トップギア
「……」
手がないわけじゃない。
だが、そのどれもを発揮するには隙を生まねばならないという話で。
反省しよう。藤高は近くに置くべきではなかった。サプレッサーをつけていない以上、それを装着するための時間も要るわけだし。
そもそも、ボク一人の不安に付き合わせる必要などどこにもなかったのだから。
「はぁー……」
いったい、何やってんだろうな、ボクは。
すごく不思議な感覚ではあった。
きっと、スサノオを前にしたら、ボクは怒り狂うと――そう思っていたのに。なのに、そんな感情は欠片も沸いてこない。
不思議だ。
母さんの仇を前にして、ボクの心を覆うのは怒りではなく。
旧い友人に会った時のような、懐かしさとワクワクだとは。
「参ったよ。お前、こんなに強かったんだな」
「何を言います。真っ向から闘えばこんなものですよ」
そうだ、思い出そう。
こいつは最初から、ボクらより遥か先に立っている。ただボクらが追いつくのを楽しみに待っていただけで……それを楽しいとさえ思わなければ、こいつに立ち止まる理由などないのだと。
ボクは追いかけていただけだ。コイツの背中を。その先に見える、方舟という偉大な景色を。
「真っ向から、ね」
まったく嫌になる話だ。体質も上手く使いこなして、能力だって開花して、ここまで来て、心を突き動かすのが、ため息が出るくらいの好奇心だなんて。
試してみたい。策でもなんでもなく。
今のボクでどれほど通用するのか。
できることを一つずつ。それが鉄則だ。
イメージによる動きの具現化。魔力の扱い。能力の効果と範囲。
今使えるものを一つずつ考え、組み合わせて糸口を探る。
なんとなく分かることがある。ボクはたぶん、スサノオのように体術を扱えない。まともに体を動かしたことなどなかったし、スサノオとボクでは身体能力に天と地ほども差があるだろう。
そこで勝負するのは悪手だ。
手持ちの能力を整理する。
魔力による変形と具現化。絶対防御。血液の操作。
……そうだ、ミカエルが持っていたのは。
「一泡吹かせてやる」
盾。
それもただの盾ではない。
不変の盾だ。
できるか出来ないかは問題じゃない。
能力を同時に使えるのか?
そこが問題だ。
「楽しみだ。どう驚かせてくれるんです?」
させないけどな。なんて言葉が続くより早く、スサノオが再び肉薄する。
動きをイメージ。相手の攻撃も考慮に入れて、電撃を伴って移動する。
相手が未来を読めるなら、それすら視野に入れて動きを構築するまでだ。自分にできることを考えれば、的確なスサノオの動作を予測することはさほど難しくない。
「ハハハ! 避ける避ける! よくそこまで動けるものだ!」
動きながら、右腕に流れる魔力を増やしていく。
「そらッ!」
雑な攻撃だな。
避けるまでもなく、藤高の援護射撃が剣の軌道を逸らす。
その隙に離れ、さらに魔力の量を増やしていく。……魔力は溜まった。
後は再現するだけだ。
二つの能力を同時にここに。
ゼウスの変化と、ミカエルの不変。
要は魔力配列の再現だ、二つのパターンを組み合わせて具現化する。
二つの式を同時に解くような。いや、どちらかというと二次方程式に近いか。まぁ……スサノオには理解の及ばない話だ。
できる。
出来るぞ。
構築できる。
式を読み解き、この世界に持って来れる。
なんだ。案外簡単じゃないか。
盾の名前は……そうだな。
「最強の盾」
その言葉と共に、溜めた魔力が薄く伸ばされ盾として顕現する。
宿っているのはミカエルの能力だ。
斜めに構えた盾で刃を滑らせて、そのまま盾を相手に押し付ける。
鋭利な淵を持つこの盾は、決して歪んだり傷ついたりしない。
嗚呼……。
「良い盾だ」
体の前で盾を構えなおし、スサノオと対峙する。藤高とボクで挟むように。
攻撃が止んだ。この盾がどういうものなのか一瞬で理解したゆえか。
淵をぶち当てた喉元を抑えながら軽くせき込み、魔力を集めて治癒している。呼吸を整え姿勢を正し、ふと俯いて、深く深く息を吐いた。
肩が揺れる。
声が漏れだす。
「……」
笑って、いるのか……?
