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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
148/166

蛇とゼウス

 目覚めの気分は最悪だった。

 全く知らない天井。清潔なベッド。ボクの脇に立つ無表情な点滴の数々。

 一体どれくらい眠っていたろうか。

 体を起こそうにも、まだ力が入らない。

 ゆっくりと目を開けて、人工呼吸器があることに気付いた。ずいぶん手厚く処置されていたようだ。頭だけ動かして、ふと隣を見た。


「……社長、ご無沙汰してます」

「おはようございます。武勇伝を聞かせていただけますか?」



◆ ◆ ◆ ◆



「それで、ついに能力が覚醒してですね。襲い来るNSをバッタバッタと――」

「ああ、はい。整理しますと倒したのは沢山いると。しかし神官には歯が立たなかったということですね?」

「違いますってだから、ボクは逃げに徹して深く相手にしない選択を取ったんですよ分かりますか、この力があれば神官だって恐るるに足りないということをですね――」

「分かりましたから落ち着いてください。ガス入りの水でいいですか?」

「いただきます。それで母さんの研究についてですけど」

「広希君」

「はい」

「研究には触れるなと言ったはずですが」

「アハハ! 自分からは触ってませんよ。母さんの頼みです。何か問題でも?」

「誰かを経由すればいいというものではありませんよ……」

 社長は頭を抱え、呆れたように息を吐く。

「予想していませんでした。危うくまた全てを失うところだった」

「また?」

「昔の話です。君には縁のない話」

 ボトルからガスの抜ける音がして、社長は浮かんでくる泡粒を見つめている。

「……全てを失ったことがあるんです。立ち直るまで本当に大変でした。アミーの……彼女の力がなければ未だに沈んでいたと思うほどにね」

「ふーん」

「興味なさげですね」

「ありませんよ実際。他人の過去がなんの参考になるんです」

 それを聞いても仕方がない。というのは暴論だろうか。ボクにとって他人の過去は朧気で、ボク自身のそれとは比べるべくもないほど不明瞭だ。言葉だけで語られるものをどう参考にしろと言うのだろうか。

