ニュープロジェクト
「トラックの運転なんて出来るんだ」
「知識はあります」
「待――」知識だけかよ。「事故るなよ」
「ご安心を! まだ人は殺してません」
安心できない。やはりコイツもNSだ、倫理観がどこかズレている。
何を運んでいるのか知れないが、目的地に向かっているなら良しとしよう。
しばらく走り続けて、トラックが停まった。
郊外の……寂れた建物。
「着きました」
「ありがと」
「私は荷物の運搬があるので」
そういうと、トラックはボクを置いて去っていく。
ここからは一人だ。
インターホンも何も無い扉の前に立ち、襟を正した。
ピシリとした制服のまま来たものだから、なんだか畏まってしまう。母さんは格好など気にする人ではないけれど、何せ会うのは久々だ。
否が応にも緊張はする。
ドアノブに手を掛ける、と――
「不用心だな……」
――鍵はかかっていなかった。
準備をしてくれたのか、玄関周りは整頓されている。そういえば、実家でもボクが口うるさく片付けろと言っていたっけ。ここに来て、やっと言うことを聞いてくれるなんて。
感動的な再開になりそうだ。
長い通路を歩きながら、聞き耳を立てる。
人の気配が全くない。母さんはバタバタと歩く癖があるから、動いていたら分かるはずなんだけど。外から見ても大きな建物だったし、離れているのかな。
施設の案内板を見て、とりあえず応接室を目指す。
時間は昼をとっくに過ぎている。昼食中ということもないだろう。……そういえば、母さんが食事をしているところは見たことないな。
ゆっくりと歩いて、応接室までたどり着いた。
バタバタと音がする。
後ろからだ。
どうやら、まだ準備は終わっていなかったらしい。懐かしい感じだ。数ヶ月会っていないだけなのに、騒がしい足音に、口元が綻んだ。
振り返ると、そこにはよく知る人がいた。
久しぶり。ここで何してるの? そんな質問をするより早く、その人が口を開いたものだから、ボクは思わず苦笑いして、いつものように言葉を返すことになった。
「やぁ、おっと! ごめんね、もう来たのかい? 準備がまだ終わってなくって――ああ、とにかく。コーヒーが置いてあるよ、飲むといい。落ち着く。そうほとんどの世界で言われてる」
「……手伝おっか?」
◆ ◆ ◆ ◆
「いや悪いね。資料の片付けを手伝わせちゃったよ」
「いいよ、いつものことだし」
応接室はちゃんと片付けられていて安心した。
無駄に広い部屋でコーヒーを口にしながら、母さんと二人。
何か用があるから呼び出されたんだろう。
「……なんの用だったの?」
「紅黒に会ったんでしょ? 調子はどうかなって」
「ああ、まぁ、元気そうだった――」
「じゃなくて。広希の調子さ」
「ボク?」
「そう。私の見立てだと、そろそろ魔力が覚醒してるはずだけど」
メガネを正しながら、母さんはそう言った。
「環境は整ってるからね。どうなの?」
「母さん……心配とかないの」
「心配? 広希を? 冗談キッツいなぁ」
マグカップを傾けて。
「方舟から生還したじゃない。何を心配することがある?」
おそらくユダから聞いた――いやもしかして。
「ユダを寄越したのは母さんなの?」
「いいや。ちょっと間に合わなくてね。別の人に頼んだんだ」
「どこまで知ってるんだよ母さんは」
一番最初の記憶から、この人がいる。実の親でないことは確かだけれど、それだけ不気味とも言えた。
この体質、完全記憶が確かなものなら、産んでくれた人の顔だって分かるはずなのだから。
「方舟のことは少し知ってるよ、そこでの移動方法も」
白衣のポケットを探り、何かを取り出した。
見た覚えがある物だ。
「今日は、これを渡そうと思って呼んだんだ」
机の上に、二つの鍵が置かれる。見た目は全く同じもので、彫られた柄や傷まで再現されている。
「これは“鍵”と呼ばれるものだよ」
「いや、知ってるけど」
「んっんー、ちょーっと説明を聞きなって」
呆れた調子で母さんは言って。
「この鍵はね、方舟での移動に使われているんだ。魔力を流して空中で捻る。それだけで方舟内にあるどこかの部屋へのマドが開くのさ」
「移動先は特定できないの?」
「一つの鍵につき、一つの部屋、だね」
飛べる部屋は限られているらしい。この鍵を使えば方舟に入れるのか。
じゃあ、あの“トビラ”とやらはなんだったんだろう。
鍵が入口だとすると、あの“トビラ”は出口か。
「……なんでくれるの?」
「いやぁ、研究に協力してほしくて」
やはりこうなるか。
母さんが呼び出す理由なんてそれしかないだろうし。
さて困った、研究には触れるなと言われている。……関係ないか。
「分かった」どうせ、協力しないともらえないし。「で、どんな研究なの?」
母さんは満足気に笑った。
「方舟に兵器を造りたくって」
とんでもない提案が来た。
「資料とか、設計図とか、まだ纏めてる途中だけどね。たぶん、紅葉組の利益になるんじゃないかな」
「その話、SSIには通ってるの?」
兵器の建設とは予想外だった。それもわざわざ方舟に。
なぜこちらの世界ではなく方舟なのか、予想はつく。
「話はこれからつけるさ、SSIの技術は不可欠だしね」
まず、土地の用意ができない。
政世で大規模な兵器を建てるとなると、それなりに問題があるのだ。ただでさえ戦争のない世界。そんな場所で、目立つ兵器は造れない。許可が下りるまで時間もかかる。
それならば、誰のものでもない方舟で勝手に作ってしまえばいい、という発想だろう。
もう一つの可能性として、方舟にあることで真価を発揮する兵器か。
想像もつかないが、そっちの線もありそうだ。
いずれにしても、資料にさえ目を通さなければ問題は無いだろう。ボクは話を持って帰るだけだ。
「じゃ……今ある資料だけでももらえない? ボクからも話してみるよ」
「おお、助かるね。ついでに鍵も片方あげよう」
「両方じゃなくて?」
「ふふふ、一つだけだよ。もう片方の使い方は決まってるから」
相変わらず、隠し事をする人だ
「あ、コーヒー。おかわりいるかい?」
「もらおうかな……いつの間にコーヒーの淹れ方なんて覚えたの?」
「これが、話せばちょっと長くなるんだな。聞く?」
「もちろん」
このまま帰るのはもったいない。
だって久々に会うんだから、下らない話をしてもいい。
ボクは母さんと、世間話に花を咲かせた。