アクト・オン・アングリー
申し訳ありません。
投稿ミスりました。
読み直して頂けると幸いです。
「意味が分からないな」
「そうですか。そうでしょうね」
自分だって意味が分からない。そんなことを言って、スサノオはため息をついた。
ほんの少し、スサノオの魔力が揺らぐ。
「俺からも、いいですか?」
……少しだけ目が慣れてきた。
スサノオの姿が、ぼんやりと写る。
「あなたにとって、母はどんな人でした?」
なぜだろう。
その姿は、悲しんでいるように見えた。
「優しい人だった」
ボクの声で、魔力がまた揺らぐ。
「家には滅多に帰ってこない。けれど、ボクが生きるために必要なことは全てしてくれた。ボクのことをよく考えてくれてたよ」
その揺らぎを見ながら、母さんのことを思い返す。ハッキリと記憶に刻まれた日々を。
「不自由のない生活をくれた。こんな体質のボクを気味悪く思わず受け入れてくれた。血は繋がっていないけど、そんなのは些細なことだよ」
そこには、確かな愛があったから。
母さんはボクを愛しているだろう。これまでも、そしてこれからもだ。
そんな人を失った気持ちがお前に分かるのか。
……分かるんだろうな、痛いほどに。だからこそ分からないんだ、お前がどうしてこんなことをしたのか。
「お前だって家族に愛されていたはずだろ。分かるはずだ。ボクの心が。今どうしてやりたいか、お前なら分かるはずだ!」
「分かりますとも。八つ裂きにしてやりたいって気持ちは」
だからここにいる。そう言って、スサノオは続けた。
「で、俺を殺してどうする。その後は?」
初めて、言葉がトゲを持った。
「俺は知っているぞ。その後に残る虚しさを」
表情は見えない。
「アンタに分かるのか。一瞬のために燃やした命が、まだ終わらない感覚が」
表情は、見えない。
「俺は知っているぞ。復讐の炎で満たされた道の、その熱を。そこで終わっていれば良かったと、後悔がもたらすその痛みを」
なのになぜか、朧気に揺れる暗闇から目が離せないでいる。
「痛みしかないんだ。後には何も残らない。あの時やってのけた。そんなものに縋ってなんになる。あの時、確かにスっとした。そんな感情を抱えてなんになると言うんだ」
ああ、そうか。
「後悔してるんだな」
「……していない」
「なら、なぜこんな話を?」
「俺のようになって欲しくない」
錆びて輝きを失った鋼。
戻る鞘の無い剣。
斬るものを見失った刃。
あるべきものが、あるべき場所にない。
そんな感覚をコイツはずっと抱えているのだろうか。
「信じたくない……」
ふと、スサノオが零す。
「信じたくないんだ。アイツは俺の恩人で、そして友でもあったから」
母さんのことを言っているのか。
「アイツの淹れてくれる、不味いコーヒーが好きだった。知らない天井を見上げても、すぐ隣にアイツがいると安心できたんだ。例え死にかけて、方舟に戻ったとしても、アイツがいるというだけで安心できた」
スサノオは母さんを知っている。あの人がどんな人で、方舟で何をしていたのかも。深くか浅くかは分からないけど、とにかく母さんに関わって、スサノオは確かに母さんを信じていたのだろう。
「……本当は、分かっていたんだ。関わるべきじゃないと。深入りしてはいけないのだと。けれど、他に頼るものが無かった。他に話せるものが居なかった。あの場所にはアイツしか居なくて、アイツだけが全てを知っていたんだ」
スサノオの言葉は重く、それでいてフワリと軽く、ボクの胸には届いていない。ただの独白だからなのか、ボクが受け入れようとしてないだけか。些細なことだと思った。
「アイツは全てを裏切った……いや、最初から嘘だけだったから、裏切りも何もないけれど」
「結局何が言いたいんだよ」
