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AF―After Fantasy―  作者: 04号 専用機
Vengeance is mine
114/166

レディース・アンド・ジェントルマン

 数分前のことだ。


「押収された武器を回収しに行きましょう」

「いるの?」

「ええ。銀の弾丸があるはずです」


 一通り装備の補充を終えた僕に、紅黒が言った。


「目処は付いているんでしょう?」

「場所は分かってるよ」


 正直、そんなに意味があるとは思えない。今の装備でも充分なんとかなるだろう。

 体力を削ればスサノオは倒せるはずだ。


「相手が魔力を使うのなら是非欲しい」

「理由は?」

「銀は魔力を無効化できます」


 これは知らない情報だ。


「正しくは、銀に触れている間は魔力が使えなくなる、ということです。私の世界では、止め用に銀の弾丸を数発持つのがセオリーでした」

「高いんじゃないの?」

「ええ、だから止め用。そう何発も撃てませんし」


 リボルバーに込めて撃つのが基本だと紅黒は言う。


「それに、太刀も欲しい。近接戦は私の十八番(オハコ)ですから」


 なら信じてみるとしよう。


「目処は付いてるよ。ちょっと面倒だけどね。名有りのNSがいる部屋に保管されてるはずだ」


 双眼鏡越しに確かに見た。

 春原はどうやら奪取できなかったらしく、武器はそのままだ。

 NSがそれらを使ってくる様子は無かったし、続けての攻撃もない。おそらくはまた武器の奪還に来るのを待っているのだろう。


「名有り……ああ、神官のことですか」

「神官って何」

「名前と能力を与えられたNSのことです」


 情報に随分差があるな。春原はそんなこと、教えてくれなかった。

 ……たぶんあえて言わなかったんだろう。ボクがこうしてここにいること自体、誰も予想していなかったんだし。


「神官がいるというなら是非もない。私の実力をお見せできると思います」

「出来るだけ早く向かいたいんだ」

「いいでしょう。五分頂ければ」


 大した自信だな。




 ナイフをくれと言ったきり、ロクにほかの武器もねだらず、紅黒は扉の前に立った。

 この向こうに神官がいる。本当に大丈夫なのか不安ではあった。

 逃げるだけの手段はもうない。紅黒だって本調子ではないはずだ。

 準備運動をしている紅黒を見ると、視線に気付いた彼女は思い出したように言った。


「相手の能力、割れました?」

「え――あ、ごめん。何も分かってない」

「よろしい。なら封殺するだけです」


 ふぅー、と大きく息を吐き。

 目を閉じて。


「……あと三分。充分です」


 次の瞬間、紅黒の周囲に陽炎が起こった――ように見えた。

 闘気、というのか。いやこれはもっと強い。闘いへの期待というより……もっと、もっと単純な力だ。


 殺気。

 そう、殺気だ。そう呼ぶのが相応しい。

 目に見えるほどに濃い殺気を、紅黒は纏っている。


「鍵を壊します。下がっていてください」


 扉に手を当てて。


 ドリルで削るような音がした。


 ぽっかりと、ドアノブの部分に穴が空いた。


 ただの板になったドアを蹴破り、紅黒が中に入っていく。

 驚きの声が上がった。

 瞬間、部屋の中で閃光が生じる。

 赤い光がしたかと思うと、音がしなくなった。

 名有りのNSの、気配が感じられない。

 まさか――


「終わりました」


 ――恐る恐る覗いた部屋の中、血まみれの紅黒が立っていた。


 その足元には、首のあたりを抉られた、人型の遺体。


「すみません。本当はもっとじっくりお見せするべきですが」


 ナイフを手の内で器用に弄びながら、紅黒が部屋に置かれた大きな箱へと足を運ぶ。


「愛刀との再会なんです。どうしても、気持ちが逸ってしまって」


 クスリと笑い。


「私もスサノオとやらのことは言えませんね。刀は私の友であり、私自身でもあるから」


 嬉しそうな顔で、太刀を()いた。



◆ ◆ ◆ ◆



 そして今に至る。

 あれほど荒ぶっていた殺気はナリを潜め、今の紅黒はボクらとなんら変わりないように見える。


 しかし、太刀とリボルバーか。なんともアンバランスだな。

 効果は絶大なようだけど。


 いつか、弾丸の雨を正面から抜けてみせたスサノオが、脚に喰らった一発で。


 たったの一発で、血を流している。

 治っていく様子はない。


「高田さん……」


 驚愕と、恍惚。恐怖と焦燥。

 それから、怒り、か。

 読み取れる感情に、ボクは薪を焚べることに決めた。


「お待たせ。待った?」


 今日、スサノオに言われたことをそのまま返す。


「ええ、待ちくたびれました。本当に……オマケにとんでもないものを引き連れてきて」


 苦い笑顔だな。

 満身創痍だというのが分かる。手に取るように。


 上手くいったのだ。

 それは確かなことで、確かに喜ぶべきことだけど。

 この、胸の内に広がる、苦味にも似た痛みはなんだろう。


「……藤高は、強かったろう?」


 その言葉に、スサノオはハッと笑った。


「もう手遅れだ! あと一足速ければ、助けてやれたかもしれないのに! 貴方はやはり、俺よりいつも『一手』遅い!」


 スサノオの背後にいるのは藤高だ。

 口元からは血を垂らし、力なく横たわっている。

 意識を失っているようで、服は所々切り裂かれ血に濡れていた。

 そうか……。


 頑張ったんだな、藤高は。


 報いなければ。

 糸で操られるように。何かに引っ張られるように。

 目の前にいる相手も無視して、ボクの足が藤高へと向かう。

 呆然としたスサノオを背後に、やりきった顔をして眠る戦友の近くに屈んだ。


 そっと頭を撫でた。

 それくらいしか、ボクには出来ない。

 力も無く。武器も使えず。虚仮威しだけの男だから。

 ボクにはもう、声を掛けてやるくらいしか、出来ることはない。



 ありがとう。

 藤高が居て良かった。

 お前を信用したから、この作戦は成功したんだ。

 よくやった。本当に。

 お前にもちゃんと紹介するから。

 だから、帰ろう。

 このまま、生きて。


「後は任せて」


 この感情はなんだろう。

 沸々と湧き上がるこの感情は。

 赤くて熱くて、粘り気のある炎のような、この感情は。


 立ち上がり、振り向いて。

 スサノオを見た時、それが分かった。


「頭に来たよ」


 これは怒りだ。

 恐怖なんかじゃない。

 これは、怒りだ。



 スサノオ、お前に対する憤怒というものだ。



「これで終わりにしよう。お前の遊びに付き合うのは、これで」


 ボクには何もできないけれど。

 人に頼ることしかできないけれど。

 でも、彼女なら任せるに足る。

 きっとこの、どうしようもない怒りをぶつけてくれるはずだ。


「クライマックスだ。お前を倒してここを出る!」


 ボクの言葉を合図にして、紅黒が佩いていた太刀を抜き放つ。

 照明の明かりが反射して、ピカっとボクの目を照らした。


 見せてくれ。

 紅黒、君の力を。

 視線を合わせ、そう願う。


 紅黒は優しく微笑んで。

 次の瞬間、笑顔に犬歯を覗かせた。


 大きく息を吸って。


「さあさあ御立ち会い願いましょう!」


 紅黒が叫ぶ。


「一世一代大勝負! 殺人鬼と暗殺者! 運命はどちらに! 軍牌はどちらに!」


 長い太刀の切っ先を、スサノオに向けて。


「賽は今こそ投げられた!」


 戦いの火蓋が落ちる。


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