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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
162/166

さよなら

 獣が吠えた。


 何もかもを投げ出すような怒りと共に、その身を引き裂くような悲しみに吠えた。


 突き刺さるようなその声に、思わず目を閉じてしまう。

 戦ってきたはずの相手を、なぜか見つめることが出来ないでいる。

 その叫びはあまりに痛々しくて、見ていられない。

 その叫びはあまりに悲しくて、聞くに耐えない。

 その叫びは、あまりに年相応で、そういえばそうなのだと、ボクはその時になって初めて、ようやく思い出したんだ。


 スサノオは愛されていたかった。

 同級生から恐れられ、先輩から恐れられ、後輩から恐れられ、友も無く、話せる相手も無く、誰にも孤独を打ち明けられず、全てをぶつけるに足る好敵手もなく……終いには家族にすら恐れられ、唯一傍に居てくれた最愛を人を喪った時、彼はどんなに独りだったろうか。

 きっと張り裂けるほどに冷たかったはずだ。それがどんなに暑い夏の夜だろうとそんなことは関係なく、世界はどこまでだって冷たくて、自分はずっと独りなのだと、そう思い知るしか無かったはずだ。


 抱きしめて、大丈夫なのだと、独りじゃないと、仲間がいると、その言葉を、スサノオは誰よりも熱烈に、痛烈に求めていた。


 彼は愛されたかったんだ。

 ここに居ていいと、生きていていいと、認めてほしかったんだ。


 ボクがその心を満たし、その先へ進めと言ってしまった。

 そして勇志(ユウジ)は行ってしまった。

 誰もいない、死者の國へと。


 想像を絶する孤独。生きていることへの否定。誰も自分の命を認めてくれず、求めてもくれない。

 ジェノンは唯一の相手だったはずだ。方舟の中で唯一人、スサノオに生きろと言ってくれた人。

 ボクのように投げ出すのではなく。

 共に歩けと命じてくれた、唯一の人。


 ダメだスサノオ。

 ダメなんだ。

 もう遅いかもしれない。何もかも手遅れだろうけど。

 でも、それでもダメなんだよ。

「そっちには行くな!!」

 いつか向けられた言葉の意味を、今になって理解する。

 スサノオは知っていたんだ。

 この孤独の冷たさと、耐え難いほどの、命の熱さを。

 もうこの手は届かない。

 思い知った。

 勝てるわけが無い。

 手を差し伸べる資格すらない。

 負けたんだ。

 ボクはこの少年の、凍えるような孤独に負けた。



◆ ◆ ◆ ◆



 愛していた。

 愛していた愛していた愛していた。

 妹を、高田さんを、ジェノンを。

 本当に好きで堪らなくて、ただ一緒に居たかった。

 何も手に入らない。

 誰も振り向いてくれない。

 誰も待ってはくれない。

 進みたくない。もう疲れた。

 僕は独りだ。ずっと独りだ。

 何も手に入れられずにここで独り。

 進むことも戻ることも出来ない。

 どこにも行けず、居場所もない。


 僕は独り、ここで果てるまで、その冷たさに耐えられないから暴れるしかない。


 ジェノン。お前が好きだ。お前のところに行きたい。共に逝けるならどんなにいいか。共に在れるならどんなに。


 どんなに……。


 叫びが遠くに聴こえている。自分の声だと理解した途端、それがどんどん遠のいていく。

 何かを見た気がした。

 真っ赤に燃える何かを。



◆ ◆ ◆ ◆



 叫びは止まず、また強くなったと思った刹那、スサノオを中心に炎がフロアを埋めつくした。

 その波動のような炎は、触れたものを切り刻み、塵の全てを灰に変え、文字通り何もかもを焼き尽くしていく。

不変の盾(イージス)!」

 必死になって作り出した、さっきよりも遥かに分厚い盾が、時間稼ぎにしか感じないほどの圧倒的な殺気。

 殺意の塊となったスサノオ自身が、その牙を向ける先を見失い、遍く全てを破壊せんとばかりに叫び続ける。

 気が遠くなるような時間。はたまた一瞬か。

 ようやく叫びが止んだ頃、その殺意の全容が明らかとなる。


 灰の中心に立っているのは少年だ。

 真っ黒い塊を大事そうに抱え、涙を流し、陽炎が立つほどの熱を纏う――全身の肌が赤黒く豹変した、一人の少年。


 言葉を失う。

 何も……何も言葉が出てこない。何を言えばいいのか、どうすればいいのか、何も分からない。こんなものと出会ったことも、対処したこともない。16年と少し生きてきて、初めて味わう。


 それは、絶望と呼ぶに相応しかった。


 逃げることが出来ない。動けないのだ。一寸でも動けば、怒りによって刻まれて灼かれるという、確信があった。

 その少年をスサノオと呼ぶのか、武神 勇志と呼ぶのか、ボクにはもう分からない。

 助かりたい。

 情けないけれど、生まれて初めてそう思った。ボクは恐怖している。はっきりと分かる。生きて帰りたいと心の底から願っているから。


 誰か。誰でもいい。今この状況を変えてくれ。ボクたちを助けてくれ。なんでもする。この果てしない絶望を、孤独を、それを思い知らせる少年を、どうにかしてくれ。


 死にたくない。

 生きていたい。


 震えが止まらなくなって、次の手段を考える余裕すら無くなったその時、軍靴の音がフロアに響いた。

「やっぱりこうなるか」

 その声を知っている。

「目的は八割遂行、ね……」

 その姿は見れないけれど。

「嫌になる……分かるよスサノオ。だからもう泣くな」

 背後に感じたのは、ゼウスに次ぐ強敵の気配。

「むしろ喜んでくれていいぞ。全力で胸を貸してやる」

 どうやってここに――分からないけど、その手が肩に置かれた時、なぜだか酷く安心した。

 もう大丈夫だと、そう強く思った。


「俺を頼れよ。お兄ちゃんだぜ?」


 神官ルシフェル。

 スサノオの兄。

 これ以上の適任はいない。

 その男が、隣に立ってボクらを見た。瞳に確かな恨みを宿し、心底嫌そうにしているのが分かる。

 ルシフェルの口から飛び出た言葉を、誰が予測できただろうか?

「今回だけは見逃してやる、上司の命令だ。方舟に行って目的を果たせ」

「は……!?」

「良いか、絶対に言いたかないから一回しか言わん。耳かっぽじってよーく聞けよ」

 視線が外れ、ルシフェルが前を向く。


「走れ。道は俺が拓く」


 弾かれたように、ボクらは動き出した。

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