ヴィア・ドロローサ
「無茶苦茶な作戦だ」
「ええ、運転手が問題になるとは」
「いや、そこじゃありません。動力源の確保ができないという話です」
「ああ、そこですか。問題ありませんよ。どうにでもできますし、ある場所は分かってます」
「……本当に、わかっているんですか? この作戦を成功させる難しさを」
「ええ。だからこそボクたちがやるしかない」
トラックに部品を積み込んで、装備を一緒に整えていく。
「藤高、準備は?」
「いつでもOK。走りに行けるぜ」
「上々だな──」
「ヘイヘイヘイ! こっちを無視してもらっちゃ困るよ高田くん!」
会話に割り込んできたのは春原だ。
「いいじゃん免許持ってんだから。運転したことあるでしょ」
「2トンまではね!? あのね、免許持ってっからってなんでも運転できるわけじゃないんだよ!?」
「知らないよ。じゃあ取らなきゃ良かったんじゃん」
「仕事上仕方なかったんだよぉ……」
「大丈夫です新芽、いざとなれば運転は変わりますから」
「嫌だよ! 紅ちゃんのことは好きだけど運転だけは絶対ダメ! 前のデートで運転してもらった時酷い目に遭ったんだから!」
「じゃあ文句言うな」
「ぐぬぬぬぬ……!」
そっか、運転嫌なんだ。意外だった。春原と始めて会ってからすぐ、彼女はなんだか楽しそうに運転していたのを覚えているから──それも電話が来るまでの話だが。
「いいじゃんか。ボクは信用してるよ、春原のこと」
「えっ」
「おぉ」
「ほう?」
「……ちょっと待とうか、なんでボクが告白したみたいな空気になってるの?」
変な間があると思ったんだ。
別に他の意図があったわけじゃない。単に、本当に単純に、春原は信用に足ると思ったんだ。
そう、そうだ。信用するに足る。ここにいる仲間は皆がそう。
共に死線を乗り越えてきた仲間たち。
今までの人生では。いや、これからの人生でだってきっと得られない、文字通り得難い仲間たち。
「……なんだか変な気分だよ」
誰かを心底頼りに思うなんてこと、今まであったろうか。いや、胸を張って頼りになると言える人と出会える機会など、いったい何度あるだろう。
おかしな話だけど、NSとの闘いがなければこんな出会いはなかったし、これからだってきっと無い。
もっとおかしいと思うのは、その出会いが、正しいものだと言い切れないことだ。
ボクらにはきっと、一生関わらないでいる人生だってあったのだと思うと。
「言いたいことができたよ」
だけどボクらは出会った。
「この戦いはまだ終わらない」
あの日、あの時、あの場所で。
この出会いが偶然だったのか必然だったのか。今となっては些細なことだ。ボクたちは戦いを通じて出会い、同じ戦場を駆け抜けては生き残り、やっとの思いでここまで辿り着いた。
必要なのはそれだけだ。
「それでも着いてきてくれる?」
だから、聞かなくても答えは決まってる。
春原がボクを呆れ気味に見た。
紅黒がボクを微笑んで見つめる。
それから二人とも、藤高に目配せをした。
藤高は少し驚いて、それから恥ずかしそうに頭をかいて。
「今さらだろ。止めたって止まらねえんだから、オレたちは着いていく」
期待とは少しだけ違う言葉だったけど、ボクはそれでも満足だった。
「それじゃ、行こう。ボクらはここに生きているってこと、アイツらに思い知らせてやろうじゃないか」
◆ ◆ ◆ ◆
(動いた。見えてるかジェノン)
(問題なく。デカいトラックだな)
視界を共有しながら、ジェノンに確認する。
(スサノオ)
(分かってる)
やらなければ。
あの人はこちらに踏み込んだ。無関係でいたあの日とは、もう違うのだ。
悲しいと思った。
戦いから遠ざけたかった。それだけが事実だから。
今度こそ、愛した人を守れると。守ってみせると。そう心に誓っていたから。
冷たい風が心に吹いて、体の芯から冷えていく。嫌になるほど悲しいというのに、うんざりするほど僕は冷静だ。
まぁいいかと、どこか他人事のように見つめて。悲しみという感情に蓋をする。
(止めるさ)
走り出したトラック。行き先は分かっている。アウトバーンを駆け、ハイウェイに入り、その先──
(魔導石は渡さない)
──残った神官が待つ、トビラの元へ。
分かっているなら、先に止めるだけだ。
◆ ◆ ◆ ◆
薄く張った魔力の網に、ゾッとするほど冷たい感覚がひっかかる。
やはり来るか。
「他の車、どんな感じ?」
「不審なやつはいないね」
となると……
「……走って追ってきてる」
「マジで? 誰が?」
それが分かれば苦労はない。しかし予想はできる。このしつこさは一人しかいない。
「十中八九スサノオだね」つまり敵じゃない……と言いたいところだが。「藤高、いける?」
荷台の箱の中で藤高を見つめる。
困惑した表情だ。
「前みたいに車内から狙撃するんじゃダメ?」
「望み薄だね。藤高の専門は中距離射撃で、長距離スナイプはそんなだろ?」
