止めの一撃
ひどく奇妙な感覚だ。吐く息が白くなるような、そんな感覚。寒くもないし、室温に変化だってないはずなのに、それは確かに、凍えるような寒さだ。
一歩も動けない。
だけじゃなく、魔力を動かせない。ボクの意思に反し、停滞したまま流れを制御できなくなっている。イメージして循環させようとした途端、まるで凍り付くかのように、その動きを停止してしまう。
イメージを乗せたまま体内で停滞した魔力は、その大きすぎるエネルギーによって肉体を破壊する――はずだ。なのに何も起こらない。筋肉を爆ぜさせるほどの破壊力がどこに消えたというんだ。
昇華領域。奴はそう言っていた。得体のしれない技だが、一つ確かなことが言える。
魔力なし。そしてこの間合い。
この領域内だけで言えば、スサノオは負けない。
少なくともボクらに勝てる道理などない。だからこそこの技を選んだのだろう。
「……」
汗……を……かいているのか、ボクは。
頬を伝う水の感覚。
嫌に落ち着いた呼吸。瞼が開いたまま落ちてこないのが分かる。構えたスサノオを前にして、ようやっと思い出した。
コイツは人を斬れるのだ。
あまりにも遅すぎる実感だが、それがどれだけ恐るべきことか。
ボクのような、脅しの技とは根本的に違う。
ドクトルと共にいながら、コイツは能力を手にしていない。それに理由などなくて、ただ単にドクトルがそこまでの興味を持たなかっただけかと思っていた。あるいは拒絶したのだろうと。
提示されておきながら、なぜ能力を欲さなかったのか。
単純だ。酷く。
酷く単純で、驚くほどに明快だ。
スサノオは能力を必要としない。
あるのはただ、卓越した技術と――血で塗り固められた努力だけ。
そこに能力なんていう、言ってしまえば小細工が存在しない分、勝つには地力で上回るしかない。
それも正面から……
「良い趣味してんな……!!」
……不可能だ。
雪に視界を奪われるかのように、策の全てが白く塗りつぶされていく。
魔力もなしに勝つ方法などない。
ただの技術で未来予知を可能とする、そんな化け物に勝つ方法など。
目の前で構えている。
ボクの呼吸が乱れていくのが分かる。
動く――「……!!」――先に藤高が――スサノオの突きが銃口を潰し、峰が藤高の手首を強く叩き――「お前じゃない」――意識、が、こっちに――
「おおおおおおっ」
上段一閃、なんとか盾で防ぐ。
防げた……ふ、せ、げ、た……⁉ そうか大丈夫だボクにはまだこの盾がある、魔力の活動を一旦止めているだけであってボクのように完全に打ち消すわけじゃないんだだからこそこうして防ぐことができているやはりミカエルの能力は万能だ――勝てる。防いで逃げて、方舟に行けばそれで勝ち――
「邪魔な盾だな」
ハァ、と、冷たく重い吐息が落ちた。
「貫く」
スサノオが、剣を正中線の上に構える。
◆ ◆ ◆ ◆
あの盾が面倒だ。なんの能力かは知らないが、ミカエルの物を模倣しているのがなんとも気に入らない。きっと不変の力を使っているのだろう。
たかだか人間一人分の魔力で。
反吐が出る。甘く見るなよ。
ミカエルそのものならいざ知らず、人間の魔力など遅るるに足らない。なんだか二ヤついてしたり気だが、その自信共々貫いてやる。
この領域が、ただ相手の動きを止めるためのものだと思ったか?
「邪魔な盾だな」
凪いだ心に怒りの風を。
広げた魔力を切っ先へ集める。
周囲から奪ったエネルギーを使って魔力振動を起こす。
大きく開いた氷の華が、その散り際に炎へ転ずる。
「貫く」
動きは見えているだろう。
相手は魔力を使うだろう。
そして能力は使わない。
盾を構えているのが良い証拠。
燃える魔力を切っ先に集めた、単純な突き。
相手はこれを正面から受け止めて、刃を叩き落とす算段だろう。突きは躱しやすく、防いでしまえば次は打ち放題。これを捌かない手などない――それこそが間違いだが。
ミカエルの能力、不変の弱点。
それは、魔力で上回る攻撃を防げないこと。
「な……⁉」
「宣言通りに」
すべてを防ぐはずだった不変の盾は、刃をすんなりと、そのベールの向こうに受け入れる。
灼熱の怒りが装甲を溶かし、炎の波動が流体となった魔力を吹き飛ばす。燃え盛る刃が柔い皮膚を焼き、血管を焦がして骨をも貫く。
爆ぜるかのようなエネルギーが炸裂し、盾ごと相手を吹き飛ばす――ここは要改良か。
「昇華領域・炎転華」
壁に叩きつけられた相手を見つめ。
「俺の勝ちだ、高田 広希」
ただ、その真実だけを告げる。
まだまだ余力がある僕と、打つ手のほとんどを破られた高田さん。この差は歴然としていて、どんな壁より分厚く高い。
見えてしまった瞬間はそう感じるものだ。
勝った。
決めつけるのは早計だし、こういう油断こそが致命的だとは知っている。
距離を詰めてトドメを刺す。今すべきはそれだ。
回復の隙は与えない。
刀を振りかぶって、首を狙って下ろす。
これで終わりだ。僕らの因縁も、ここで断ち切る。
「させねぇよ!!」
藤高の声と共に発砲。その動きは読んでいた。やはりというかなんというか……
「往生際の悪い奴だ」
「つれねぇこと言うなよ。待ってたんだろ?」
弾丸には魔力が備わっていた。サトリの中で、弾き飛ばされた刀を見た。
この感じ……カットバシと同じ。何度も繰り返し見ることで、魔力の動かし方を覚えたらしい。高田さんが記憶力によって再現したのだから、出来て当然と言えばそれまでだ。
「猿真似が。劣悪な模倣で勝てるつもりか?」
「さーてどうだろうな。オレはそのつもりだけど」
「減らず口を」
厄介だ。
魔力を込めた弾丸には苦い思い出しかない。
かわすことは簡単だ。しかし、藤高に注力しては高田さんに回復を許す。
「付き合ってやる。一合だけな」
……後の先で獲る。
一撃のもと。
それしかない。