「分かりませんよ。俺だって分からない。俺達が戦わなきゃいけない理由も、アイツが死んで見せた意味も」
「理由ならあるだろう。お前がここに来て、母さんを殺した。ボクはお前が憎くって、だからここで殺そうと思う」
「そんな薄っぺらな、今出来たばかりの感情で人を殺せると? 本気でそう思うんですか?」
「思うね。母さんとボクには思い出があった」
「俺と妹にも思い出はあった。けれど、踏み切るまでには時間が必要だったよ」
「……平行線だな」
「そのようで」
「今ここで死んでくれ」
「出来るものならやってくださいと言ったはず」
一歩踏み込むボクを見て、スサノオは大きく息を吐いた。
「…………そのザマは、なんだ?」
そんな言葉を、呆れたような、悲しむような、哀れむような、そんな声音で零して。
「俺達は今、誰の意思で戦っているんだ?」
「母さんの意思だ!」
「ふざけるな! ふざけるんじゃあない! そんなことが許されるか! 許されてたまるか!」
秘められた冷たい熱の切っ先が、ボクの喉へと突きつけられる。
「俺達の手にあったんだ! あの時! あの時まで! 俺達の戦いは、俺達の手にあった! 他の誰でもなく! 他の誰でも、方舟でも、まして蛇でもなく! 俺達の戦いは、俺達だけのものだったはずだ。なのに!」
揺らいだ魔力が立ち上り、炎のように熱を孕んだように感じた。
ああ、そうか……コイツ、怒っているんだな。
「あの瞬間に全てがおかしくなってしまった! 貴方は自分を見失い、俺は貴方を見失ってしまった……! 憎くもない相手に憎悪を向け、貴方に敵意を向けている!」
溢れんばかりの熱。
焼き焦がさんとする炎。
スサノオの吐く一言一句のその全てが、彼の怒りを証明していた。
「敵はどこだ、これはなんだ? アンタが俺を殺して、俺がアンタを殺して。勝つのはどっちだ? 勝利するのはどっちだ?」
決まりきった問答で、答えははっきり見えている。
いつだって勝者と呼べるのは、最後に生きていた方だ。
「俺は自分の意思でここまで来たんだ。他の誰でもなく、自分の意思で」
「だから、後悔なんてしていないと?」
「ああそうだ。敵の全てを討ち払ってここまで来た! 全て! その全て! 尽くを! 俺が戦うと決めたのだから、俺が自分で殺してきたんだ」なのに。「これは俺の意思じゃない……! まして、貴方の決意でも無い……! 二人のどちらが生き残っても、最後にほくそ笑むのはたった一人の蛇だけだ!」
止まらない。
その独白も、熱も。強く激しくなる一方だ。
「おかしいだろ? おかしいんだよ。そんなのおかしい。なんのために戦っているのかも、なんのためにここに来たのかも、全ては蛇の腹の中なんて。そんなことは絶対におかしいんだ。あってはならないことなんだ。俺はここにいて、貴方はここに来た。そこには俺たちだけの理由があるはずなんだ」
炎は尚も収まらず、スサノオの全身を飲み込んでいく。
「これは俺たちの闘争だ! これは俺たちの道なんだ! それなのに、それなのに!」
この汗は、熱のせいか、恐怖のせいか。
スサノオが、燃え盛る体躯の化け物に見える。
「こっちを見ろ。俺を! ここにある戦いだけをただ見つめろ! 家族など……! 家族なんて、そんなものはただの言葉だろうが!!」
「お前、いい加減にしろよ」
「なんだ藤高、見てるだけかと思ったぞ」
「オレ馬鹿だから分かんねぇけどよ。お前が勝手なこと言ってるってことは分かるぜ」
藤高の声が聞こえてくる。
空気の揺らぎはなりを潜めて、相棒の位置は掴めない。
スサノオは相変わらず熱を吐き出すままで、その怒りは顕に過ぎる。
僕と変わらない、それほど高くない背のはずなのに、その存在感はあまりにも巨大だ。
黒く、熱く、そして大きな獣。
「それ以上喋るなよ。まだ何か言いたいなら、まずその口にぶち込んでやる」