レディース・アンド・ジェントルマン
数分前のことだ。
「押収された武器を回収しに行きましょう」
「いるの?」
「ええ。銀の弾丸があるはずです」
一通り装備の補充を終えた僕に、紅黒が言った。
「目処は付いているんでしょう?」
「場所は分かってるよ」
正直、そんなに意味があるとは思えない。今の装備でも充分なんとかなるだろう。
体力を削ればスサノオは倒せるはずだ。
「相手が魔力を使うのなら是非欲しい」
「理由は?」
「銀は魔力を無効化できます」
これは知らない情報だ。
「正しくは、銀に触れている間は魔力が使えなくなる、ということです。私の世界では、止め用に銀の弾丸を数発持つのがセオリーでした」
「高いんじゃないの?」
「ええ、だから止め用。そう何発も撃てませんし」
リボルバーに込めて撃つのが基本だと紅黒は言う。
「それに、太刀も欲しい。近接戦は私の十八番ですから」
なら信じてみるとしよう。
「目処は付いてるよ。ちょっと面倒だけどね。名有りのNSがいる部屋に保管されてるはずだ」
双眼鏡越しに確かに見た。
春原はどうやら奪取できなかったらしく、武器はそのままだ。
NSがそれらを使ってくる様子は無かったし、続けての攻撃もない。おそらくはまた武器の奪還に来るのを待っているのだろう。
「名有り……ああ、神官のことですか」
「神官って何」
「名前と能力を与えられたNSのことです」
情報に随分差があるな。春原はそんなこと、教えてくれなかった。
……たぶんあえて言わなかったんだろう。ボクがこうしてここにいること自体、誰も予想していなかったんだし。
「神官がいるというなら是非もない。私の実力をお見せできると思います」
「出来るだけ早く向かいたいんだ」
「いいでしょう。五分頂ければ」
大した自信だな。
ナイフをくれと言ったきり、ロクにほかの武器もねだらず、紅黒は扉の前に立った。
この向こうに神官がいる。本当に大丈夫なのか不安ではあった。
逃げるだけの手段はもうない。紅黒だって本調子ではないはずだ。
準備運動をしている紅黒を見ると、視線に気付いた彼女は思い出したように言った。
「相手の能力、割れました?」
「え――あ、ごめん。何も分かってない」
「よろしい。なら封殺するだけです」
ふぅー、と大きく息を吐き。
目を閉じて。
「……あと三分。充分です」
次の瞬間、紅黒の周囲に陽炎が起こった――ように見えた。
闘気、というのか。いやこれはもっと強い。闘いへの期待というより……もっと、もっと単純な力だ。
殺気。
そう、殺気だ。そう呼ぶのが相応しい。
目に見えるほどに濃い殺気を、紅黒は纏っている。
「鍵を壊します。下がっていてください」
扉に手を当てて。
ドリルで削るような音がした。
ぽっかりと、ドアノブの部分に穴が空いた。
ただの板になったドアを蹴破り、紅黒が中に入っていく。
驚きの声が上がった。
瞬間、部屋の中で閃光が生じる。
赤い光がしたかと思うと、音がしなくなった。
名有りのNSの、気配が感じられない。
まさか――
「終わりました」
――恐る恐る覗いた部屋の中、血まみれの紅黒が立っていた。
その足元には、首のあたりを抉られた、人型の遺体。
「すみません。本当はもっとじっくりお見せするべきですが」
ナイフを手の内で器用に弄びながら、紅黒が部屋に置かれた大きな箱へと足を運ぶ。
「愛刀との再会なんです。どうしても、気持ちが逸ってしまって」
クスリと笑い。
「私もスサノオとやらのことは言えませんね。刀は私の友であり、私自身でもあるから」
嬉しそうな顔で、太刀を佩いた。
◆ ◆ ◆ ◆
そして今に至る。
あれほど荒ぶっていた殺気はナリを潜め、今の紅黒はボクらとなんら変わりないように見える。
しかし、太刀とリボルバーか。なんともアンバランスだな。
効果は絶大なようだけど。
いつか、弾丸の雨を正面から抜けてみせたスサノオが、脚に喰らった一発で。
たったの一発で、血を流している。
治っていく様子はない。
「高田さん……」
驚愕と、恍惚。恐怖と焦燥。
それから、怒り、か。
読み取れる感情に、ボクは薪を焚べることに決めた。
「お待たせ。待った?」
今日、スサノオに言われたことをそのまま返す。
「ええ、待ちくたびれました。本当に……オマケにとんでもないものを引き連れてきて」
苦い笑顔だな。
満身創痍だというのが分かる。手に取るように。
上手くいったのだ。
それは確かなことで、確かに喜ぶべきことだけど。
この、胸の内に広がる、苦味にも似た痛みはなんだろう。
「……藤高は、強かったろう?」
その言葉に、スサノオはハッと笑った。
「もう手遅れだ! あと一足速ければ、助けてやれたかもしれないのに! 貴方はやはり、俺よりいつも『一手』遅い!」
スサノオの背後にいるのは藤高だ。
口元からは血を垂らし、力なく横たわっている。
意識を失っているようで、服は所々切り裂かれ血に濡れていた。
そうか……。
頑張ったんだな、藤高は。
報いなければ。
糸で操られるように。何かに引っ張られるように。
目の前にいる相手も無視して、ボクの足が藤高へと向かう。
呆然としたスサノオを背後に、やりきった顔をして眠る戦友の近くに屈んだ。
そっと頭を撫でた。
それくらいしか、ボクには出来ない。
力も無く。武器も使えず。虚仮威しだけの男だから。
ボクにはもう、声を掛けてやるくらいしか、出来ることはない。
ありがとう。
藤高が居て良かった。
お前を信用したから、この作戦は成功したんだ。
よくやった。本当に。
お前にもちゃんと紹介するから。
だから、帰ろう。
このまま、生きて。
「後は任せて」
この感情はなんだろう。
沸々と湧き上がるこの感情は。
赤くて熱くて、粘り気のある炎のような、この感情は。
立ち上がり、振り向いて。
スサノオを見た時、それが分かった。
「頭に来たよ」
これは怒りだ。
恐怖なんかじゃない。
これは、怒りだ。
スサノオ、お前に対する憤怒というものだ。
「これで終わりにしよう。お前の遊びに付き合うのは、これで」
ボクには何もできないけれど。
人に頼ることしかできないけれど。
でも、彼女なら任せるに足る。
きっとこの、どうしようもない怒りをぶつけてくれるはずだ。
「クライマックスだ。お前を倒してここを出る!」
ボクの言葉を合図にして、紅黒が佩いていた太刀を抜き放つ。
照明の明かりが反射して、ピカっとボクの目を照らした。
見せてくれ。
紅黒、君の力を。
視線を合わせ、そう願う。
紅黒は優しく微笑んで。
次の瞬間、笑顔に犬歯を覗かせた。
大きく息を吸って。
「さあさあ御立ち会い願いましょう!」
紅黒が叫ぶ。
「一世一代大勝負! 殺人鬼と暗殺者! 運命はどちらに! 軍牌はどちらに!」
長い太刀の切っ先を、スサノオに向けて。
「賽は今こそ投げられた!」
戦いの火蓋が落ちる。