サンダーボルト/凍て付く波動
おひさやで~~!!
予想だにしない角度――盾の外から斬撃が襲い来る。左手に意識が向いたその瞬間、逆の手に持ち替えたのか。
対応できる。未だ刃は斬り上げるのみ。構えさえ動かせば――「なァ――⁉」――外れた左手が、再び柄、を、掴んで――
「武神流」
刃が無抵抗な胴を斜めに掠め斬る。
「蔦漆」
攻撃は直撃。思わず盾を取り落とす。
一瞬の内に斬撃が三段階に変化した。動きを追いきれないわけではなかったはず。魔力による強化は感覚にも及んでいるのに。
サトリ。一秒先の予知。
確実に当たる瞬間を読まれたのだ。
ボクがどうやって避けるか。それを先に見て、どの技を使えば当たるかを判断する。
そしてそこに、難しい思考は必要としない。なぜならそれは、今まで幾万と振るってきたものの内一つに過ぎないから。
コイツには出来るのだ。
一秒先に、刃を置くということが。
達人技と言わざるを得ない。
屈んで盾を拾う暇はない。
突きが来る。軸をずらして――「藤高ァ!」――盾の淵を強く踏みつけて浮かばせる。重なった銃撃が盾に当たって軌道を変える。
魔力によって威力を上げた鉛が刀をずらした。空中の盾をキャッチして、再び構える。
流血が酷い。
たったの一撃……。
「冗談キツイな」
心が折れそうだ。
さっきのように接近を許せば如何に藤高と言えど撃てはしない。
距離を保つ必要があるな。刀の間合いで闘うわけにはいかない。
分かったことはある。スサノオに銃弾は当たる。呼吸のないただの物質の動きはやはり読めないと見ていい。
「……」体に沁みついた選択か。「勝ちに行く」こっちにも一つだけあるな。
ボクの体質は特別だ。あらゆる全ての物事を記憶しておける。だから式を覚えておいて後から意味を当てはめれば、大抵のことは理解できる。
そう、できるのだ。
盾を投げたとしても、その軌道は計算によって、一瞬で割り出せる。
深く深く息を吸って、一気に魔力の回転を上げる。傷の治癒をすぐさま終わらせて。
循環させる場所を、強化するものを、少しだけ変える。
「藤高……もう作戦はナシだ」
「なんだって? 諦めるには早いだろ」
「ああ。諦めるつもりはないよ」
防御は捨てる。
「合図したら撃て。指示はそれだけだ。後は自分で動く。出来るよな?」
「……OK」
それじゃあ、行ってみるか。
「待たせたなスサノオ。ここから先は小細工抜きだ」
式を思い浮かべ。
イメージを強化。
電光が走り、身体が想像をそっくりそのままなぞる。
不変の盾が手元を離れ、スサノオへと向かう。予想通り、打ち落とすことはせず、スサノオは避けた。
その脇へとすかさず回り込み、手に溜めた魔力を電撃へ変化させ。
「単純な」
「そうかな?」
壁で何度も跳ね返った盾が、スサノオの背中を強く打つ。
「喰らえスタンガン!」
驚きに満ちたスサノオの肉体に、強烈な電気を叩き込む。盾を掴んで前へ構えて。
「藤高!」
「あいよ!」
ダメージはあるはずだ。それでも魔力で無理やり体を動かすか。本当は麻痺がきついはず。
残念だな。
跳弾さえ読めれば、回避できた攻撃だったのに。
真正面に構えた盾で、藤高の放った銃弾を弾く。それが脚に直撃して、スサノオの動きが今度こそ止まった。
好機。
盾の淵をスサノオへとぶち当てる。
強化された肉体による単純極まる殴打。スサノオのような相手には、こういう攻撃が一番効くだろう。
案の定スサノオは間合いを保てず大きく崩れる。
畳みかけるには今しかない。
藤高に合図を送る。
銃を構えると同時に魔力を展開。スサノオとの距離を少しだけ詰める。
スサノオがこっちを見た。
藤高へも視線を送る。
荒い呼吸。自分のものか。
発砲まで、あと一秒。
◆ ◆ ◆ ◆
一瞬飛びかけた意識を取り戻し、強く相手をねめつける。大した効果などないだろうが、今は威嚇などより視ることが必要だ。
高田さんの魔力を感じる。電撃のない魔力を。藤高がこちらに向けて構えている。
能力の使用はない――本当に?
