レッツ・ショー・ミー
「調子はどうだい広希君」
「なんですか急に。まぁまぁ……あー、ちょっと悪いかも」
「おや、そうなのかい? 治してあげようか?」
「結構です。ドクトルの治療はなんか、信用できません」
「つれないなぁ」
能力を試してから数日経って、ボクは今ドクトルの部屋にいる。
「体調は悪くないんですよ。ただ」
「ただ?」
「状況が悪い」
「はぁ?」
「今日方舟を出ます。出口は一つ。トビラに向かえばいいはずだ」
ドクトルは机に頬杖をついた。なんとも寂しそうにボクを見る。
数日の付き合いだ。愛着がわいているはずもない。
「ゆっくりすればいいのに」
「そうもいきません。ちょっと能力を使いすぎた。そろそろ神官が動くはず。バタバタしてるうちに帰りますよ」
「そっか」
大きくため息をついて、ドクトルはポケットをまさぐった。
「じゃあこれは今から君のものだ。うまく使いたまえ」
机の上に置かれたのは、鍵とUSBメモリ。目的だったものだ。これがあれば胸を張って帰れる。
立ち上がってからコーヒーを飲み干した。カップを返すついでのように机に寄る。
鍵とメモリを手に入れて。
「……ああ、そうそう」まだ聞かなきゃいけないことがあった。「スサノオという神官を知っていますよね?」
じっとドクトルを睨む。
「神官のことはだいたい知ってるが……はて……そんな子いたかな」
「とぼけないで」
「なんだい急にがっついて」
「必要なんです。やつの情報が」
「どうして」
「今のボクでは倒せない」
「それこそ、どうして――ああ、そういうこと」
くるりと背を向けて、ドクトルが伸びをした。欠伸混じりに息を吐く。
「僕が能力を与えたんじゃないかって?」
「奴は神官で、そして人間だ」
ここ数日で思い知った。方舟は人間を歓迎したりしないのだと。ここは歴とした死者の國で、生きている人間が居てはいけない場所なのだと。
「奴が生き残れた理由はここにいたから。違いますか?」
「いい推理だね。探偵になれるよ」
「仲間が既に探偵でして。お株を奪う気はありません」
「でも残念だな。肝心なところが外れてる」
「どこが」
「それは――」
チラリと、ドクトルがドアを見た。
「――確かめた方が早いか。行った行った。研究所を戦場にされるのは懲り懲りなんだ」
次の瞬間、ドアが蹴破られた。
「集金でェす。神妙にお縄についてくださァい」
入ってきたのは大柄な男と――
「なぁゼウス、やっぱ登場やり直さん? ダサイってこれ」
「るっせェなぁいンだよこれで。どーせオレらァチンピラなんだから」
――スサノオと同じ顔をした男。
「誰だ、アンタら」
「おぉっと! 自己紹介が遅れたなぁ……オレ様はゼウス。大神官様ゼウス様よ。覚える必要はねェ、お前は今日これから死ぬからな」
「で、その腰巾着のルシフェルだ。以後よろしく」
「緊張感ねェなぁルシフェルよォ!」
「いいじゃんよ別に……乗り気じゃないんだ」
気だるそうに髪の毛を乱しながら、ルシフェルがボクを指さした。
「これ、弟も見てるからそのつもりで」
……弟? ああそうか、なるほど。
「それでスサノオが神官にね」
「理解が早くて助かるよ」
まさかこっちに親族がいるとは思いもしなかった。となるとルシフェルは人間か? 不味いな、能力効果が半減どころじゃ――
「うお!」
「余所見してんじゃねェよガキが。さっさと終わらせんぞ」
ゼウスの手には槍。それで突いてきた。あまり殺意を感じなかったあたり、どうやら様子見か。
しかし、いつの間に槍なんか。鍵を使った様子もない。ルシフェルに意識がいった一瞬でどうやったのだろう。
槍を注視する。
「まったく……」
なるほど魔力で。そういう能力か?
