新たなる力
「人間? 貴方が?」
「驚きか」
「正直ね。NSとばかり」
「褒め言葉として受け取るぞ」
求めた強さに近付きつつある。それは確かなことらしい。
手練に褒められるのは、いつだって悪い気にならない。
「本当はもっとちゃんと相手をしたかったよ」
「照れますね。私も全力の貴方と戦ってみたいです」
「両想いだな」
「そのようで」
魔力の鎧を更に編み込んでいく。
今の離合で分かったことが幾つかある。
赤いオーラは魔力で打ち消せるということ。
それから、オーラ自体に攻撃力があるということだ。
魔力で保護できていた皮膚とは違い、紅黒に触れた服は乱雑に裂かれている。
高速で回転する刃を全身に纏っているようなものだ。
「その赤いオーラ、なんだ?」
「素直でよろしい。教えませんけど」
「素直じゃないな」
魔力がすり減っている。
残り少ない魔力が更にだ。
当たった瞬間に起こる、刃物で弾かれるような感覚。あれが厄介だ。
魔力が無ければ触れもしないが、肝心の魔力が心もとない。
及び腰で勝てる相手では無かった。
出血のせいか、また息が荒くなってきた。
目眩も吐き気も酷い。まともに立っていられるのはあと数分も無いだろう。
決めなければ。
次に打てる、最後の手を。
捨てなければ。
当初の目的を。
でなければ勝てない。
踏み込まなければ。
死の淵に。
「分からないことは沢山あるが……こんな感じだろう?」
ルシフェルの呼吸を思い出す。
今なら使えるという確信があった。
魔力に真っ黒な感情を混ぜ込むことで、この赤いオーラは『成る』ということは、数回使うことで既に知っていた。
自在というには程遠い。技と呼ぶにはあまりに拙い。けれど、対抗する手段はこれしかない。
見様見真似だ。
紅黒の呼吸を真似る。
オーラにイメージを。
全身を纏う、ノコギリのような刃を。
「……これには本当に驚きました」
「なんだ……今までのは嘘か」
「ええ、ぶっちゃけ嘘でした」
ふっと口元が綻ぶ。
魔力の鎧が溶けて、赤いオーラが外へ外へと逃げていく。
放出しきるまで、どれくらい持つか。
「貴方も『殺気』を使えるんですね」
「吐いたな、この力の名前を」
殺気、か。
これ以上無いな。誂え向きだ。
絶対に倒すと決めた時にしか使えないというのなら、これ以上のものはない。
「名残惜しいがこれが最期だ。紅黒とやら、言い残すことは?」
「ご冗談を。私は死にません」
あなたは放っておいても死にますが。
そう付け加えて、紅黒は余裕を持って構えた。
その自信、こじ開けて抉り取る。
「行くぞ!」
地面に剣を刺す。
それを軸にして、宣言の通り前へと跳んだ。
当然紅黒は落とそうと太刀を振るう。
着地の前に回転。
勢いのまま刃を抜いて、こちらも合わせるように振るう。
また叩き落とされるのを嫌って、紅黒の太刀が勢いを弱める。
問題は無い。見えている。
太刀にこちらの刃を交差させる。
返される感覚。
太刀の長さと重心を、よくもここまで扱えるものだ。
仇となったな。その巧みさが。
僕の刀を弾かんとする勢いを利用して、太刀を起点に宙返りを決める。
着地点は紅黒の右。太刀の外側だ。
脚より先に切っ先を突き立て。
「フッ、ク――!」
地面に足が着くと同時、その抗力を逃がさず体に循環させる。
片脚で力強く回転する。
刺さったままの切っ先が、回転の力と、溜めたままの抗力に押され、勢いよく振り上げられる。
抵抗からの解放。これにより刃を通常振るうよりも加速させる。
片足だからこそ思いついた策。
後一歩分近ければ。
直接当たっていた。
「我流繰気」
問題は無い。
僕は知っている。
殺気による斬撃は飛ぶという事を。
「再斬花」
真冬に開く寒咲の花のように。
その技は、今だからこそ産まれた技だ。
真っ赤な寒咲の花のごとく、相手に血の華を。
甲高い音が連続して響いた。
紅黒が初めて苦しい表情を見せて、押されたように数歩下がる。
バランスを失った僕は地面に手を付き、追撃に構える。
魔力を魔力で防げるように、殺気も殺気で弾けるのか。
今ので幾らか削れていればいいが。
試してみるか。
殺気にイメージを与える。
撥条の形を。
狙うは相手の左手。
銃を壊す。
撥条を縮めたまま、手で体を起こす。
膝を抜いて、重心を前へ。足りない距離を更に縮める。
手が触れなくてもいい。殺気が当たれば。
「武神流――」
貫手を指一本に引き絞る。
「――百合絞り!!」
当たった。
銃ではなく左手首に。
上々、勢いのまま弾き飛ばす。
床に銃が落ちる。
一瞬意識が逸れた瞬間を狙った紅黒が太刀を横に振るう。
片脚では踏ん張れない。刀で受けるが間合いを再び開けられる。
だが何度でも。もう数発は斬撃を放てる。殺気を削れば活路はある。
このまま――
「か……」
構えるより前に。
「鍵――」
紅黒が懐から鍵を取り出す。
空中に突き立てて捻った。
小さなマド、が、開き。
紅黒の手に手榴弾が――
ピカっと強烈な閃光。
同時に音。
高い耳鳴り。
数秒の硬直。
背中に衝撃――
「が……う……」
ぬるりとした生暖かい感触が、腰から残った脚を伝う。
脇腹に熱い衝撃が残る。
目を開けて、手で触れた。
後ろを見る。
「たかだ、さん……」
「効いただろう?」
落とした紅黒の銃を構えていたのは高田さんだった。
銃口から硝煙が燻る。
撃ったのか。
撃ったのだろう。
僕を、高田さんが。
背中を。
銀で。銀の弾丸で。
見えていた殺気が消える。纏っていた僅かな力さえ。
身体中の力が抜けていく。
望みは立たれた。
崩れ落ちる。
立てない。
脚も手も震えて。
目が霞む。
負け――
「ちょーーっと待ったーーっ」
紅黒と僕の間に、盾が投げ込まれた。
よく知った声がする。
いるのか、そこに。
来たのか。なぜ。
「その子は! このお姉ちゃんが預かります!」
ミカエル。
どうか僕を、助けないでくれ。