影を確認。命令は果たした。
さぁ、兄弟喧嘩といこうじゃないか。
凍ったそばから切り刻まれていく。部屋は灼熱の蒸気に焼かれ、スサノオの涙すら見えない。
深い哀しみだけが伝わった。
焼かれているのは目に見えるものだけではない。ハッキリと分かるほど、スサノオの命はすり減っている。
近くに居れば伝わってくるはずの声が、今は酷く小さい。集中できるのは有難い限りだが、そんな軽口を叩く訳にはいかなかった。
「スサノオ、聞こえてるか?」
俺の呼びかけに応えない。
下手に近寄っても逆効果だろう。今、弟の視界がまともだとは思えない。
剣を抜くことすら忘れ、腕に抱いた黒い塊に縋り付いている。どこからどう見ても尋常な精神状態ではなかった。俺が来たことに気付いているかどうか……分からないなら確かめるしかない。
「行くぞ、頼むから早めに済ませてくれよ」
一歩近付――「うおおお!!」――いかん、防具がいきなり焼き切れた。
ある程度の耐火性は保証してきたのにこのザマか。
……単純に燃えた訳では無いな。その前におかしなことになった。
「斬る方が先か」
後退り冷静に分析する。
距離三メートル弱。ここからスサノオへ寄る毎に、斬撃を浴びせられる。現状でも魔力による防御が徐々に削られているあたり、距離が詰まるほどに斬撃の密度は上がると見ていい。
魔力切れは無いが、一度に持てる魔力量には限界がある。現状維持も難しい。
加えて、スサノオ自身の消耗。
身体を覆う魔力の全てを殺気に変換し続けている。未だに止まる気配がない。このまま進めば魂にまで影響が及ぶかもしれない……いや、それは希望的観測が過ぎるか。
既に影響は出ていると考えよう。人の形を保っているから進行はそれほどでもないだろうが、問題なのは肉体だ。
魔力をもう一度纏い直し、スサノオを見る。
「ああもう!」
言わんこっちゃ無い!
血を吐いたのが見えた。内臓にガタが来たか。
予測は出来る。スサノオは動かないのではなく動けないのだ。
恐らく骨の中身が削られて、激痛と自重に耐え兼ねている。縋り付いているように見えるだけで、ただ蹲っているだけか。
対策が必要だ。とにかく本能が働いている今のうちに、魔力を届けなければ。
意を決してスサノオの方へと踏み込む。魔力を纏い直したのが幸をそうした。
耐えられる。
「起きろこの馬鹿!」
凄まじい速度ですり減って行く俺の魔力。熱気の中を駆け抜けて、スサノオの元へと辿り着く。
物凄く触りたくない! けど仕方ない! こうしないと死ぬからな!
「痛くないですよ〜っと!」
スサノオの手を取って、無理やり魔力を流し込む。
あ、ヤバい。
殺気の原料は魔力だ。
つまり、今与えたものも軒並み殺気にされるのであって――
「ひえぇ……!!」
熱風と斬撃の嵐。吹き飛ばされながら、僅かに残った俺の魔力のコントロールを手放さず、スサノオの体内で循環させる。
殺気と魔力。
断ち切る力と結ぶ力。
相反する二つの力を一つの肉体で、矛盾させずに廻す。
他人の体でやるのは初めてだが、相手がスサノオで良かった。あと数分は保ちそうだ。
壁に叩き付けられる手前でなんとか踏ん張って持ち直す。
「さぁて」
魔力をもう一度纏って。
「どうすっかなぁ……!」
このままでは埒が明かない。
本気で戦っても、気を失うことはないかもしれない。殺気がどう動いているかまるで分からない以上、下手に突くわけにもいかない。
「……」
いや、最初から分かっていたことか。
詰まるところ、弟の気が済むまで、俺がここで付き合うしかないのだ。
挑発し、煽り、嗾け、唆し、怒りの対象を俺へと変えるしかない。
なんというか最悪だ。
スサノオ……お兄ちゃん、心が折れそうだよ……。
「うお、うお! うおお!」
こういうのには反応してくるんかい。
足掻きとばかりに放たれた熱波。その場で踏ん張って、残った魔力のほとんどを強化に回す。
放たれていた殺気が少しだけマシになって、弟がゆっくりと立ち上がる。
空気は怪しげに揺らめいて、その怒りがまだ納まっていないことを知った。
正直言ってブルっちまうほど怖いけど、仕方がない。
剣を抜く余裕くらいは出来た。
命の取り合いには凡そ似つかわしくないが、滅多にない機会だ。
ゆっくりと呼吸を整える。
殺気を暴走させたバケモノに対し、何処までやれるか――「ああ、悪い。こういう言い方は良くないな」――折角だ。
「来いよ。お兄ちゃんが全力で慰めてやる」
スサノオ。お前に少し稽古を付けてやろう。