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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
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小さな男

「いやはやいやはや! おっどろいたなー!」

「……そうか?」

「うんうん! ゼウスに怯まない人間なんて君が初めてさー!」

 あの後。

 僕は拘束を解かれた。折れた腕に処置を施されているところだ。

 ミカエルも、こう言ったことには慣れているのか、包帯を巻く手つきに淀みがない。

「…………怖い男だな、ゼウスは」

 最早ミカエルと争う気も起きなかった。

 こいつに手を出せばゼウスが放ってはおかないだろう。

「でも頼れる上司だよ」

 その通りだと思う。

 アイツの後に付いていけば間違いなどないのかもしれない。凄まじいカリスマだった。

 大きいのは体だけではない。

 いやむしろ、その器の大きさが、ゼウスの体をも大きくしたのだろう。

「俺は……」僕は、なんて。「……小さい男だ」

 ミカエルが三角形の布を腕に宛てがう。

 背後に回ったのをいいことに、僕は思わず弱音を吐いた。

「忘れてくれ」

 言ってすぐに後悔する。

 ミカエルに話してなんになるのか。悩みなど理解されたことがない。しかもミカエルは女。年端もいかない女だ。

 話してなんになるというのだろう。

「これで良しと。どう? 苦しくない?」

 言われて初めて、腕が首から吊られていることに気が付いた。

「あのね」

 僕の肩に手を置いて。

「私、君の理由を知りたいな」

 優しい声音でそう言った。

「ゼウスはさ、話さない理由を話したじゃん? だから今度は君の番だよ」

 表情は読めない。もしかしたらほくそ笑んでいるのかもしれない。

 いや、と一人否定する。

 今は、そんなことは考えないようにしよう。

「…………勝ちたいんだ」

 正直に話そう。手がかりは無くなった。だけど、また一から自分で探せばいいのだ。

 落ち込んでいる暇などない。

「あの男に敗けたまま。そんなことは耐えられない」

 こうしている間にも、奴は遠くへ行ってしまうかもしれない。

 そうなれば、また遠ざかる。

 もう一度の勝負がまた、遠ざかってしまう。

「俺は、ただ、アイツに勝ちたいんだよ」

 呆れたか。ミカエルの方を振り返ろうとした時、先に彼女が口を開いた。

「負けず嫌いな子は好きだよ」

 意外な言葉――何故か体が固まる。

「要は背比べだ」

「……そうだな、背比べだ」

 ミカエルが微笑むのが、なぜだか見えた気がする。

「変わんないなー、人間もNSも」

「見てきたような口ぶりだ」

「見てきたよ?」

 信じられない。

「あ、もしかして、見た目通りの歳だと思った?」

「違うのか?」

「残念でした。実は君より歳上なんだなー」

「人は見かけに寄らないな……」

「そうそう。思い込んじゃいけないよ。特にここではね」

 ミカエルの手に力が篭った。

「…………君は色んな想いを抱えてるね」

 静かな声だ。

「うん……うん。…………そっか」

 振り返る。

 その瞳が僕を見つめる。

「……悔しかったんだね」

 そうだ。

 その通りだ。

「不思議……。……憎んだり、恨んだり、してないの?」

 思わず眉間に皺がよる。

 それは何度も自問した。そして何度も考えた。

 でも、答えはいつも同じだ。

「憎くはない。だが恨めしくはある」

 だけど、それは、家族を殺したからではない。

「あの強さが恨めしいんだ。そして悔しい」

 不意打ちでなく。もっと真っ当な試合だったら。真っ当に戦えていたら。

 もっと見えたはずだ。あの強さを。もっと眺めていられたはずだ。あの美しい太刀筋を。

「弱い自分が許せなくなる……」

「どうして?」

 なぜってそれは。

「俺にとって、勝つことは生きることで」

 だから勝ち続けなくては行けなくて。

 だから強くならねばいけなくて。

「負けることは、終わることだから」

 だから、終わるなら、ちゃんとした終わりがいい。


 ちゃんとした勝負の果てに。

 せめて、ちゃんとした結末が欲しい。


「……笑ってくれて構わない」

 言ってから、また後悔する。

 さんざ笑われてきたことだ。気味悪がられてきたことだ。如何に歳上と言えど、そんなことは関係ない。

 このことはきっと、僕にしか――

「君は、一番強くなりたいんだね」

 ――分からない苦悩。

「誰よりも強くなりたいんだ」

 唇を噛んだ。

「笑わないよ」

「……本当に?」

「笑わない」

 振り返った。

 柔らかな笑顔――「ミカエル」

「君の今までは知らないよ。でもね」結び目をキツく張る。「方舟なら、笑われない」

 右手を握りしめた。

「皆そうやって生きてる。アイツより自分な方が強い。いや自分の方がもっと強い。いや自分がって……。寿命もないのに死ぬまで背伸びしてるんだ」

 その瞳と目が合った。

 深い茶の瞳。

 落ち着いた色の。年月が滲む深い色の。

「いいじゃんそれで。私好きだなそういうの。やっぱさ、男の子は」

 パン、と肩を叩いて。


「燃えてる方が良い」


 俯いた。

 なぜ視界が歪むのだろう。なぜ涙が滲むのだろう。


 なぜこんな言葉が、こんなにも嬉しいのか。


 ずっと、そう言って欲しかったのか。ずっと求めていたのかもしれない。僕は、僕が思うほど、きっと、強くはなかったのだ。

 もう疲れきっていた。

 誰かの言葉がなければ歩めないほどに。

 ミカエルの与えた言葉は正しくそれだ。

 僕の欲しかった言葉。

 たったそれだけで、僕は遥か先にでも進める気がした。

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