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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
133/166

成果

 深く息を吸って、天井を仰いだ。

 ゆっくり吐きながら、高田さんを見る。

 敵ではない。

 前のような高揚も、緊張もない。気負いなく叩きのめせそうでよかった。

 適当にあしらって、切り傷の一つや二つを付けて。それで折れてくれれば苦労は無いのだが、そうはいかないだろう。高田さんには仲間がいる。

 紅黒はエクスが確実に抑えているとして、問題になるのは藤高の方だ。魔力を覚えて間も無いとは言え、油断したままどうにかなる相手ではない。

 柄に手を掛け、遊ばせる。

「バレてますよ」

 空いた左手で、高田さんの懐を指さす。

 サトリで確かに見た。正中線を外しておく。

「拳銃を持ってますね。弾は銀製ですか、まったく趣味の悪い」

 軽くその場で足を踏み込む。

「手癖の悪さは治した方がいい」

 さて、どう出るか。威嚇に気付くことはないだろう。攻撃する。そんな意識を向けてみても反応がない。単純に分からないのか、それとも何かを待って――


「……!」


 バツンと音がした。

 瞬間、辺り一帯が暗闇に包まれる。

 停電……違うな、電源を切ったのか。

「なるほど……」

 サトリ対策。

 流石に勘付かれたらしい。僕のサトリが視覚によるものと。室内、それに時間帯は夜。これほど的確な対策は無いだろう。

 まぁ……。

 ジェノンの予測通りだが。


「おっと!」


 暗闇から弾丸が放たれる。

 僕はそれを、サトリで見た。

 受け止めることはしない。確かに躱す。

「残念ハズレです」

 高田さんの記憶力は絶対だ。例え暗闇にあっても、動いていない僕を見失ったりはしない。記憶通りの位置にいるのなら、最初の一発は当てられたはずだろう。

 そう、以前の僕ならば。


「悪いんですが、今日は早めに終わらせます」


 今ならそうはいかない。

 特訓の成果が出ている。暗闇での使用はぶっつけ本番だったが、上手くいった。


 目を閉じて、ゆっくりと呼吸する。もちろん足は止めない。

 相手に場所を特定されては意味が無い。暗闇に目が慣れる前に、高田さんの意思を折る。

 ……見えた。

「そら!」

 剣を抜き放って一閃。腕を薄く斬る。

 続けざまに脚。

 そのまま離れる。

 落ち着いた呼吸を繰り返しながら、目を閉じたまま、高田さんの姿を捉え続ける。

 まさかここまで鮮明に見えるとは。

 この一ヶ月は、無駄じゃなかった。



◆ ◆ ◆ ◆



「呼吸を見てるんだな」

「そうなる。読めるのは三手先……大体三秒程度先が限界だな」


 特訓を始める前、ジェノンが僕に聞いてきた。

 お前のサトリは何を見ているのかと。


「本当に、視てるだけか?」


 そんな意味深なことを言って、ジェノンは聞こえるように息をする。


「例えば、聴覚。呼吸の音だ。例えば、嗅覚。空気の匂いだ。例えば、触覚。空気の動きだ」


 目を閉じろ。ジェノンはそう言って、また呼吸を繰り返した。


「視えるか?」

「……ぼんやりと」


 満足そうに笑ってから、ジェノンが目を開けるよう促す。


「そうだと思った。決まりだな、お前のサトリは最高だ。まだまだ伸び代がある」


 そうして一ヶ月が始まったのだ。


 僕はただひたすら、サトリを磨き続けた。



◆ ◆ ◆ ◆



 視える。

 どんな暗闇だろうが、濃霧の中だろうが、そんなものは関係ない。

 僕は呼吸を聞き、嗅ぎ、感じ、映像として見ることができるのだ。

 しかも、その映像は一秒か、二秒か、三秒先かという特典付き。

 あとは相手の動きの先に刃を置くだけで、相手が当たりに来てくれる。

 まるで吸い込まれるように。


「ぐっ……!」

「やめましょうよ、あなたを虐めてるようで気分が悪い」


 キッと睨みつける、その強く滾る目でさえ。暗闇の中にあろうと輝いて見えている。

 高田さんには必要のない、狂気に満ちた光。いつものような、理知的な、落ち着き払った眸はすでにない。復讐に駆られた――鬼の宿る目。


「……」


 その目を知っている。だから鏡を見なくなったのだ。

 何かに呑まれたその瞳は、遥かな未来を曇らせてしまう。僅かに見えた展望も、そう在りたいという願望も、その身に宿したはずの賢能さえも。澱んで濁ってそれでなお、強く輝く復讐の炎。まるで洗脳されたかのように、復讐以外の道を塗りつぶしてしまう。

 その虚しさを知っていた。

 超えるため、どれだけの死線が必要だったか、その身に沁みて知っていた。

 遠ざけようと思ったのだ。高田さんはせめて傍観者であるべきだと。僕の手の元で、誰にも傷つけさせず、実感も湧かせないまま誰かを傷つけさせようとしていた。


 僕は愚かだ。


「そんな目は見たくありません」


 分かっていなかった。

 これが戦うと言うことだ。

 誰かが勝てば誰かが負ける。そんな単純なことならどんなにいいか。

 負けた方は一生覚えているものだ。

 傷つけられたことを。

 勝てなかったことを。

 何を失ったかを。

 負けた方は、一生覚えているものだ。

 だからこれ以上彼を傷つけたくない。

 でもここで逃げるのは違う。僕は向き合うべきだと思った。

 彼が失った何かに、向き合って立ち向かうべきだと。


 一秒先を予見。

 引き下がろうとした僕を射抜く弾丸。

 これだから逃げられない。

 相手をすると言うのなら、それなりの対処は必要だから。

 全身に魔力を回す。

 強化を意識せず、ただ全身に循環させる。

 彼は何を待っているのか。大方の予想は着く。

 だから僕も、待ってみようと思った――その時だ。


 微かに空気を押し出すような音がした。

 正中線をズラして躱す。

 地面に着弾する音。

 サイレンサー付きのハンドガン。


「……待ちくたびれたぞ」


 本当に、待ちくたびれた。

 随分遅かったじゃないか。


「藤高!」


 これで舞台は整った。

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