どこで知った?
書き溜め尽きそう!
少しだけ、正直に話してみようと思った。ミカエルならきっと、僕の願いを受け入れてくれると。
そして僕は俯いて、ふと考えを整頓する。
「…………方舟に居たいんだ」
ミカエルの目を真っ直ぐに見つめて。
「ここでなら。俺は」まだ前に進める。「もっと強くなれる」
だから、そのためには、ここに居なくては。帰りたくない理由なんてそれだけで、けれども僕には、それだけで充分なのだ。
僕の我侭を聞いて、ミカエルは「うーん……」と唸る。
「不満か?」
「まぁまぁね」肩を竦め。「私が焚き付けたのも悪いんだけど、さ」
不意に目を逸らされた。何か後ろめたいことがあるのだろう。
「故郷に返さないと。ゼウスにもそう言われたし」
「“トビラ”まで送れ……というやつか?」
頷いた。
「方舟にある唯一の出口だよ。そこを通らないと、君の世界……というか、人間の世界には出られないの」
「ほう……」ならば、僕はそこを通ったわけだ。「……連れていってくれ。トビラまでで良いから」
ミカエルがまた不満そうに唸った。
「や、そうしたいんだけどさ……私も仕事……というか、やりたいこと残ってるし……でもなぁ」
うーん、と長く、再び唸って。ミカエルが腕を組んで思考する。
「ダメっぽいんだよね」
「なぜ」理由があるのか。「なぜダメっぽい」
「ちゃんと送らないと帰らないでしょ」
間髪入れずに返された。
その通りだ。まだ帰るつもりは――というか、もう帰るつもりはなかった。
帰って何になるのか、と考える。
僕は死んだ。
いや、実際は生きているが。
だが間違いなく、あの世界では死んだことになっているはずだ。
あの男が作り出したのは殺人現場。僕の血痕も残っている。
どうなっているか、ということに興味はないが、戻っても碌なことにはならないだろう。疑われるに決まっている。
そんなのは御免だ。家族を殺した罪など誰が被りたいものか。
ただでさえ仲の良くない家族だ。僕の遺体だけは見つかっていないはず。そう思うと、……自分でも足が止まるのが分かる。
「…………お父さんのことは好きだったの?」
「誰がだ?」僕がか?「冗談はよしてくれ」
肩を竦めて。
「あの人とは数年まともに話してないんだ」
事実だった。
そのきっかけはふとしたこと――と言ってしまうのはいけないか。父さんにとっては許せないことだったのだろう。僕は父にとっての禁忌を犯し、それに対し反省を見せなかったから。
父さんは僕を許せなかったし、僕もそれに納得出来なかった。
ただそれだけ。
「でもなんていうか……そのぅ……」
歯切れが悪いぞ。
「…………心の中、強く残ってない?」
「何が言いたい」家族の死を悼んでいると?「言っておくが、期待するような答えは返せないぞ」
家族とは折り合いが悪かった。
父は僕に剣を教えてくれた。
その技術は今もこうして活きている。
死してなお、この身に叩き込まれた剣術が僕に道を与えた。
……確かに強く残っていると言えるかもしれないが。
「そうね。君がびっくりするくらい強かったから……かな」なんだかムズ痒いな。「君のお父さんは、確かなものを残してくれたんじゃない?」
「…………なぜそんなことを聞く」
誰に習った剣術か、なんて一言も言っていない。
ミカエルがどこかで知ったのだ。
眉間に皺を寄せると、ミカエルが慌てたように弁明する。
「や、いやいや。基礎がすっごくかっちりしてたからさ。誰かに習ったんだろうなーと思って」
「…………父さんから習ったのは確かだ」そしてもう追い越してしまったことも。「確かに役に立つことは役に立つよ」
「尊敬してた?」
「まさかだな。考えが合わなかった」
何度も言われた。勝ちを求めすぎるなと。
僕の頭にあるのはいつも、如何にして相手を倒すかということだけ。
耳にタコができるほど言われたものだ。
この剣は誰かを打倒するためにあるのではない。
剣と言うものを通し、如何にして自分を顕すか――自らを知るためのものだと。
笑える言葉だ。剣とは人を斬るために作られたもの。それを扱うための術で誰かを打倒せずして如何にするというのか。
あの言葉を耳にするたび、僕の心に浮かぶは一つ。
「ああいうのを軟弱者と言うんだろ」
僕は自分が間違っているとは思わない。
この剣の在り方が。
剣士としての在り方が。
誰かを倒し、勝利を重ねるという自分自身が。
僕はこれで、正しいと思っている。
「考え方に関しては何も言わないよ」
「助かる」
「ただ、凄い人なんだなぁって思うな」
「あぁ……」
それは、そうかもしれない。
清く真っ直ぐな人だ。
だからこそよく衝突したのだが。
「けど嘘つきだ」
そう、よく喧嘩した。結果はいつも同じで僕の負けだったが。
単純な勝負なら勝てていただろう――でも口喧嘩なら話は別だ。
「そうは思えないけど?」
「いいや、嘘つきだよ」たった一つの嘘だけど。「嘘を重ねたなら同じことだろ」
頭を掻く。
立ち上がった。
「歩きながらでも出来る話だ」
それで、少しだけ、整理しながら話をしよう。