「重要なのは今この時だ。ボクらはついに武器を手にした」

「いいえまだです。設計図のみでは」

「と、言うことは?」

「ええ……」

 咳払いをして。かけていた眼鏡を正し。


「協力しましょう。総力を挙げて」


 母さんの遺産を受け継ぐと、彼女は確かに宣言した。

「建造を急ぎましょう。手遅れになる前に」

 さて、そうと決まれば寝てなんていられない。やるべきことは山積みだ。仲間の訓練。作戦の立案とブラッシュアップ。必要な物資の確認に、不足しているものの補充。

 この力を手に入れて、方舟から世界を救うのだ。

「今度はこちらから責める番だ」


 斯くして歯車は噛み合い回る。

 動き出した時は決して止まらず、後ろに戻ることもない。

 時は決して、過去に戻ったりはしないのだ。



◆ ◆ ◆ ◆



「ゼウス。お前に聞きたいことがある」

「あンだよクソガキ。珍しいこともあるなァ?」

 某日、方舟にて。

 戻ってきた僕は、ゼウスの部屋にいた。

 聞きたいことができたのだ。ルシフェルの目を通してコイツの戦いを見たことで、今までの疑いは確信に変わった。

「お前、蛇と繋がってるだろ」

 睨み付け、語気を強くする。脅しのつもりで放った一言は、しかし響いた様子がない。余裕のある態度を保ったまま、咥えたタバコに火をつける。

「今さらか?」

「なんだと……?」

「あえて黙ってるもんだと思ってたぜ。そもそもお前が生きてるのは、オレ様がアイツの所まで運んでやったおかげじゃあねェか」

 紫煙がくゆる。

 煙の向こうから、金色の目が不気味な輝きを放つ。

「使えるもんはなんでも使う主義なんでな。例え蛇だろうがなんだろうが、そこに例外はない」

「ノア様が知ったらなんと言うか……!」

「……」

 吐き出された煙が薄れ、その表情が露になっていく。激しい怒りを予測して、思わず刀へと手が伸びた。

「知ったところでどうにかできるのか?」

 落ち着き払った声。

 眉一つ動かさず、ゼウスは言ってのけた。

「アイツは生半可なことじゃ縛れねェ。だから何かしらの条件と期限をつけて『待った』をかけるしかねェんだ」

 コイツは。

「現状はそれでどうにかするしかないんだよ。なんせ奴には実態がない。殺せもしなけりゃ、生かせもしない。だったらせめて利益関係で押さえ付けておくのが一番確実──現状奴と交渉できるのは、方舟の大神官であるオレ様しかいねェんだ」

 僕よりも遥かに知っているのだ、蛇のことを。当たり前のことだけど、蛇との付き合いは僕より遥かに長く、そして深い。

「オレはオレを裏切ることはしねェよ。それだけは覚えとけ」

 だけど、それでもだ。

「信用できない」

「別に構わねェよ」

 あまりにも大きな爆弾……こういうのを地雷とかなんとか言ったりするのだろう。

 状況は動き出しているのだ。ジェノンが言ったように。あの人は確かにデータを持ち帰り、すぐのでも共有して方舟に侵略してくるだろう。

 高田さんはルシフェルに明確な敵意と恨みを向けていた。感情だけで動くことはしないだろうが、やることがあるなら手段は選ばない。あの人はそういう人だから。

 だから、ここでゼウスを信用しておきたかった。僕の勘違いなのだと。

 いや、しかし。しかしどうだ。ゼウスは確かに蛇を抑えていると言える。きっと、ゼウスがドクトルに伝言を残していなければ、僕はここに来る遥か前に魂に細工を施されていたかもしれないのだ。

 僕が俺のまま強くなり、神官としてここにいること。

 それが、ゼウスが信頼できる動かぬ証拠と言えるだろう。

「……俺が方舟にいない間、次の作戦について何か決まったのか?」

「いーーや? ノアの野郎はいつも後手に回る。今回もそうだろうな」

「間違いないのか」

「ああ間違いない」

 だったら、この戦争は負けるだろう。ジェノンの予測の通りなら。

 彼らが次に方舟に辿り着いた時点で、鍵を使われれば終わりなのだ。物資さえあれば組み立てることは容易だろう。ただの人間ならいざ知らず、今の彼らは皆が皆、魔力の運用を覚えているのだから。

 人並外れた膂力と無限に思える体力。その上、多少の怪我なら気にも留めなくなってしまった。戦闘ならばまだ勝ち目はあるかもしれないが、そうではない作業となれば話は違ってくる。

 勝たねばならないのだ。そのためには、ただの一人も方舟に通してはいけない。

「どう……するんだ……?」一人では。「どう止めれば……」僕一人の力では。

 煙と共に、息を吐く音が打ち上がった。


「そのためにオレがいる」

「なに」

「アイツの手が回らないならオレたちの手でやるしかない。予定の管理はオレがやってる。手透きの神官は確保してやるよ」

 なにもできないわけじゃない。ゼウスを覆う煙が晴れて、僕のことをはっきりと見た。

「オメーんとこの参謀に会わせな。一人じゃ分かんねェこともあるからな。お互いの情報を擦り合わせて作戦を練る」

「……ジェノンに話を通す」

「は? 聞いてンだろ今も」

 僕の目を指差して。

「使ってンだろ、第二の眼(セカンド・アイ)。連絡はコイツを使えやいい」

 蛇と繋がっているのだから、当然と言えば当然なのか。僕たちが持っているものはある程度共通しているようだった。

 いいことだ。同じ装備ならやりやすい。


(ジェノン)

(聞いてたよ。そっちにいけばいいか?)

(頼む。……喫煙者だから気を付けろよ)

(別に気にしねぇよバカ……)

「バカは余計だ、バカは」

「あンだって?」

「独り言だゼウス。気にしないでくれ」

 かくして、僕は始めてジェノンの存在を白日の元に晒すことになった。


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