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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
135/166

アクト・オン・アングリー

申し訳ありません。

投稿ミスりました。

読み直して頂けると幸いです。

「意味が分からないな」

「そうですか。そうでしょうね」


 自分だって意味が分からない。そんなことを言って、スサノオはため息をついた。

 ほんの少し、スサノオの魔力が揺らぐ。


「俺からも、いいですか?」


 ……少しだけ目が慣れてきた。

 スサノオの姿が、ぼんやりと写る。


「あなたにとって、母はどんな人でした?」


 なぜだろう。

 その姿は、悲しんでいるように見えた。


「優しい人だった」

 ボクの声で、魔力がまた揺らぐ。

「家には滅多に帰ってこない。けれど、ボクが生きるために必要なことは全てしてくれた。ボクのことをよく考えてくれてたよ」

 その揺らぎを見ながら、母さんのことを思い返す。ハッキリと記憶に刻まれた日々を。

「不自由のない生活をくれた。こんな体質のボクを気味悪く思わず受け入れてくれた。血は繋がっていないけど、そんなのは些細なことだよ」


 そこには、確かな愛があったから。

 母さんはボクを愛しているだろう。これまでも、そしてこれからもだ。

 そんな人を失った気持ちがお前に分かるのか。

 ……分かるんだろうな、痛いほどに。だからこそ分からないんだ、お前がどうしてこんなことをしたのか。


「お前だって家族に愛されていたはずだろ。分かるはずだ。ボクの心が。今どうしてやりたいか、お前なら分かるはずだ!」

「分かりますとも。八つ裂きにしてやりたいって気持ちは」

 だからここにいる。そう言って、スサノオは続けた。


「で、俺を殺してどうする。その後は?」


 初めて、言葉がトゲを持った。


「俺は知っているぞ。その後に残る虚しさを」


 表情は見えない。


「アンタに分かるのか。一瞬のために燃やした命が、まだ終わらない感覚が」


 表情は、見えない。


「俺は知っているぞ。復讐の炎で満たされた道の、その熱を。そこで終わっていれば良かったと、後悔がもたらすその痛みを」


 なのになぜか、朧気に揺れる暗闇から目が離せないでいる。


「痛みしかないんだ。後には何も残らない。あの時やってのけた。そんなものに縋ってなんになる。あの時、確かにスっとした。そんな感情を抱えてなんになると言うんだ」


 ああ、そうか。


「後悔してるんだな」

「……していない」

「なら、なぜこんな話を?」

「俺のようになって欲しくない」


 錆びて輝きを失った鋼。

 戻る鞘の無い剣。

 斬るものを見失った刃。

 あるべきものが、あるべき場所にない。

 そんな感覚をコイツはずっと抱えているのだろうか。


「信じたくない……」


 ふと、スサノオが零す。


「信じたくないんだ。アイツは俺の恩人で、そして友でもあったから」

 母さんのことを言っているのか。

「アイツの淹れてくれる、不味いコーヒーが好きだった。知らない天井を見上げても、すぐ隣にアイツがいると安心できたんだ。例え死にかけて、方舟に戻ったとしても、アイツがいるというだけで安心できた」


 スサノオは母さんを知っている。あの人がどんな人で、方舟で何をしていたのかも。深くか浅くかは分からないけど、とにかく母さんに関わって、スサノオは確かに母さんを信じていたのだろう。


「……本当は、分かっていたんだ。関わるべきじゃないと。深入りしてはいけないのだと。けれど、他に頼るものが無かった。他に話せるものが居なかった。あの場所にはアイツしか居なくて、アイツだけが全てを知っていたんだ」


