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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
161/166

別れ

誰も待ってないかもしれないけれど


お ま た せ

 スサノオ、聞こえてる?

 なぁ、ぼくはお前と一緒に逃げたって良かったんだ。そりゃ、方舟からは追われるし、政世でだって満足に生活するまでに、随分かかるだろうよ。でもお前は最強で、ぼくは教祖様なんだ。なんだって出来るさ。適当に偉いやつを丸め込んで、その辺の山に別荘でも作ってさ。山小屋でもいいさ。ご自慢の膂力とぼくの頭で畑でもやって、たまに迷い込んだやつに教えの一つでも授けてやって。そうやってなんとなく、どうでもいいような日を送れば良かった。

 ああ、もっと本気で誘えば良かった……戦って、戦って、戦ったその先には安寧があるのだと、最後に教えてやりたかった。

 こんな、元々の世界からも捨てられて、性別すらも変わっちまって、それでも生きているのはお前のおかげだったんだ。

 嗚呼。

 こんな形で捨てたくなかったよ。

 なぁスサノオ聞いてくれ。

 ぼくの叫びを。

 ぼくの嘆きを。


 痛いよ。

 熱くて苦しい。

 一人は……独りは辛いよ。

 終わりたくない……こんな形で。近くにいるのに、たった独りで、終わりたくないよ。



◆ ◆ ◆ ◆



 ――声。

 聴こえる。

 恐るべき声が、か細く聴こえる。

 燃え盛る炎に包まれながら、それでも聴こえる。

 一歩ずつ進んだ。

 真っ赤に染まってぼやけきった視界で、それでも進んだ。

 失いたくないと思ったんだ。

 もう一度道を示し、そして共に歩こうと、守ってくれと願ってくれたその存在を、失うわけにはいかなかった。


 立ち込めるガソリンの匂い。瞳を焦がす真っ黒な煙。サトリもまともに効かない中で、ようやっと、僕はゆっくりと、そこに辿り着く。



◆ ◆ ◆ ◆



 その熱を背中に感じた。

 ビリビリと空間を震わせる程の怒りを。

 後ろを振り向けない。咲き誇る華のような血飛沫を浴びて、ボクはその場で固まってしまった。

 なんだこれは。

 なぁ教えてくれよ。ボクの指示はなんだったんだ?

 なんでそんな顔でくたばる。教えろよジェノン。お前、こうなることを分かってたんじゃないのか?


 お前はどうして、血塗れになってまで、優しげに微笑んでいられる?

「分かんねぇって……顔だなァ……?」

「は――」

「全員の負けだよ。お前も――ぼくも――スサノオもな」


 そう言って、僕の背後を指差した。


「じゃあな。方舟で会おう」


 その背中に、熱を感じた。



◆ ◆ ◆ ◆



 その叫びが聞こえている。

 その嘆きが聞こえている。

 聞こえているぞジェノン……そこにいるんだな。

 来たぞジェノン。確かにここに来た。

 だから、答えてくれ。

 そして嘘だと言ってくれ。笑ってくれ。もう一度だけでいい。全て嘘だと笑うんだ。

 仕切り直しだと。

 勝てなかったと。

 逃げてやり直そうと笑ってくれよ。


「退け」


 なぁジェノン。本当に、これしかなかったのか? 最後の最後で、どうして何も教えてくれなかったんだ。ここに来ていることも、僕が負けることも、お前は何も言わなかったじゃないか。

 なぁ、教えてくれよ。

 僕はどうしたらいい?

 冷たくて仕方ないんだ。本当は今すぐにだって泣き叫びたくて仕方ないのに、それすら出来ずにいる。敵がいるんだ、目の前に。制御を手放すわけにはいかない。ガァガァと喚くその声に、耳を傾ける余裕も無いのに、それでもジェノン、お前の声に縋ってる。

 なぁ……

 どうしてお前、心臓が動いてないんだ?


