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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Beyond belief
13/166

偉いんだよな?

 一目見た瞬間、ふと頭を過ぎった。

「金……」

「ア?」

 金色の男。

 その髪は威圧するように逆立っていて金色だ。鋭い目つきでこちらを睨む。

 猫背――無地のシャツに、紺色のジーンズ。普通の服装だ――目立つのは、肩に掛けられた羽織か。

 見るからにまともな人格者では無さそうだ、どちらかと言うと、街角のコンビニで屯しているような。

 そんな印象を受ける――しかし、目が合った瞬間に反転した。


 金色の目。

 静かで知的な輝きを宿す眸だ。

 その両の光だけで、全身から立ち上る猛々しいオーラを制御しているかのような。


「……ミカエル」

「ハイッ」

「テメェが連れてきたの?」

 その男は書類の束を小脇に抱えながら部屋の中に入ってくる。

 扉が閉まった。

「そうだよ」

「……なんで?」

「報告は義務って言ったのアンタでしょ!?」

 大男は数度頷いて机に向かった。

 抱えていた書類を脇に、引き出しから新たに白紙を一枚取り出した。

「あっ、ちょっとー! タバコやめてって前言ったじゃん!」

「っせぇな。オレの部屋なんだ。オレの勝手だろ?」

 白紙と一緒に引っ張り出したらしい灰皿――これまた金色――を机に置き、男がタバコを咥えた。

 それをじっと睨み付けると、男が僕を睨み返す。

「なにか?」

「お前、偉いんだよな?」

「あぁ……ま、方舟じゃ二番目かねェ。仕切ってんのは別にいるぜ?」指をタバコ先端に立てて。「が、回してんのはオレだ」

 指先が燃え上がる。

 ギョっとした顔をしたのだろうか、僕を睨んだまま口元が緩んだ。

 大きく息を吸う。タバコに火がついて、紫煙が昇った。

「『ノアの方舟』へようこそクソガキ」男は天井を仰いで薄い煙を吐き出す。「オレはゼウス、大神官のゼウスだ。覚える必要はねぇよ」

 もう一息吸って、灰を落とした。

 煙の匂い。

「そうか。ではゼウス」

「あんだ」

「タバコは好かん。今すぐ捨てろ」

「はァ!?」

「あっはははは! 君サイコー!」

「ミカエル! テメ後で覚えとけよ」

 ゼウスは大層不満な顔をして、しかしタバコは捨てない。

 捨てろと言ったはずだが、伝わらなかったのか。ならもう一度。

「タバコは――」

「指図してんじゃねェよ。立場分かってんの?」

 灰皿の淵にタバコを置いて。

「二週間ほど前――」机に予め置かれていた書類をめくり。「方舟に侵入した人間がいた」

 書かれているのは、僕のことか?

「方舟に駐在している者は総力を上げてこれを捜索……数分で見つかるはずのものを――」

 ゼウスが軽く頭を掻いて、頭髪を整えた。どうやら苛立っているらしい。

「不思議なことに、一週間経っても見つからない。仕方ねェから手空きの神官まで捜査に駆り出したわけだなァ」

 ずいぶん探し回っていたのか。ずっとドクトルの部屋にいたが……なるほど。

 僕が部屋から出るのを渋るわけだ。簡単に捕まるのが目に見えていたのだろう。

「さ……て。侵入者君。申し開きはあるか?」

「探していたわけは?」

「お前学校で習わなかったの? ガキが入っちゃいけねェ場所があんのさ」

「だったら、看板でも立てておくことだな」立入禁止と。「俺は馬鹿だから細かいことは分からん」

 ゼウスが万年筆を取った。

「O、K……メモさせていただくよ。クソ生意気なガキだってな」

 タバコを再び咥えて、ゼウスはゆっくりと息を吐いた。

「んじゃ…………。次の質問だ……どうやって入ってきた?」

 僕の方を見ずに言う。

「……分からない」

 僕はまっすぐゼウスを見て答える。

 ゼウスは天井を見上げたまま「ああ」と呻き、灰皿を見もせずタバコを置いた。

「なんで分かんねんだよ。自分で入ってきたんだろ?」

 それは違う。……いやそうか。

「俺を方舟に連れてきた男がいる」

 こいつらは知らない。知っているわけが無い。あの男が黙秘していれば、そこで僕の情報は打ち止めになってしまうから。

 つまり奴は話していないのだ。

 僕のことを。


 僕を殺しに来たことを。


「……黒尽くめの男を知っているか」瞳に焼き付いた姿を言葉にしていく。「身長はお前より頭一つ低く。傷だらけの手をしている。顔を隠して生きるような」

 今、どんな顔をしているだろうか、僕は。

 少なくとも、笑っていないことは確かだ。

 だってこうして言葉にするだけで、こんなにも腸が煮える。

「……他には?」

「剣を。銀の剣を持っている。鍔は広く……刀身は八十ほど」

 ゼウスが天井を仰ぐのをやめた。心当たりがあるのか。

「鍔の真ん中に緑色の宝石を嵌めた」形を良く思い出せ。そう、あれは、あの形は……「十字架のような剣を見たことはないか」

 火を押し消す音。

 落ち着いた輝きが僕を射抜く。

「知らねぇな」

「嘘を吐くなッ!」奴は魂の話を持ち出したんだぞ。「NS以外には有り得ないんだ……! 知っているだろう!」

「もし、知っていたとして、だ」頬杖を付いて、なおも射貫く。「仲間は売れねェな」

 やはり知っている。この男は知っている! 奴の事を。僕に勝ったあの男のことを!

