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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
129/166

エゴ

「おや、もうこんな時間だ」

「泊まっていい?」

「すまないねぇ、ベッドが無くて……私はソファで寝てるけど、広希の分が無いんだ」

「ちゃんと寝なよ」

「分かってる分かってる」


 ニコニコと笑いながら、またコーヒーを飲んだ。

 そういえば、母さんはあんまり飲まないんだな。もう数時間話してるのに、コーヒーはまだ一杯目だ。そういうものだろうか、いや……


「聞きたかったことがあるんだ」

「なに? 内容によっては答えてあげよう」

「母さんって、人間なの?」


 その質問に、母さんはニコリと笑った。


「NSにしては、感情が豊かすぎないかい?」

「神官かも」

「フハ! いい推察だ。でも、母さん、能力なんて持ってないから」


 まったくこの人は。神官のことまで全部知ってるんじゃないか。敵わないな、一生追いつけそうにない。


「じゃあ、ボクは帰るよ。終電に間に合わせないと」

「ユダを呼んでこよう」

「ありがと。でも電車は一人で乗りたいかな」

「フフ……狭かったんだね」

「そりゃあもう」


 二度とごめんだ。筋肉自慢なんてされたくもない。

 それに、今日の余韻を邪魔されたくない。


「あのさ……」

「なあに。どうしたの」

「また、会いに来ていい?」


 ふっと、微笑みを帯びた表情で、母さんの目から光が消えた。



「叶うなら」



 この感情は知っている。


「なんでそんなこと言うんだよ」

 これは、怒りだ。

「ボクは寂しかったんだよ。久々に会えて本当に嬉しかった。せっかく場所も覚えたんだ。また会いに来たっていいじゃないか」


 何が、叶うなら、だ。

 叶えるんだよ。ボクには今それだけの力があるし、仲間もいるんだから。


「なんで急にいなくなったの? ボク一人だけ残して……そりゃ、数ヶ月だけだって思うかもしれないけど」


 その数ヶ月が余りにも長いんだ。ボクの一日は伸びたり縮んだりしないから。

 ただ一日が始まって、同じだけの速さで過ぎて行く。母さんが帰ってくる日を指折り数えてただ待つには、この数ヶ月は長すぎた。

 本当に色々なことがあった。甘えたい日だってあったし、あんまり美味しくない母さんの手料理だって食べたかった。失敗しちゃった、なんて言って笑う母さんを囃しながら、皿はボクが洗うんだ。その後二人でゆっくりテレビでも見ながら、スポーツやバラエティに文句を言いながら、そろそろ寝なさいなんて言われて。


 滅多に母さんが帰ってこない家に毎日ただいまなんて言って、共に食べる相手のない食事を作って、誰のためでもなく皿を洗って、ただやかましいだけのテレビを眺める日々の、なんと虚しきことか。


