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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
131/166

蛇を捕らえるということ

 とんでもなく奇怪な気分だ。ドクトルは確かにそこにいて、話し方も、仕草の一つ一つも、これがドクトルであることを証明している。

 そして僕だけに分かることがもう一つ。


「相変わらず、呼吸はしてないんだな」

「ああ、忘れてたよ。これでいいかい?」


 呼吸の仕方がめちゃくちゃだ。サトリでうまく動きを読めない。


「数年動かしたけど、まだ呼吸には慣れてなくてねぇ……なんせあんまりしないからさ」

「どうやって生きてるんだよ 」

「そりゃ、魔力で色々とね」


 コーヒーに口をつける。

 毒は入っていないだろう。ドクトルにとって僕は敵ではないはずだし、まだ、今日なぜここに来たかも言っていない。

 話したいことはたくさんあった。

 刀に関すること。ジェノンのこと。ここにいることへの疑問。

 でも、今はとりあえずいいだろう。もっと重要なことを、まず聞いておかなければ。


「お前が『蛇』なのか?」


 聞いてから、コーヒーを飲んで、目を閉じた。


「その呼び方は好きじゃないな」


 ゆっくりと、その味を噛み締めた。

 ドクトルの言葉は続くだろう。なんとなく分かった。その間、じっくりと思い返す時間はある。


 ドクトルは僕を助けた恩人で、何度も手を差し伸べてくれた科学者だ。コイツの協力がなければ僕は未だ、ルシフェルを殺すことに執着していただろう。その力は未知数で、しかしはっきり分かるのは、コイツは、この存在は、全てを知った上で僕らを踊らせているということだ。

 方舟に巣食う蛇。

 ノア様とゼウスによって封印された、謎多き存在。


「ま、いっか。そうさ、僕は蛇だよ」


 否定はせず、落ち着いた様子で、ドクトルは言った。

 語られてきた言葉の全てに合点が行って、僕は少し、ほんの少しだけ、哀しみを覚えた。


「なぜこんなことを?」


 分からないことだらけだけど。

 どうにか、命を奪わないようにしたかった。


「こんなことって?」

「高田さんがこうなるよう仕向けたのは、お前だろう?」


 カップを揺らしながら、ドクトルは少し考えた。


「ああ、あの子の。……正直、君と広希が知り合いだったのは予想してなかったよ」

「きっかけは俺だったのか?」

「違うね。遅かれ早かれこうするつもりだった」


 グッと傾けて。


「なに? 知りたいの、あの子のこと」

「……曲がりなりにも、惚れた相手だ。知りたくもなる」


 ドクトルは意地悪い顔で笑った。



「彼は人とNSのハーフだよ」



 カップが傾いて、苦い液体が臓腑を満たしていく。


「作るのには中々苦労した。かなりの年月を割いた割には、成功したのは二体だけ。そのうち一人は魂を混ぜて、広希の方は肉体を混ぜた」


 意味のわからないことを、ドクトルはベラベラと並べ立てる。


「NSの細胞には遺伝子がないからね。一見してクローニングは不可能に思える。けど抜け道はやっぱりあって――つまり、彼らの二重螺旋は魔力によって創られているわけだな。広希の細胞を見れば分かると思うけど、彼の遺伝子構造はかなり特徴的なんだよね」