 スサノオの言葉は重く、それでいてフワリと軽く、ボクの胸には届いていない。ただの独白だからなのか、ボクが受け入れようとしてないだけか。些細なことだと思った。


「アイツは全てを裏切った……いや、最初から嘘だけだったから、裏切りも何もないけれど」

「結局何が言いたいんだよ」

「分かりませんよ。俺だって分からない。俺達が戦わなきゃいけない理由も、アイツが死んで見せた意味も」

「理由ならあるだろう。お前がここに来て、母さんを殺した。ボクはお前が憎くって、だからここで殺そうと思う」

「そんな薄っぺらな、今出来たばかりの感情で人を殺せると? 本気でそう思うんですか?」

「思うね。母さんとボクには思い出があった」

「俺と妹にも思い出はあった。けれど、踏み切るまでには時間が必要だったよ」

「……平行線だな」

「そのようで」

「今ここで死んでくれ」

「出来るものならやってくださいと言ったはず」


 一歩踏み込むボクを見て、スサノオは大きく息を吐いた。



「…………そのザマは、なんだ?」



 そんな言葉を、呆れたような、悲しむような、哀れむような、そんな声音で零して。


「俺達は今、誰の意思で戦っているんだ?」

「母さんの意思だ!」

「ふざけるな! ふざけるんじゃあない! そんなことが許されるか! 許されてたまるか!」

 秘められた冷たい熱の切っ先が、ボクの喉へと突きつけられる。

「俺達の手にあったんだ! あの時! あの時まで! 俺達の戦いは、俺達の手にあった! 他の誰でもなく! 他の誰でも、方舟でも、まして蛇でもなく! 俺達の戦いは、俺達だけのものだったはずだ。なのに!」


 揺らいだ魔力が立ち上り、炎のように熱を孕んだように感じた。

 ああ、そうか……コイツ、怒っているんだな。


「あの瞬間に全てがおかしくなってしまった! 貴方は自分を見失い、俺は貴方を見失ってしまった……! 憎くもない相手に憎悪を向け、貴方に敵意を向けている!」


 溢れんばかりの熱。

 焼き焦がさんとする炎。

 スサノオの吐く一言一句のその全てが、彼の怒りを証明していた。


「敵はどこだ、これはなんだ? アンタが俺を殺して、俺がアンタを殺して。勝つのはどっちだ? 勝利するのはどっちだ?」

 決まりきった問答で、答えははっきり見えている。

 いつだって勝者と呼べるのは、最後に生きていた方だ。

「俺は自分の意思でここまで来たんだ。他の誰でもなく、自分の意思で」

「だから、後悔なんてしていないと?」

「ああそうだ。敵の全てを討ち払ってここまで来た! 全て! その全て! (ことごと)くを! 俺が戦うと決めたのだから、俺が自分で殺してきたんだ」なのに。「これは俺の意思じゃない……! まして、貴方の決意でも無い……! 二人のどちらが生き残っても、最後にほくそ笑むのはたった一人の蛇だけだ!」


 止まらない。

 その独白も、熱も。強く激しくなる一方だ。


「おかしいだろ? おかしいんだよ。そんなのおかしい。なんのために戦っているのかも、なんのためにここに来たのかも、全ては蛇の腹の中なんて。そんなことは絶対におかしいんだ。あってはならないことなんだ。俺はここにいて、貴方はここに来た。そこには俺たちだけの理由があるはずなんだ」


 炎は尚も収まらず、スサノオの全身を飲み込んでいく。


「これは俺たちの闘争だ! これは俺たちの道なんだ! それなのに、それなのに!」


 この汗は、熱のせいか、恐怖のせいか。

 スサノオが、燃え盛る体躯の化け物に見える。


「こっちを見ろ。俺を! ここにある戦いだけをただ見つめろ! 家族など……! 家族なんて、そんなものはただの言葉だろうが!!」

「お前、いい加減にしろよ」

「なんだ藤高、見てるだけかと思ったぞ」

「オレ馬鹿だから分かんねぇけどよ。お前が勝手なこと言ってるってことは分かるぜ」


 藤高の声が聞こえてくる。

 空気の揺らぎはなりを潜めて、相棒の位置は掴めない。

 スサノオは相変わらず熱を吐き出すままで、その怒りは顕に過ぎる。

 僕と変わらない、それほど高くない背のはずなのに、その存在感はあまりにも巨大だ。

 黒く、熱く、そして大きな獣。


「それ以上喋るなよ。まだ何か言いたいなら、まずその口にぶち込んでやる」

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