あの盾をもう一度作れない保証など、どこにあるというのだ?
高田さんの能力は魔力を無効化すること。あの常軌を逸した記憶力は、技術か体質によるものだ。
一度見たものは決して忘れない――だからこそ恐るるに足る相手。
この広げた魔力に宿る膨大な選択肢こそが、彼の持つ武器なのだ。
彼の今まで闘ってきた者たちが確かな血肉となり、この魔力という、物言わぬ無色透明な粒子を脅威そのものへと変えている。
ミカエルが。
ルシフェルが。
ゼウスですら。
彼にとっては生きるための餌に過ぎない。
ふと目を閉じる。
時間がない。
イメージの中でしかやったことがないが……打開するにはこの技しかない。
強く思い描く。
強く強く、ただそれに集中する。
自分の未来を。その一挙手一投足を。
細かなの呼吸の音、動き、微かな振動すらも捉え。
それをそのまま、今この時へ再現する。
「フゥー……ッ」
藤高の銃弾が、予知をなぞって迫る。
動きを見せれば高田さんの魔力が悪さをするだろう。
悪戯好きなその好奇心が僕を殺す前に、奥の手を切る。
そうだな……技の名は。
「昇華領域――」ぐっと深く心を殺し。「不香の華」
魔力に宿る熱が一気に冷め、周囲から振動を奪う。
速度が落ちた銃弾を、刃で力強く叩き落とす。
「その雷、俺に見せたのは失敗だったな」
周囲はぐっと冷え込んで。
「動けないでしょう?」
標的は、その動きを止めた。
ずいぶん前から、漠然と考えてはいた。魔力の使い方が本当に、ただ循環させることによる強化だけなのかと。
疑問は高田さんと戦ううちに実態を帯び始め、紅黒との戦いで確信に変わり。
ドイツでの一件で、技として成った。
魔力は粒子だ。全てのものにプラスの作用をもたらす粒子。
それはただそこにあるだけでは意味をなさず、誰かの意思によって流動して初めて力を発揮する。
そう、動かすこと。
魔力を動かすことにこそ、その力の真髄がある。
心底思った。ジェノンがいて良かったと。
僕が提示した何気ない疑問をあいつが調べ、実験を繰り返し、ようやく分かってきたのだ。
魔力は振動させることで属性が宿る。
その姿は感情によって多種多様。
激情によって震えれば熱を孕み。
その真逆――感情を殺せば、その魔力は熱を失い、周囲の魔力から振動を奪う。
属性という意味で言えば、氷、だろうか。
魔力の振動を抑えること自体はすぐにできた。
問題だったのは、纏う魔力を広げること。
しかしそれも今となっては問題ない。
高田さんをさんざ見て、呼吸は覚えた。
魔力を広げる呼吸と、心から来る振動。二つを同時に扱い、属性の宿る領域を作り出す。
それがこの技『昇華領域』だ。後の文句はまぁ――冬に関したちょっとした洒落だが。
この領域は魔力の振動を奪い、相手からそのエネルギーをも奪う。この場では魔力は打ち消されるわけではなく、ただそこから動けなくなるのだ。
そうまるで、凍り付いたかのように。
「よーいドン、だ」
僕がこの技を選んだ理由などただ一つしかない。
それは俺がスサノオだから。
真っ向勝負なら負け無しの雄。
それがスサノオなのだから。
「アンタらに勝つ」