「ゆっくりさせてくださいよ」
魔力を回転させ、肉体を強化する。
槍を紙一重で躱し、相手の動きを記憶しておく。
流派などは分からないが、数パターンは既に見た。これで少しは安全に戦えるはずだ。
さて、どのタイミングで仕掛けるかな。
「へー今のを躱すかい。てっきりただのラッキーボーイかと思ったが」
ゼウスが槍を構える。
「案外やる方かもな?」
その姿、あまりにも堂に入っている。
一目見ただけで分かる、素人にも伝わる年月の重み。
「あなた、強いんですね」
はっきりとそう感じた。
「カッ! こいつぁ嬉しいねェ……トーシロのガキにも伝わるたぁ」
低く腰を落とし。
――来る。
「ま……別段テメェに恨みは無ェが、仕事なんでな」
音もなくゼウスの姿が消えた。
「悪いがぶち殺されてくれ」
薄く広げた魔力の網に反応有り。背後だ。
躱す――ルシフェルが動く。
回避した方向へ合わせるように、ルシフェルの居合が飛んできた。
分かりやすい挟撃だ。スサノオならどうするだろうな……っと。
魔力で指を強化。
「こんなもんですか」
突きの軌道は読めているし、居合の動きにも意外性がない。
スサノオより遅く感じるのは、実力の差なのかはたまた手を抜いているだけか。
指で攻撃を摘んで止めながら、そんなことを思った。
魔力の有用性はこれだ。大きな渦から小さな渦へ。その差が大きいほど、魔力がもたらす効果は上がる。
他のところが手薄になるのが難点だが、最初のハッタリにしては上出来だろう。
「こんなもんですか」
「やるじゃん」
「おでれェたぞ」
力を込めて武器を弾く。
数歩下がって二人を視野に。
ドアが遠い。
逃がさないつもりだと伝わってくる。
さて、どうしたものか。ここで戦闘を続けるのは得策じゃないだろうし、ドクトルも望むところではないだろう。
となるとどうにかして逃げるしかないが。
「……お強いんですね、本当に」
隙がない。
間合いも詰めて来ないし、動いても反応される。能力を使うわけにもいかないし、意表を突くことは難しい。
ではどうするのかという話だが。
「残念ですよ。まともに相手する人なら良かったんですが」
観察は終わった。
「ボクはそういう人じゃない」
ゼウスの魔力を真似て捏ねる。
能力にもパターンが適用されることが分かった。普通の魔力よりも単純だ。能力によって決まった効果があるのだから、細部の違いしかないことには頷ける。
こんな感じだ。
「……なるほど」
上着のポケットに手を突っ込んで、その中で小さなナイフを生成する。
確かな重み。金属の質感。
上手くいったようだな。……便利な能力だ。よくよくしっかり覚えておこう。
「余裕だなクソガキ。奥の手はあるんだろ?」
「どうでしょうね」
能力のことは知っているようだ。その特性上、証拠が残ったとは思えない。ただ死に方が少々奇妙だったために能力によるものと結論付けた――とするのが定石か。
「ボクは逃げますよ」反撃開始だ。「止めてみてください」
ポケットから手を出す。
ナイフのリーチに反応した。届かないという確信。ルシフェルの剣が振るわれる。
刃を叩き落とす動き。
勢いは落ちない。
ここだ。
「フゥッ!!」
素早く手首を返し、ナイフの性質をそのままに鞭へと変化させる。「えっ待っ」瞬間、鋼鉄の鞭がルシフェルの剣を絡め取って自由を奪う。
ぐんと力強く引き。
「うぉおおオイオイオイオイ!!」
ルシフェルの体勢を崩した。
ゼウスの突きがボクの脳天目掛け飛ぶ。
速度と角度。込められた魔力。そして、その結合。
全て記憶通りだ。
体を少しだけ屈め、すかさず鞭をしならせルシフェルから剣を奪う。頭上を過ぎていくゼウスの槍。その柄にソっと手を添えて。
「それじゃ」
ボクは能力を発動した。
◆ ◆ ◆ ◆
……なんだ、これは。
異様な風景を見ていた。ルシフェルの目を通して。
ナイフが鞭へと変化した。その時点でもう理解が追い付かないが恐ろしいのはその後だ。
あれではまるでサトリではないか。
予知していなければ躱せないはずだ。死角からの攻撃だった。魔力を広範囲に展開することによる感覚の延長――それにともない皮膚感覚の強化――それがあったとしても、あの速度の攻撃を、あれ程正確に避け、その上で反撃をして見せた。
それも、最も意表を突く反撃を。
「なァァッ」
ゼウスの槍、その穂先が消滅し、瞬く間、連鎖していくように柄がゼウスの手元へ向けて消滅していく。
手から離して槍が消滅した頃には既に遅い。消滅の連鎖はゼウスの指へと駆け上り、肘まで到達し――
「ウォォラッ」
――雄叫びと共に、ゼウスが自分の肩を切り離す。
見るともう片方の手が巨大な刃に変化している。
高田さんから目を離した。
隙が出来た。
ルシフェルの目が、もう一度高田さんの手に握られた鞭を見る。
「ボクは帰ります」
言葉と共に、鞭が煙幕へと姿を変えた。