「見抜いてんなぁさすがに」
まだそこまで接近していない。感知に引っかかるギリギリの場所でしっかり追ってきている。
すでにアウトバーンに入っているはずだが。
「春原、今何キロ出てる?」
「100ちょっと……ひぃい怖いよぉ……モンスタートラックじゃんこれ……」
時速100キロのトラックに追い付く人間か。いくら魔力で強化していても限界はあると思うが。
ギリギリの距離というのもなんだか変だ。スサノオなら待ったりはしないだろう。きっと見付け次第追い付いてくる。どんなに魔力を消費しようが関係ない。短期決戦に持ち込むはずだ。
らしくない。こちらに決断を委ねるような真似は。
どちらを取るか聞いておいて逃げ道を無くす。そういうやり口のはずだ。……離れているせいで人間かNSか分からない。予測を立てたが外れている可能性が──
「……魔力が高まってる」
攻撃の気配。
「総員耐ショック姿勢!」
真っ先に反応したのは紅黒。続いて藤高。小窓から春原が動いたのを確認してボクが動くと同時──凄まじい振動と共に、ボクらの後方に何かが高速で過って道路を破壊していく。
なぜ後ろを。
「この手口には覚えがあります」
「なんだって?」
「鍵、お借りしますね」
言うが早いか、人海戦術で運ぶと決めた兵器の動力部分に──「なにやってんだ!?」
「会議で決めた。それは理解しています。しかしそうもいっていられない」
──紅黒は鍵を突き立てる。
「二撃目、来ます。降りる準備を」
鍵での転送に合わせるように、今度は前方から音がして。
トラックが徐々に減速していく。
「いいですか、転送したことは悟られないように。私が時間を稼ぎます。新芽、シュインド氏に連絡を。我々は援軍が来るまでトラックを守ります」
「例え嘘でも?」
「ええ、嘘でも」
「援軍が来たら、紅黒はどうするんだ?」
「ああ……」
紅黒はクスリと笑って。
「追い付きますよ。ご心配なく」
眼を閉じて。
一呼吸の間を置いて開く。
「ただし、同期に挨拶を済ませてからね」
その目には、良く知る炎が宿って見えた。
復讐の炎が。
「……信じていいよね。信じるよ?」
「ええ。言ったでしょう、負けないことは誰よりもできると」
ゆっくりとトラックを下りていく。
クリアリングを行って、敵の人数を確かめる。
二人。見知った顔だ。ミカエルとルシフェル。
まさかいきなり神官のおでましとは。
さて、どう時間を稼ごうか。援軍までまだまだ時間がある。二対四とは言え、ルシフェルにぶつけられるのは藤高と紅黒のみ。
ミカエルはボク一人でなんとかなるだろう。能力が分からないとは言え、こっちが有利だ。
最悪の場合は春原に鍵を託して逃げてもらえばいい。それくらいのことはできるだろう。なんて作戦を立てながら。
ボクらは黙って、ただならぬ空気を放つ二人を見ていた。
「見知った顔がいるじゃないか。卒アル持ってくれば良かった」
「お言葉ですけど、あなた撮影当日に敢えて休むタイプでしょう」
「おいおい随分老けたと思ったら! すっかり政世に染まったな?」
「七年もこっちにいますから」
「笑える事実だな。たまには里帰りしろよ。親と折り合いが悪いのか?」
「ええ。なんせ──親代わりは貴方に殺されましたから」
記憶を眺めて、そういうことかと理解する。
紅黒を襲った銀入りの瓦礫。暗殺。その主犯がルシフェルというわけだ。
「謂れの無い恨みをぶつけるなよなぁ……なんか証拠でもあるのか?」
「強いて言いましょう。証拠がないと強気に言えることこそが動かぬ証拠ですよ」
そういって、紅黒はゆっくりと剣を抜く。
「違いますか? 特殊暗殺部隊隊長──ルシフェル殿」
切っ先を向けられた相手は余裕綽々に指を鳴らして。
「素晴らしい妄想だな! 小説家でも目指してくれ」
マドが開いて、ルシフェルの手に鞘に納められた剣が現れる。
「脚でも折って戦えなくしてやろう。お前は作家として生きてくれ」
双方構えた。
「……聞きたいことがあります」
「動機か? ありゃ命令だった。それだけだよ」
「違いますよ。今更どうでもいいことをいわないでください」
「じゃあなんだってんだい」
「あの子達は。…………私の同胞たちは、元気ですか?」
「ああ、それか」
フッと笑って。
ルシフェルの体がゆるりと溶けるように脱力した。
「今も元気に暗殺部隊やってるよ。心配すんな、利かん坊のアロベナも、今じゃ立派な軍人だ」
抜刀一閃。
斬撃が飛ぶ。
紅黒の殺気がそれを受け止めて。
「そう」
大きくうねり。
「良かった」
耳鳴りでもしているのかと思うほど──赤いオーラによる刃物が、紅黒の全身を覆って高速で回り出す。
「心置きなく殺せるというものだ!!」
一気に間合いのうちに飛び込んだ紅黒の剣閃がルシフェルの頭上を叩き伐らんと降る。
受け止めたルシフェルの刃。
その音が代わりか。
闘いのゴングが鳴り響いた。