 そうだ。ボクはこの人の子供なんだ。血の繋がり? それがなんだって言うんだ? 怪しい? 人道から外れた研究? それがなんだって言うんだ。



「一緒に帰ろうよ、母さん」



 一緒にいたいよ。

 一緒に暮らそう。

 また逃げ出したいならついて行くから。ユダや、春原や、紅黒なんかじゃなくて。

 ボクがついて行くから。


「ごめんね。まだ仕事があるんだ」


 母さんはそう言って、ただ切符を差し出した。


「帰りなさい。明日も、明後日も、そのまた次の日も。私は君を待ってるよ」


 ボクは、切符を。


「なんで」


 切符を――


「母さんなんて嫌いだ」


 ――グシャッと、力の籠った手で奪い取った。



◆ ◆ ◆ ◆



「撫でて」

「え」

「頭。撫でて」

「えぇ……」


 ホテルに戻ったのは夜遅くだった。

 部屋でカップ麺を啜る藤高を見て、ボクは最初にそう言った。

 音を立てながら口に吸い込まれる麺になんだか腹が立った。


「お前、飯はちゃんと食えよ!」

「疲れたんだって……そっとしとけよなぁ」

「鞄も開けたまんまだし、は!? なに、 靴下とかは真っ先に洗濯――」

「広希、誰と話してんの?」


 スープを飲みながら、ボクを見る藤高。


「オレ、お前の家族とは違うけど?」


 なんだかイライラし通しだ。

 椅子を藤高の隣に持ってきて座った。


「撫でろ」

「はいはい仰せのままに……」


 呆れた顔が、鏡越しにボクを見ていた。

 ねめつけてやると、仕方ないと言いたげに笑うのだ。


「なんか久しぶりだこれ」

「うるさいよ」

「はいはいよしよし」


 家族が近くにいないから。

 慰めがここにしかない。

 本当に欲しかったものを、藤高を使って埋めている。

 父親もいないし、母さんはあんなで。ボクは家に帰ったら独りぼっちだ。

 感情を押し殺す日々が増えて、でも時折こうやって爆発してしまう。


 泣きたい日もある。


 ボクはまだ、高校二年の子供だから。許されてもいい。


「たまにすっげぇ子供だよな広希くんは」

「いいだろ別に」

「悪いとは言ってねぇよ」


 涙に濡れた目が、鏡の向こうでボクを見ている。

 情けない顔。

 頼りない子供。

 それがボクだ。

 家族と一緒にいたいだけの、ただのこどもだ。


「……そろそろ落ち着いたかよ?」

「まだ」

「ああもうマジかよ、結構恥ずかしいぜ」

「誰もいない。構うもんか」


 なぁ藤高。一人は寂しいよ。

 ボクには今仲間がいるけど、家族は遠く離れているんだ。

 血の繋がりもない、ただの言葉だけれど。ボクにとって、ずっと一緒にいてくれた人はとてもとても大きいんだよ。


「普段もこれくらい可愛げがありゃな」

「うるさいって」

「春原あたりが見たら驚くんじゃね?」

「絶対に見せない。あれに見られたら終わりだ」


 あんなチビに誰が見せるもんか。

 良し……落ち着いた。


「もう大丈夫 」

「ホントかぁ?」


 藤高の傍から離れて、残った温もりを感じながら、しっかりと自分を強く持つ。

 深呼吸して、フィボナッチ数列を数え。


「母さんはまだ帰らないって」

「ああ、それでね……どうする? しばらくこっちにいる?」

「うーん。どっちにしろ、社長に話もあるし。滞在日数は伸びそう」

「オッケーオッケー。オレはしばらくシゴキを受けてりゃいいわけね」


 首と肩を回しながら、藤高は言う。


「そういえば、武器の方はどうなの?」

「ああ、それがちょっと時間がかかるみたいで――」


 ベッドに横になって話を聞いていると、突然部屋の扉が開いた。


「帰ってきたんですね高田君。話がありますお時間頂きます」


 入ってきたのは紅黒だ。

 ラフな格好で……うわっ傷跡やば。


「なんだよ紅黒。惚気なら藤高に言ってくれ」

「違います。重要な話です」


 寝転がるボクの手を掴んで。


「神官がいました」

「……いるだろ、そりゃあ」


 言うなり、顔色を変えた。


「知っていたんですか!?」

「予測しただけだよ。ボクらの動きは見られてる可能性があるからね」


 ユダを通して見られているかも、とは考えた。そもそもアイツが敵を差し向けるとは思えないが。


「だけど、こちらもあっちも戦う理由がないだろう? 紅黒のことだって、無闇に捕まえようとはしないはずだ」


 紅黒は小さく首を振った。


「神官が仕掛けてきたんです。今日! 新芽とのデート中に! 由々しきことです!」


 ボクは大きくため息をついた。


「惚気は向こうが聞くって」

「やだ。オレも聞かない」

「真面目に聞きなさいっ」


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