「…………」


 パキッと音がして、周囲が凍りついていることを知った。真っ赤な氷が、ジェノンの胸元にこびりついている。まるで華のように綺麗で、それとは裏腹に、ジェノンの顔色は酷い。

 しっかりと見つめて。

 そして、悟った。

「逝くな」

 生きていてくれ、ジェノン。


「愛してるよ、スサノオ」


 取り返せない。

 それは余りに重い。

 絶対に、零してはならない命の雫。凍らせても、縫い止めても、止めどなく溢れ流れ出ていくその一雫を。

「悪い……時間切れだ……」

 僕はただ何も出来ず呆然と見つめ、時間だけが悪戯に過ぎていく。

 魔力で回復してみても、もはやなんの意味も無かった。身体が終わりへ向かっている。細胞に生きる意思が残っていない。

 遅かったんだ。あとほんの少しだけでも早ければ……いや、そうじゃないな。

 ドクトルの手にかかった時点で、もう彼女の肉体に余白なんて無かったんだ。一度傷付けば終わり。そういう期限付きの命だった。

 何もかもが手遅れだった。最初から最後まで、僕らは蛇のとぐろの中で、こうなることも……きっと誰かの予想通りで……


「悔しいよ…………お前を…………救えなかった………………」


 ……冷たい手が僕の頬に触れる。


「ごめんな。先に待ってる」


 重ねようとした手はまた間に合わず。

 ジェノンの手は、だらりと落ちた。


「なんだ、これは」


 これはなんだ?

 必死になって追いかけて、守ると言っていきがって、結局……結局、これか?


 強さの果てに、手に入れたのは、愛したものすら守れない、あの日から前に進めない自分か?


 悔しいと言っていた。

 僕も同じだ。

 悔しいよ。悔しくて憎たらしくて腹立たしい。


 嗚呼……。


 この世界は腐ってる。

 そんなことは前から分かってた。

 この世界は腐ってる。

 愛せば愛すほど、届かなくなるなんて。

 この世界は腐ってる。

 何も手に入れられない、自分が生きる世界なんて。


「もういい」


 何もかもどうでもいい。

 強さの果てにあるものなど知るか。

 その先でどうなろうともはや知ったことじゃない。

 今はただ。


「もういいよ。もう疲れた」


 泣き叫ぶことを許してくれ。



◆ ◆ ◆ ◆



 突然フロア全体が凍りついて、スサノオがジェノンの元へ駆け寄った。

 二人が何か言葉を交わし、スサノオが一人きりになったことを知った。

 勝ったと一瞬安堵した。

 失意の相手を楽々踏み越えて、方舟に往ける。そう思っていた。


 思い違いだ。


 一歩も動けないほどの威圧をスサノオから感じた。威圧だけじゃない、身体が凍ってしまったかのような冷たさも併せて。

 何が起こったのかは理解した。

 だけど、この先何が起こるのか、ボクは知らない。


 頬から伝う涙と汗が体を離れ、落ちる前に氷の礫になっていく。

 この感じ――


「不香の華か!」


 ――氷の属性。

 それが、実際に水を凍てつかせる程の出力で行われている。

 あまりの冷気に身体が震える。

 いや、冷たさだけじゃない。

 ボクはこの後に何が来るかを知っているから。今しがた味わったばかりだから。

 急いで魔力を見て覚える。氷の属性はボクにも扱えるはずだ。魔力なのだから、形さえ揃えれば何の問題も――


「ジェノン……」


 ――スサノオが、腕の中の女の子に呼びかけた。

 決して、返事のない言葉を投げた。

 それを見ていた。

 見ていたんだ。

 ただ、見ることしかできなかった。


 ただゆっくりと時間が流れた。

 今すぐ離れて方舟へ行くべきなのに、身体が凍ったかのようにその場から動けない。

 身を守れる分の魔力を構築し、次へ備えたその瞬間だ。

「……! 来る」


 獣が吠えた。

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