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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
16/166

父さんの嘘

 歩けている。

 重い右腕と、鈍い痛みが着いては来るが。

 それでも、僕は平然と方舟を歩けていた。

 隣にはミカエルがいて、今は盾だけを持っていた。

 僕はと言うと、少し汚れた服のまま、刀を腰から提げている。

 戦う気は依然として起こらないが、それでもだ。またいつ何が来るかはわからないのだから。

 もう何度目か空を眺めると、ミカエルが思い出したように「それで?」と言った。

「どんな嘘だったの?」

 ……この女。

 敢えて話を切った意味を理解してないな。

 いや、分かった上で聞いているのかもしれないが。

 仕方がない。

 ため息を一つ。

 僕は最初から話すことにした。


「家族は俺を含めて四人なんだ。父さんと母さん。それから妹」

 それぞれのことを思い浮かべる。

「由緒正しい武家らしくてな」その(あたり)は詳しくないが。「父さんは剣術を。母さんは柔術をそれぞれ修めてた」

 だから、というわけではないが、僕と妹がそれぞれを師事するのは自然なことだった。

「俺は父さんから剣を習ってた。教えるのが上手い人だったよ。おかげでどんどん実力が着いたし……」

 そこまでは良かったんだ。習い始めて、結果が出始めるまでは。

 問題なのは、そこからで。

「俺は強くなった。……なりすぎた」

「なりすぎた?」

「ああ。……昇段試験に年齢制限があるのは知ってるか?」

「知らなーい」

「…………」興味が無いと言いたげだな。「初段を受けるには、最低でも十三でないといけないんだ」

「君今いくつ? 十八くらい?」

「まだ十五」つまりは、「二段が限界だ」

 僕は初段も持っていない。

 実力はある。しかし……。

「九つの時だ。有段者と仕合う機会があった」

 目を閉じれば今でも思い出せる。短い生涯の中、初めて会った強敵で――。

「結果は?」

「…………」――そして――「俺が勝った」

 ――初めて超えた壁のことを。

「言い方が違ったな。……勝ってしまったんだ、俺は」

 場が騒然となったのを覚えている。

 齢九つの子供に、少なくとも三段はあろう実力者が敗れた。この事実に驚愕しない人間はその場にいなかったのだ。

「気が付いたんだ。俺は俺が思うよりもずっと強くなっていたことに」

「それの何がダメなの?」

「…………恐らくその後に問題があったんだろうな」

 僕は試合場から離れなかった。

 それだけならまだいい。

 再戦を申し込んだのだ。今しがた、倒してしまった相手に。

「五回も戦って……五回とも勝った」

 相手は齢二十は下らない。体格も体力も、僕より遥かに強大な相手。

 僕はそれに何度も勝ってしまった。

 単純な技量の問題――それで済めばどんなに良かったか。相手の鍛錬や心持ちが不足していたと、それで済めばどんなに良かったか。

「足りなかった。全く以て足りなかった。もっと強いはずだ。まだ何かあるはずだ。まだもっと……俺の知らない何かを持っていると思った、だから」

 だから――俺はいけなかったのだろう。

「だから、言ったんだ。本気で来いと」

 あの目を。

 どうしようもない程の恐れを。

 それを宿した目を。

 僕は今でも覚えている。

「……どうなったの?」

「相手が俺に頭を下げた」手加減して悪かった、ではなく。「今までの手合わせ、その全てに全力で挑んだと」

 いつか超えると、越えてみせると見上げた壁を、もはや遥か彼方に見下げていたと知った時、僕に迸ったのは歓喜などではなく。

「つまらない。俺はそう言った」

 愕然とするほどの呆れ。

 有り得てはいけないことだった。加減すべきは僕の方だった。一度目はまぐれ。大人はそれを信じたかったのだ。

「父さんに殴られたのはあの日が初めてだ」

 そして、僕に対し嘘をつくようになったのも、その日。

「家に帰って…………。父さんに言われたんだ」

 それが、一番最初の嘘。

「強さが全てじゃない。勝てば全てが解決するわけじゃないと」

 そして、未だに理解できないこと。

 強く在れと言われた。父さんの理想は強い自分だったはずだ。それがいつの間にか、強さが全てで無くなっていた。

 僕には分からない。

 強く在れと言ったことが嘘だったのか。

 強さが全てではないと言ったことが嘘だったのか。

「……ショックだったんだね」

「ああ、そうだな。驚いた……それもあったし」ふと、もう一つ思い出したことがあった。「撤回する。嘘は二つだ」

 嘘、と言うのか。大人らしくないワガママと言うのか。

「俺に兄がいれば。常に競い合う相手が隣にいれば、違っていただろうと言われたよ」

 あの言葉はなんだったのか。

 父さんらしくなかった。いつも真っ直ぐ前を向く人。なのにあの言葉を零す時だけ、その瞳は僕の後ろを振り返っていて。

 まるで。ここにいる僕に、誰かを重ねているようで。

 ひどく気分が悪い言葉だったのを覚えている。

「おかしいだろう? 家族は四人。四人きりだ」

「愛人との子とか?」

「まさか! あの人はその手のことを許せるような人間じゃなかったとも」

 いたとしても、あの母さん相手に隠し通せるかどうか。僕は懐かしくなって、つい目を細めた。

 家族四人の笑顔が。

 それが失われたのはいつ頃か。

「だから、有り得ないんだ。俺に兄はいない」

 愛人を作った、か。そんなことは考えつかなかったが、僕の実力が、その異常性が浮き彫りになってからなら、充分ありえるかもしれない。

 だがそれでも、僕が生まれて十年は経ったあとだ。

 やはり僕に兄はいないのだ。あれは父さんの願望で、僕の隣で、僕の前を進み続ける誰かを欲したのだろう。

 だって独りでに求めてしまうから。

 自分より前に進んだ誰かを、無性に求めてしまうから。

「さて」

「さてさて?」

「これで全部だ」僕に吐かれた嘘は。「満足したか?」

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