 安定させるために色々細工が必要だった。そんな言葉で締めくくり、彼は僕の反応を待っていた。


「創った目的は?」

「言わせるなよ。実験のためだ」

「なんの実験だ?」

「言えないね。理解できないだろうし」


 相も変わらず、コーヒーは苦い。

 甘くなる日は来るのだろうか。

 香りはいいのに、あまりの苦味で台無しだ。


「あくまで、敵対するつもりか」

「言い方が悪いでしょ。元々、僕を敵とみなしたのはそっちなんだし」


 奇妙な時間だった。僕のやる事はもはや決まっていて、あとはそこに転がっていくのみの、他になんの余地もない時間。

 なのにドクトルは余裕綽々で、怯えているのは僕の方だ。

 少しずつ見えてきたことだけど、僕はこういう場面が苦手なのだろう。

 いざと言う時、舞い上がってしまって何かしらのミスをやらかす。ジェノンにも言われたことだけど、だからこそ、警戒して、心を引き締める時間は必要なのだ。

 けれど、ドクトルと来たらどうだ。


「……お前、今から死ぬんだぞ」

「おや、そうなのか。それは知らなかった」


 白々しいやつだ、僕がここに来た時点で、その末路は分かっていただろう。

 刀を提げてここにいるんだ。しっかりとその目には映っているだろうし、僕の質問からしても、充分に予測はできる……はずだ。

 気乗りしない僕に、ドクトルは言った。


「じゃ、聞かせてもらおうかな。……どうやって僕を殺すつもりだい?」


 そんなの、決まっている。


「斬る」


 ドクトルは……。


「フフ……アハハハ」


 気の抜けた笑いを上げた。


「面白いな、いや、全く面白いよ! それはあくまで、肉体を殺す方法だろ?」


 言われて始めて、僕は気付いた。

 事の重大さに。

 なぜ、殺せ、ではなく、捕らえろ、という指令だったのか。


「君、魂を斬れるの?」


 ドクトルは殺せない。

 いや、正確には違うか。

 コイツは、生きても死んでもいないのだ。

 生きているなら、殺すことができる。

 殺してなお動くなら、さらに壊せばいい。

 しかし、生きても死んでもいないなら?

 妊娠してもいない赤子を、どうやって殺せばいいんだろう?

 これは、そういうことなのだ。ドクトルは魂――つまり、ただの魔力の塊――で、言ってしまえば『誰にでもなれる』のだ。

 肉体さえ用意されていれば、どんな姿にもなれる。


 ノア様は『蛇』を、敢えて封印したんじゃないんだ。

 封印するしかなかった。

 どこに出没するか分からない存在の、その大元を縛り上げるしか、抑える方法は無かった。

 だから、方舟の底に封印したのだ。


「なら、縛り上げてでも方舟に連れていく」

「それは悪手だろ。本体はあっちにいるんだ。いつでも抜け出せる」


 やはりこうなる。

 この場で拘束しても意味が無い。蛇を捕まえるという指令は、僕が思っているよりもずっと、ずっとずっと不可能に近いものなのだ。


「あと……ちょっと困るな、殺されないっていうのは。計画に支障が出るのはもう懲り懲りだよ」


 言ってから、ドクトルはカップを置いた。


「だから、無理にでも進めることにした」


 ドクトルの手に握られた端末の画面。

 そこに踊る文字。

 送信済みの――


「まさか」

 玄関の開く音。

「呼んだのか」

 忙しない足音。

 一人、二人――四人分の気配。

「高田さんを、ここに」

「馬鹿だな。当たり前じゃないか。無力な母親のヘルプだ、来ない訳にはいかないだろ?」それに、と付け加え。「広希は今から、立派に君の敵になる」


 パチンとドクトルが指を鳴らした。

 手に握られたのは一本のナイフ。

 壁際まで歩いて、ゆっくりと座り込む。


「これで完成だ」


 躊躇いもなく、ドクトルはその体に刃を突き刺した。


 痛みに一瞬顔を歪め、赤い染みがどんどんと広がって、床に水たまりを作る。

 その間にもドクトルの――その体はだんだんと弱り――なおも微笑む。


「証拠はこれで消える」


 再度、ドクトルが指を鳴らした。

 ナイフが圧縮されて小さくなる。米粒ほどの大きさになった刃物を、口の中に放り込んで飲んだ。


 何が、今、いったい何を。あまりに躊躇いのない行動で、あまりにおかしな行動で、僕の理解はまだ追いついて――足音が迫る――ドアの近く――



「母さん!!」



 ――開け放たれたドアの向こうに、高田さんが立っていた。


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