 知っていて黙っている。なんのためか

は分からない。だがどうにかして口を割らせなければ。

 やっと掴んだ手掛りだ、離すわけにはいかない。

「そいつが俺を連れてきたんだぞ、方舟にだ! 侵入を許したのはその男! 罰した覚えがあるはず! いいからさっさと――」

「ちょっと静かにしろ」

 続く言葉を、ゼウスが掌を向けて制した。思わぬ威圧感につい口を紡ぐ。

「話さない理由、その一」もう一本タバコを取り出し。「お前の言葉を信用する根拠がない」

「証拠なら――」

「話さない理由、その二」言いかけた僕に、指差し。「 お前はここを出て行く。話しても結果は変わらないからだ」

「な――」

「話さない理由、その三」向けられた指が上を向き、再び燃え上がった。「上司が部下を売るわけねェんだよ」

 あれは……どういう原理なのだろう。タバコに火を付けて、指を一度振るうち、火は消えて体は元通りだ……ともかく。

 話さない理由を淡々と述べるとは。どうしても言いたくないらしい。そこまで守る価値のある男と言うことか。

 歯軋りする。なおのこと気に食わない。


 だったらなぜこんな真似をした。


「どうしても話せないのか」ゼウスが鼻で笑う。「……俺の体に付いた傷跡を見たか」

「右腕か? ミカエルが折ったんだろ」

「え!? いやいやいや、それはなんというか不可抗力というかそもそも折るつもりないっていうか致し方なしっていうかぁ……私は悪くないっていうかぁ……」

「後で話付けとくよ。そこに関しちゃ謝るさ」

 そこではない。というかミカエルの焦り方はなんだ。怒られるのが怖いのか。

「俺の胸に走る傷跡だよ」

「……ほう」

 ゼウスの興味が向いた。

「その男に付けられたものだ」

「何が言いたい?」

「分からないのか?」それとも知らぬ存ぜぬで通す気か。「奴は俺を殺すつもりだった」

 逃す手はない。この傷の礼をしに行かねば。僕の気が済まないのだ。

「なるほどなぁ――心中御察しするぜ」

「だったら」

 立ち上がる。

 酷い猫背――それでもかなり大きい、何を食って育ったのやら――いやそんなことはいい。

 金色の眸に燃えるような。

 怒りが混じったように見える。

 反射的に構えようとして、拘束されていたのを思い出す。

 そうか、僕は今動けないのか。

 じゃあ。

 これは不味いんじゃないか?

 ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 煙がその後を追う。

 なぜだか目で追ってしまう。

 彼の金色が目の前に来た時、肌が粟立つのを感じだ。

「舐めてんじゃあねェよ」

 腕が消え――「ぅぐっ……!」――堅い感触――殴られたのか。

「もう一辺言っとく。オレは偉いんだ。方舟じゃ二番目にな。方舟を回してんのはオレなんだよ」

 視界の端で見やる。

 左の裏拳か。

 唇から血が伝った。

「そのオレが仲間売ってどうすんだ? まして、テメェみてェな」

 睨む瞳。

 その輝きは今までで一番荒々しい。

「復讐しか頭に無い奴に!」

 ギラついた金の眸。

 脂汗が滲んだ。

「あーぁそうさ、知ってるよ……そいつがなんのために政世に行ったかもな。だから尚更喋んねェよ」

 煙を吐き出す。濃い煙だ。それがゼウスの表情を隠した。

「一昨日来やがれクソガキが」

 唇を噛む。

「…………悪かった。すまない。もうこの話はしない」


 悔しいと思った。


 ミスをした部下だ。簡単に売ってくれるものだと。


 そう考えていた自分を恥じた。


 奴には。あの男には、こんなにも想ってくれる仲間がいる。


 それがただ、悔しくて堪らなかった。


「ああ……悪かったよオレも。取り乱して悪かった」

 ため息。

「ミカエル。……“トビラ”まで送ってやれ」

「あいあい!」

 ゼウスが僕に背を向けた。

「あのよ」

「……なんだ」

「お前、ダチは。復讐より先に戻ってやれよ。心配してんぞ?」

 その言葉に、図らずも、僕の口から漏れたこれは、嘲笑だろうか。

 自分に向けた、嘲笑だろうか?


「俺に……友はいないよ」


 ゼウスがまた、大きなため息を零した。


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