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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
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クォ・ヴァディス

 大きく息を吐く。

「……」

 状況はそれほど甘くない。

 慣れない技の連発と、少なくは無いダメージの蓄積。サトリに対しいくつも策を打ってくるのは考えていたが、どれもがこうも的確だとは。もはや放置する訳にはいかない。ここで心を折らなければ――

「はぁ」

 心か。

 何を、この期に及んで甘いことを。

「お前たちは、今日ここで死ぬ」

 そうだ。

 誰かに命じられたからでは無い。

 僕がそうすると決めた。

 熱を孕んだ魔力がまとわりついて、俄に心の内まで熱くする。

 この激情にも似た冷静さが、魔力の熱によるものか、それとも己の覚悟から来るものか。そんなことはどうでもいい。些細なことだ。

 

 今はただ、この場を終わらせる。


 藤高を見た。

 居合のような構え。早撃ちか。

 意味の無いことだ。あれは超至近距離の、こちらの攻撃に合わせたカウンターだからこそ意味を持つ。となれば他に意図が――スプリンクラーか。

 豪雨に似た状況ならば、確かにサトリを殺すことはできる。逃げおおせたとして、その先で捕まることになるが。

 行動の予測。今まで幾度も戦ってきた相手だ。学生だった頃から、ある程度性格も知っている。

「藤高」ならば、宣言することも容易い。「お前は負ける」

 フッと、軽く息を吐くのが見えた。


 僅かに。


 頭が下がる。

 見逃さない。

 熱をその場に残して駆け出す。


 約束だ。一合だけと。

 肉薄し、剣を振る。

 後ろに下がって藤高が避け――

 目に映ったのは、鍵。

 それを宙に突き立てて回す。

 呼び出されたのは瓶が一つだけ。

 視界を吸い寄せられたその瞬間、銃声が響いた。

 銃弾を躱す。前に突っ込んだまま。

「そう来ると思ってたよ」

 割れた瓶の中から液体。

 勢いを殺せずに真っ直ぐ――この匂い、ガソリンか。

「一合だ」

 降り注いだガソリンにたたらを踏む。藤高が弾丸に魔力を込め、銃口を向けた。

「今更」

「どうかな?」

 魔力が揺らぐ。

 そのカタチには、見覚えがあった。

「何が入ってるかは読めなかったろ?」

「……」瓶の中身か。「それがどうした」

「つまりだ。サトリで読めるのは呼吸だけで――」

 隙が出来――「動くな」

 銃声。

 弾道に熱。ただの摩擦や発射の余韻ではない。この感じ、まさに今僕が纏っているものと同じ――


「お前は魔力の動きを読めない」


 図星だ。

 それが脅しになるとは限らないが。

 再び、銃口がこちらを向いた。


「今からお前を撃つ。この弾丸には炎の属性が込められてる。高田に散々電撃をくらったお前なら、この意味が分かるよな?」

「……」

「じゃあな。あばよ。それだけ言っとく」


 弾丸が放たれる。

 僕はそれを躱す。そんなことは容易い。問題なのは、僕の足元に広がるガソリンの方で――


「勝ちでも負けでもない。ゲームセットだ」


 ――視界がいきなり炎に包まれた。

 かと思えば突然雨が降りしきる。スプリンクラーか。依然目は見えず音も聞こえない。今どこに誰が――火が消えない自分の体に――

 影響。それを考慮していたはずだった。そう簡単に真似ることができない自信もあった。ただ、ただ……そう、簡単な、いたって簡単な解決に、今になって走るなど、考えもしなかったという、それだけのことで。


「逃がさない……」


 余計な思考は要らない。

 文字通りここで燃え尽きようと、やつらはここで殺しきる。



◆ ◆ ◆ ◆



「なんだ、スサノオじゃないのか」


 呆れた声が、トビラの前でボクらを出迎えた。

 目の前にいるのは、大きな目を眠そうに細めた、明らかに華奢な小柄の女の子。


「残念そうな顔だ」


 彼女のため息に含まれていたのは、多大な呆れとそれから知的な響き。

 それだけで、スサノオが強くなった理由が分かった。


「……そうか、君がそうだったんだね」


 トビラの前の最後の守護が、まさか。

 まさか、スサノオを支えた参謀だとは。


「期待してたところ、悪いね。ボク達人間の勝ちだ」見たところ、戦えるタイプでもなさそうだ。「そこをどいてくれ」


 さて、問題があるとすれば一つか。彼女に能力があるかどうか。あのスサノオを制御したほどの頭脳だ、ボクのように何か奥の手があるのなら困ったものだが――

「ああ……その顔。気に食わない。自信満々で、勝ったって面してんな」

 ――そのつもりでいた方が良さそうだ。

「まだ勝ってはいないとも。君に道を譲ってもらうまでは」

 魔力を回す。まだ回復しきっていない体を少しずつ癒し、盾の分の魔力を溜めていく。

 恐らくNSではないだろう。彼女の纏う魔力がそれを語っている。体格を見て、どんな手を打ってくるか考えた。

 背は低く、足も腕も細い。ボクなんかよりよほど戦闘から遠い。なのに、この自信に満ちた振る舞いはなんだろうか。

 何かが違う。もっと焦るはず。スサノオを突破されたと言うのに、この落ち着きようはなんだ?


「こうならないようにしたはずなんだ。これは最終手段だった」


 その女は、ゆっくりと口を開く。


「……いいか、高田広希。悪いことは言わない。今すぐ引き返せ。そこのエレベーターから地上に降りて、一度の敗北を受け入れて帰るんだ。何も見ないで済むぞ」


 不意に、彼女はそう言った。


「……何を、言ってるんだ?」頭が悪いのか?「あとは方舟に辿り着くだけ。君にはもう勝機はない」


 事実を突き詰めてみても、彼女は揺るがない。

 もう一押しするしかない。こちらの意思を明確に伝えなければ。


「どけよ。でなきゃ殺してでも通るから」


 ……魔力が揺れない。

 図星を突かれた時に出る、恐怖した時に出る、特徴のある揺れが、一切見当たらない。

「分かってないな……」

 決して、焦燥や、動揺すらも感じていない。

 ボクと藤高を前にして。

「何を?」


「ぼくはスサノオを強くした」


 女は、それでもスサノオを信じているのか?


「強くした……いや、それが正解ってわけでもないな。ぼくはただきっかけを与えたに過ぎない」

 今際の際を前にして。

「強くなることを選んだのはやつの意志だ」

 女は、淡々と語る。

「あいつ自身がそれを望んで、そして……ぼくの想像を遥かに超えて、化け物へとなりかけているんだよ」

「……」

「スサノオの成長は手に負えない。殺してみろ。手にかけてみろ――どうなるのか、ぼくにすら読めないぞ」


 フッと鼻で笑った。


「結局脅しかい? つまりそれしか無いわけだ、君、えーっと……」

「ジェノン。ジェノン・ストレイン」

「ああ、ありがとうジェノン。素敵な脅迫だったよ。それにしては説得力に欠けるけど……じゃあ、いいんだね?」

「……」

「藤高」

 視線も交わさず、ボクはただ、ジェノンに向かって指を下ろす。


「悪いけど。もう怖くないよ」


 銃声が、三回響いた。


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