「ついにここまで」
この状況で。
「ついにここまで……」
殺し合いをしているんだぞ。
「ついにここまで!! 来てくれた!! 登ってきてくれた!!」
なぜ喜べるんだ。人と傷つけあうことを。
なぜ笑えるんだ。本気で命を狙われているのに。
自覚がないはずがないんだ。コイツはずっと、今までずっと、本気でボクらの命を狙ってきたんだから。
そう、その全てが本気だったはずだ。学校で見た時も、紅黒を助け出した時も、母さんの研究所でだって。
お前はボクの前で、滅多に笑ったりしなかったじゃないか。
「どうだ藤高……感じるか? 俺の呼吸を、確かな熱を……! 背中越しでも分かるだろ。この命の……魂の脈動が!」
なんて楽しそうに闘うんだ。
スサノオのことが分からない。
理解していたはずだった。操れるはずだった。しかしそれでも、スサノオは理解の外に行ってしまった。
変わってしまったんだなボクたちは。悲しいくらいに変わってしまったんだ。
戦いの中で笑えるほどに。
こんな時でも、試したいことで溢れるほどに。
「俺はまだまだ踊れるぞ! アンタはどうだ高田さん! まさかこれで終わりなんて言いませんよね⁉」
始まる。
第二ラウンドだ。
グンと力強くスサノオが踏み込む。
低く低く。
うずくまるように体制を下げて、全身の力を前へと向けて。
息を深く吸い、止めてから。
「フゥ――……ッ」
呼気。
あれだけ溜めを作ったのに、音もなく視界からスサノオが消えた。
どこに――
「盾の弱点、その一」
――下――
「死角が増える」
急発進からの急停止。投げ出されたような突きがけたたましい音で盾を撥ね上げる。
「盾の弱点、その二」
引きが早い。
「重量による取り回しの難しさ」
すでに構えを取っている。
がら空きになった胴に定まった狙い。左手一本で重い刀を最小限の動きで振るい――左から右への素早い斬撃。
後ろへ一歩下がって――
「対処の思考停止……これが弱点その三」
すかさずそれを追う、スサノオの突き。
近接戦闘を選んだのはミスか……いや違う。
ここで勝たなければ意味がない。真っ向勝負で勝たない限りコイツは諦めたりしない。
勝つんだ。ボクら二人で。
「藤高ぁッ!」
後ろに回った藤高が銃で撃つ。
当然呼吸から予知されて躱される。
そのまま鉛玉はボクのもとへ。
今まで通りならフレンドリーファイアで戦闘不能だ。
だが。今のボクには盾がある。
「……!」
角度を調節し構えた盾で、銃弾を弾く。
スサノオへまっすぐ向かうように。
言い返してやろう。
「サトリの弱点、その一!」
跳弾がスサノオを射貫く。
「呼吸していない物の動きは読めないこ――」
そのまま振り返って、勢いを殺さず藤高を切りつける。
こ――コイツ「いかれてる……!」痛みを感じていないのか⁉
「ずああああああっ」
内に抱えた腕で肘の内側を弾いて、速度と威力を上げた斬撃が藤高が襲う。
藤高が短く息を吐いたかと思うと、リボルバーを腰で溜め、❘撃鉄を繰り返し指で弾く。
正確無比な速連射で何度も何度も刀身の軌道をずらし、屈んで攻撃を躱す。
スサノオを挟んでボクの前へ。
弾倉に残った最後の一発を、盾に向けて放つ。
狙いは首――呼吸でそこも読めるのか。
ぐんと倒した体勢から、左腕を使って回転。
刀が来る。
届かない角度を取って退避――「あ?」――左手に刀がない――
「武神流」
盾の死角から、湿り気のある殺気が刃を伴って届く。
「化け柳」