ゴー・アンド・ゴー!
「なんとも誇らしげじゃないか。どれだけ危険な代物か分かってるのか、それ」
「分かっていますとも。技術自体に罪がないことはね」
「人間は間違うと言うんだ」
「そうならないために代を重ねる」
「ちゃんと教える時間も無いのにか?」
「時間は我々が作っていくんです」
「できないね。お前らの希望は今日潰えるから」
どこか苛立った様子のルシフェルが、ふとボクを見た。
「確認しておきたい」
「……ボクに、ですか」
「ああ。…………お前が作ったわけじゃないよな?」
「まさか! あんな高尚なもの作れませんよ」
「安心した。まだなんとかできそうだ」
さて、反撃開始だ。
随分と回復した。身体の動きも、魔力の動きも存分に見た。
カウンターを合わせることはできそうだ。
それに、さっき覚えたこともある。
試す相手としては申し分ないだろう。何せ相手は神官。致命とはいかないまでも、動きを封じることは叶いそうだ。
イメージしろ。
再現しろ。
魔力の配列。
動きをトレースした時に走ったあの電撃と、殺気との衝突で発生するあの稲妻。
二つの共通点を、自分の魔力で再現するんだ。
「社長」
「ええ。行けますか?」
「もちろん!」
ふっと短く息を吐き。
踏み込んだかと思うと、急上昇して敵の頭上を取る。
翼を展開するのが見える。
予測。
あの揺らめくような煌めき。
不規則に増える羽。
上からの攻撃。
たどり着いた結論は、ボクもルシフェルも同じか。
ルシフェルが魔力を纏うのと、ボクが駆け出すのは同時だった。
ぎょっとしたような表情を見せるが、もう遅い。
翼から射出された鉄の矢が、雨のように降り注ぐ。
ここからだ。
魔力を捏ねる。
電撃を再現。
視線の先へ動くイメージを重ね、発生した磁力で矢を弾く。
防御に徹したルシフェルへ肉薄し。
一度だけ見た動きを――ダメか。まだ追いつけない。
そっと相手の脇腹に手を添えて。
技の名前は、えーっと――
「寝ててください」
――無くてもいいや。そういうこだわりはいらない。
ただ一つだけ、魔力によって電撃を放ったという事実さえあれば。
一度体を痙攣させたかと思うと、ルシフェルがその膝を折って俯いた。
魔力を電撃に変換したまま、今度は藤高の方へ向かう。
ミカエルには恐らく通らない攻撃だ。
だからこそ、これは倒すためには使わない。
離脱するための一手。
次の策を練らなければ。
思考を巡らせる。
電撃の再現は可能。
次は炎でも作ってみるか。
スサノオの持つ熱は一度見ている。
ただ少し困ったのは、ゼウスの能力で精製したものとは違い……これらには実体がない。
無いものを扱うのは難しい。どの程度の量で、どの程度の威力が出るか。……まぁその辺は実験を繰り返すのが手っ取り早いか。
とりあえずこのまま電撃で攻めよう。
また他のことも思いついた。やりたいことばかり増えていく。
電撃を纏ったままミカエルの方へ動く。
イメージによる動きの補助と強化。双方が効果を発揮して、あっという間に距離を食い潰す。
完全に不意を突いた。球体に触れれば振り向くだろうが、それより早く動けるはずだ。
電撃を、放出ではなく肉体強化へと向ける。
球体に触れた瞬間振り返ったミカエルの盾を両手で掴み。
腕の曲がらない方向へ、ぐるりと回す。
「ちょ――」
こうなるとたまらず離すしかないわけだ。
盾を構えて。
藤高が発砲する。
軌道を観測。
ミカエルが躱し。
角度を計算し、調整。
盾で銃弾を跳ね返し、ミカエルへと当てる。
「いったいんだってもう……!」
怯んだミカエルに対して、電気を纏わせた盾を投げつける。当然のように受け取った瞬間、その体内へと電撃が迸る。
なるほど。その防御力も完璧じゃないな。油断もあるだろうが、魔力が薄い瞬間を突けば攻撃は通る。
意識を刈り取る電撃の、その一瞬。
「ナイスです」
爪による一撃がミカエルを吹き飛ばす。
近くにいた藤高とボクを、その爪で引っ掴み。
「……二人が限界です」
社長が紅黒を見た。
「よろしい。決着を付けてから向かいます」
紅黒はそう答え。
「武運を」
ボクたちを掴んだその爪と翼は、一気に上空へと飛び立った。
あっという間の離脱の上、急激にかかったGに、ボクは思わず目を瞑る。
だから見逃したし、聞き逃したのだ。
ルシフェルが行ったルーティンと。
「逃がさない」
その殺気の高まりを。
「想いの重り――グラビティ・レイン!!」
目を開けた瞬間分かったのは、ボクらが闘っていたその場所は、広大な円の中だということだ。何者かが――十中八九ルシフェルだろうが――描いた大きな円の中。
その円で区切られた空間が、俄かに赤く光って。
「え」
見えたその瞬間――
グンと何かに強くひかれた。地面? いや違う、もっと大きな力で。重い。体が重い。纏わりつくような重さ。
それが全身を、地面へ強く引いている。
円の内部にあった雑木や車は自重でひしゃげ、ミカエルすらもその場に磔にしている。
なんだ、これは。
こんなことができるのか。これほど広範囲に、魔力の、殺気の影響を。
たった一人の人間に、こんな芸当が可能なのか。
地面が近づいてくる。ジェットを吹かしても、ただ空しく唸るばかりだ。
せっかく作り出したこの瞬間を、たった一瞬で――
「行けよ……! さっさとよ!」
潰れたはずのトラックの脇。
そこから、小さな影が駆け出した。
春原だ。
春原が、銀のナイフを握りしめ、ルシフェルへ駆け寄り突き刺した。
「お役御免にゃ丁度いい日だ! 私のことは置いてけ!」
殺気が消える。
重さが消える。
「出席番号22番――春原 新芽、走ります!!」
その命が。
その命を。
燃やす瞬間を、確かに見ていた。
決めなければ。
命じなければ。
もう、後悔なんてしないと。
もう、別れも言えないなんて嫌だと、そう強く思ったから。
「春原……」
だから。
「……お前のことを信じるぞ! 方舟でまた逢おう!!」
追いついてくれ。例えどんな形であってもいい。
ボクたちの前に、また。
「ボクらは先に行く!」
巡り合えると信じてる。