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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
139/166

スティール・アライヴ

「ほら広希。ちゃんと着いておいで」

 ……夢を見ている。

「大丈夫だって」

 母さんと歩く夢を。

 記憶にない景色だったから、夢だと気付くのは早かった。

「あのさ」

「なんだい?」

「母さんは……これからどうなるの?」


 差し伸べられた手をそのままに、母さんは微笑んだ。


「元に戻るのさ。ただの魂に」


 ……遠い。

 すぐそこにあるはずの手が、果てしなく遠い。

 届くはずの距離が、物凄く遠く感じた。

 間に合わなかった手。

 届かなかった手。

 至らなかった手。

 母さんの手は、あまりにも遠かった。

 そっちに連れて行ってよ。なんて言葉が、喉元でつっかえる。

 言っちゃいけないと分かっているんだ。

 ああ、分かっている。きっと取り返しがつかないことになるだろう。

 これはきっと今際の際に見る夢で、僕は今狭間に立っているのだから。

 だから、行けない。

 だから、言えない。

 怖かった。認めたくなかった。


「母さん……」


 もう一度、その微笑みを見つめる。

 夢の中の景色。

 目に焼き付けたかった。

 夢の中の出来事まで、しっかり記憶できるかなんて分からない。試したことも無い。でも、いつも見るあの方舟の夢を覚えているんだ。きっと出来る。


 目頭を押さえる。


 ボヤけてしまう景色。このままお別れなんて嫌だと思った。


 でも、行かないと。

 だから、言わないと。

「――」

 言わなきゃいけない。

 さよならって。

 分かってる。分かってるんだよ。でも、そんなの辛すぎる。

 二度と逢えない。そんなことを、ボクは認めたくないんだ。

 母さん。

 一緒に帰ろうよ。

 そう言いたい。それが叶うならどんなにいいか。

 母さん……。


 フと。頭の上に、影が落ちた。

 いつの間にそこにいたのだろうか、隣には、一人の女性が立っていた。

 何も言わず、僕に傘を差して。


 その人はなんだか身なりが良くて、きっと育ちが良いのだろうと思った。

 でも、なんだかチグハグだ。

 なんで、片方の目は機械なのだろう。


「つらいなら、言わなくてもいいの」


 女の人は、不意にそう言った。


「貴方達の道は、まだ続いてる。だから、何も言わなくていい」


 口元にそっと指を立てて。

 その人はウィンクした。


「これでお別れなんて野暮でしょう? 思い出は、いつまでも傍にいてくれるものね」


 差された傘が外されて、その人は母さんの方へと歩いていく。


「大丈夫。貴方はまだ歩けるわ。何せ私の愛した人がついているんだもの」


 母さんの、手を取って。


「……ほら、待たせないで。言うべきことは、他にあるでしょ?」


 ニコリと微笑んだ。


 言うべきこと。

 言いたいこと。

 言いたかったこと。

 伝えたかった言葉。

 そう……そうだ。

 形だけの家族だったけど。血の繋がりもない、ただの言葉だったのかもしれないけれど。

 でも。


「母さん」


 貴方はボクの母親だから。


「ありがとう。愛してる」


 母さんは悲しそうな顔をして、それでもやはり微笑んだ。

 隣の女性もまた満足げな顔をして、二人揃って背を向けて、どこかへ向けて歩き出した。


 背中が遠くなっていく。

 本当に、届かない場所へ。


「ああ、そうそう」


 不意に、女性が言った。


「帰ったらアポロに伝えてちょうだい。貴方は良くやってる。愛してるわって」


 一度だけボクを振り返って。


「愛するアミーがそう言ってたと」


 ああ……この人は、母さんを連れていくんだな。

 ギュッと、胸の前で拳を握った。


「それじゃあ」

「ええ。また会いましょ」



◆ ◆ ◆ ◆



 ……。

 …………。


「ここ、どこだ」

 知らない天井……ではなかった。

 知っている。

 遥か昔の記憶。最初の記憶にある天井。

 ということは恐らく、ここは方舟だ。方舟にある、どこかの部屋。

 まぁ、知っていたところで意味が無い。どこにあるかは結局分からないのだから。

 腕を上げようとして違和感に気付く。目をやると、点滴を打たれていることが分かった。


 なるほど……生きて、いるのか。


「おや、目が覚めたのかい。意外に早いね」


 どこかから声がした。

 辺りを見渡してみても、姿はない。


「えぇ……またこの流れやるの? ハァ、仕方ない」


 大きなため息が近くで聞こえて、そちらに目を向ける――


「こっち見ろ」


 額を小突かれた。

 途端に、目の前に白衣でメガネの――


「母さん!?」

「おやおや、君は性別も分からないようだねぇ」


 ――男がいた。

 ヒョロっとした背の高い男。

 見るからに痩せていて、なんだか生気がない。


「自己紹介をしておこうかな。僕はドクトル。ただのドクトルだよ。職業は科学者。よろしくね」


 ドクトルと名乗ったその男は、触れもせず点滴の様子を確認して、ボクのことを見もせず言った。


「いやぁ驚きだ。まさかの回復力だよ。無意識に魔力を使うなんて大したもんだね」


 魔力? 確かにそう言ったか。


「知ってるんですか、魔力のこと」

「もちろんだとも。なんたって僕は科学者だからね」


 笑ってしまった。

 何を失礼な、とドクトルは言ったが、ボクからすればちゃんちゃらおかしな話だ。


「だって、魔力だなんて。如何にもファンタジーじゃありません?」

「高度に発展した科学は魔法と同じものになるのさ」

「魔力は科学の成れの果てだと?」

「そうは言わない。あれは自然発生したものだからね」

「随分詳しいですね。専門なんですか?」

「いや違う。僕の専門は生物学と生理学だ」だから、と僕の体を指差して。「術後の心配はしなくていい。人体構造には詳しいんだ、これでもかってほどにね」


 腹の辺りをさすってみると、なるほど手術をしたのだろう。肉が大きく盛り上がり、傷を塞いだ形跡がある。今は包帯とガーゼで覆われて見えないが、痛みもないあたりドクトルの腕は確からしい。


「……助けてくれたんですか?」

「必要だったからね」

「必要?」

「そうさ。君に死なれちゃ困るんだ」


 なんだか核心をかわされているようで、やきもきとした気分になる。頭もスッキリしていないし、また寝てしまった方がいいのかもしれない。

 あの夢のことをはっきり覚えていたからか、今寝ればまた……なんてことを期待してしまう。


「おっと、まだ寝るには少し早いよ。これからのことも話しておきたいし」


 そう言って、ドクトルは白衣のポケットをまさぐる。

 取り出したのは――一度だけ見た事のある、USBメモリだ。


「ま、このまま話すのもなんだしさ。とりあえず、珈琲飲むかい?」


 誘いは受けることにした。


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