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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
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ヴェンジェンス・イズ・マイン/愛しの君へ

 なんだ、これは。

 どうして赤いんだ。

 母さんは白衣が似合っていたのに、どうして今、赤い服を着てるんだ? それに、模様が中途半端で――


「やぁ、広希」


 ――その声で、現実が降って出た。

 床に血溜まりが出来ている。

 母さんの前にはスサノオが立っていて、驚きと恐怖の表情でボクを見ている。


「なんだよ、これ」


 その現実が、記憶の薄れない脳に叩き込まれた。

 考えなくても理解出来る。

 母さんは助からない。

 血とともに、命が流れ落ちている。

 立ち竦んで見るだけなんて――そんなことはできない。


「どけ!」


 歩み寄ってきたスサノオを突き飛ばし、母さんに駆け寄る。

 声を聞かないと。何かあるはずだ、きっと何かあるはずだ。ボクになにか残そうとするはずだ。

 だって、母さんは家族で、ボクを育ててくれた人で。ボクにとって、かけがえのない人なんだから。

「母さん。母さん! ボクだよ、広希だよ! 分かる? 声、まだ聴こえてる?」

 ぼんやりとした目の前で手を振る。既に動きを追っていない。

 そんな、 どうして。なんでこんなことになったんだ。


「ああ、うん。聞こえてるよ。近くにいるんだろう、手を握ってくれるかい?」

「もちろん、もちろん! 当たり前だよ!」


 母さん、どうして。ボクがもっとちゃんと駄々を捏ねていれば。こんなことにはならなかった、きっとそうだ。一人だけでもここに残していけば良かった。判断を誤ったんだ。神官は襲ってこないとタカをくくっていた。

 敢えて目を逸らしていたんだ。

 スサノオの凶暴性から。

 こいつは、こんな突拍子もないことはしないって、そんな風に勝手に思い込んでいた。

 間違ったんだ。

 ボクは、また間違った。


「ごめんね、広希……何も残せなくて……」

「そんなことない! 最期に会えた! まだ生きられる! 魔力を使えばまだ!」


 母さんは首を振る。


「魔力だけじゃ、血は作れないんだ」


 ガツンと、頭を殴られたような衝撃。

 手遅れなのか、もう間に合わないのか。傷を塞げばまだ。まだ、何か手はあるはずだ。


「それに……逃げ切れないだろ、私を抱えてちゃ」


 ちらりと、スサノオを見た。


「私は戦えない」


 その通りだ。

 藤高は、紅黒は何をしてるんだ。なぜ来ない。なぜ来れない。今ここにこそ必要なのに。春原でもいい、誰か、誰か、誰か!


「母さん……」


 誰でもいい、この状況をなんとかしてくれ。失いたくない。一度だって、失いたくないんだ。こんなの酷すぎるだろう。

 やっと会えたのに。やっと追いつけたのに。こんなのって。


「だから、ね、広希」


 ボクの手を、一層強く握って。



「ずっと愛してるよ」



 頭が真っ白だ。

 何も考えられない。

 何かが体の中で燃えて、熱が雫になって瞳からこぼれ落ちる。

 目を閉じて。

 強く、強く手を握った。

 最期のその瞬間まで。


「…………」


 憎い。

 ふと、そんな言葉が湧いた。

 そうか。スサノオはあの時、こんな気持ちだったのか。


 手から温もりが抜け落ちていく。

 命が零れて流れていく。

 最期の一滴まで、ボクは手を握り続けた。


 縋り付いて泣きじゃくりたい。それくらいのワガママが許されても良かった。

 けれど。

 けれど、無理だ。抑えられない。たとえ無謀だとしても、この憎しみを、ぶつけられる相手の前で、隙を見せることなんてできない。


 手を握ったまま、スサノオの方を見た。

 ボクが言葉を発するより早く。


「駄目だ」


 スサノオが言った。


「行くな――駄目だ高田さん、そっちには行くな!」


 嗚呼、ああ、嗚呼。

 もう、うんざりだよ。


「そっちってどっちだよ」

 お前はいつも、ぼんやりしたことを言う。うんざりだ。何もかも。その強さも、傲慢さも、その感情も姿も存在も。

 忌々しい。

 はっきりと思う。出来るならば消し去ってやりたい。ボクにはそれくらいの権利はあると思った。コイツはそんな感情に身を任せ、何十人、何百人と殺して見せた。

 なら、やり返したって良いだろう? お前一人の命で赦してやるから。

「そっちとか、あっちとか、こっちとか。どっちのことを言ってんだ。ボクはここだ。ここにしかいない。今この瞬間の、母さんの前にしかいないんだよ! お前はなんだ? なんなんだよ! ボクの前で、ボクを苦しめることしかしないじゃないか!」


 ボクから奪った全てのものを、その命で(あがな)え。


「お前は敵だ、スサノオ」


 なんだよその顔は。今更後悔したってもう遅いんだ。

 お前はやりすぎた。

 後輩? 人間? 方舟?

 そんなもの、知ったことじゃない。


 スサノオ。

 ボクはお前を殺したい。



◆ ◆ ◆ ◆



 最悪だ。

 何もかもが。

 想像なんか遥かに上回って、この状況は悪すぎる。

 こんなことがあり得ていいのか。

 高田さんが母と呼んだものは蛇だった。

 それだけなら、まだいい。悪いのは、ドクトルの自死が僕による殺人に映ったことだ。僕は言い逃れすることすらできない。

 証拠は今しがた消えてなくなったのだから。

 圧縮か。こんなに厄介な能力だとは。

 敵だと言われて、そこから魔力が練れなくなった。

 動揺していないなんて言葉にしてみても、そんな嘘はすぐにバレるだろう。

 高田さんは今、たった今、僕に憎しみを向けている。

 もっと興奮するものと。もっと喜ばしいものと。もっと。

 ――駄目だ。


「貴方とは戦えない」


 駄目なんだ。


「じゃあ死ねよ! 今ここで!」


 何も見えていない。

 冷静さを欠いている。いつもの高田さんではない。

 その怒りが、その虚しさが、僕は痛いほどによく分かった。

 そうか、そうだよな。家族なんだ。高田さんにとって、この亡骸は家族なんだよな。

 そんなことを朧気に思った。


 どうでもいいことを、ぼんやりと考えた。

 ここで殺るか否か。

 ぼんやりと。


(――ジェノン)

(なに)

(仕事が終わった。エクスを連れて報告に戻る)

(そりゃ良かった。……帰ったら話を聞いてやる。だから――)

(ああ、だから――)

(生きて帰って来い)

(必ずお前の元に帰る)


 殺さない。

 僕はそう選択した。


「殺したいほど憎いですか、俺が」

「なんだよ、それ? 分かってるだろ」

「ええ、身に染みて知っています。その痛みも虚しさも」


 やることを整理しよう。

 まずはここを出る。エクスを連れてトビラへ。ノア様に蛇のことを報告し、ジェノンに今回のことを話す。

 必死に平静を装った。

 そうでもしないと、また折れてしまいそうで。


 折角の闘いを、楽しめそうにないから。


「命が欲しいというなら、いいでしょう。挑戦してみるといい。前の俺とは違います」


 自分がこんなで良かったと、心の底から感謝した。闘いを楽しめる心が無ければ、僕は全てを投げ出していただろう。

 奇しくも場は整ったのだ。

 せめて。

 せめて立派に敵として、貴方の前に立ってやる。


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