スティール・アライブ/きっかけ
難しいのは苦手だ。正面から行こう。
藤高の方へと踏み出す。
捉えた正中線が外される。
その動きは読んでいた。
回避の先へ切っ先を置く。
微かに当たった感触を頼りに、力に任せて振り下ろす。
「その銃、もらうぞ」
銃口を刻む。
ただでさえ精密な機械だ。これで使えなくなった。
次は腕だ。
続け様に腱を斬る。手首と脇。
最後に脚を――と。
下がるか。時間を与えすぎた。
サトリで見た未来へと切っ先を滑らせる。
「言ったはず。鬼ごっこは終わりだと」
魔力も無ければこんなものか。
硬い肉の感触が手に伝わる。
刃が滑る。
柔らかい臓物。
刃が走る。
硬い骨。
刃が光る。
粘っこい赤色が帯となり、女と僕の間に線を引いた。
「な、え、な……?」
「そこで腰を抜かしていろ」
次はお前だ。
一睨みくれてやると、子猫のように小さくなって震え始める女。
やはり弱い者は好きになれない。
藤高には期待していたが、どうやら応えてはくれないようだ。
「は、はは……やられたぜ……」
「まだ喋るか」
袈裟に斬ってやったにも関わらず、その目は未だに死んでいない。何かを狙っている目だ。
想像は着く。
「悪いが、もうあの弾は喰らわんぞ。あの程度の魔力ならどうとでもできる」
隠し持っているか、全ての弾丸がそうかは分からない。
ただ、半端に魔力を込めただけで倒せるほど僕は――神官は甘くない。
「もう一度言ってやる。藤高、お前は良くやった」
夥しい量の血を流し、膝を着く藤高を見下ろす。
「これで満足して死ねるだろ」
ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまう。死に場所があること、圧倒的な相手に全てをぶつけられたことに。
僕はルシフェルと出会うまで、そうはならなかったから。
そんな羨望が伝わってしまったのか、藤高は僕を睨み返す。その瞳はまるで炎のように燃える。諦めは当然なく、けれど希望に縋るのとも違う炎。
熱を吐くようにして、藤高は言った。
「高田と約束してんだよ。お前は捕まえるってな」
少し、羨ましい。
あの人の隣にいることが。
あの人からの信頼を、間近で浴びることができる事実が。
「悪ぃな。死ぬつもりは無ぇよ」
「で、どうするつもりだ」
「さーて、これから考えるさ」
放っておいても死ぬだろう。
炎は霞み、ロウソクの火のように弱くなってしまった。
その熱は、秘めておくべきだったな。そうすれば一撃、どうにかできたかもしれないのに。
もったいない男。
「さらばだ藤高。中々楽しめたぞ」
楽しかった。
楽しめたんだ。本当に。久方ぶりの死の感覚が、戦うことの楽しさを教えてくれた。
せめて感謝したかった。それくらいは許されると思った。この言葉はきっと、絶望とは程遠い場所にある。
命が消えていく。僕の目の前で。
呼吸が弱まり、未来が読めなくなっていく。
消えてしまうのだろう。
息をしていないものは、サトリで見ることはできない。
消えてしまう。
藤高の未来は。
目を閉じた。
彼の最期を誰よりも早く見たかった。一秒でも早く、一秒でも長く。
サトリで見つめたその先に。
「……!」
信じられないものを見た。
「揺らいで――」
「掴んだ」
それは刹那のことだった。
藤高の傷が塞がり始め。
もう一度燃え上がった眸で僕を見据え。
弾丸を一発。
魔力の篭もった凶弾が、僕の利き腕を射抜く。
「なぁぁあああッ」
刀を右手に持ち替える。
左手に力が入らない。
治癒に――回せない。もう残っていない。
「ありがとよスサノオ」
言葉とは裏腹に、ギラリと光る刃のような声音で。
「お前のおかげで掴めたぜ」
藤高は僕に、唾と一緒に事実を吐いた。
なんだ、これは。
どうしてこうなった。
狂いはなかったはずだ。ここで藤高を始末して、高田さんを方舟に。遂行できたはずだ。
なのに、なぜこうなった。
ふと思い出す。
僕が初めて魔力に触れたのは、死の間際で――つまり――
僕はきっかけを与えてしまったのだ。
ノア様に忠告を受けていたにも関わらず、僕は不用意に藤高を追い込んだ。
少し考えれば分かることを、僕は考えなかった。
ビリビリと痺れる様な感覚と、火を噴くような痛み。サッと引いていく、左手の熱。赤い奔流だけを残し、徐々に失われていく。
僕は分かっていなかった。
人間を追い詰めることの意味を。
魔力を使って戦うことの意味を。
触れ続ければいずれ気付いてしまうのだ。僕がそうだったように、全ての人類に言えることなのだろう。
余地など与えず殺すべきだった。
血の気の引いた頭で、そんなことを考えた。
殺らなければ。
それが命令なのだから。
「これが魔力かよ」
嘆息するように零した言葉を、藤高は独りでに反芻する。
纏う魔力が、拙くも渦を巻き始める。
その動きを知っている。
人に教えられ、初めて理解した魔力の使い方だ。
「誰に習った?」
「言わねぇよ。言う義理があるか?」
「きっかけを与えてやった」
「掴んだのはオレだぜ」
「生意気なことを」
背筋を伝う冷や汗を感じる。
相手は魔力消費なし。対してこちらは魔力が尽きかけている。
藤高は魔力の使い方を知っていて、後はただきっかけを掴むだけだった。
進んでいたのだ、僕が思うよりずっと前へと。
ヘマをやったと、今はっきり理解した。
見せるべきではなかったし、戦うべきではなかったのだ。
勝負にならない内から、始末をつけておくべきだった。
目覚めたばかりの人間は何を仕掛けてくるか分からない。呼吸が変質してしまうのだ。
僕にはもう奥の手がない。
ミカエルがしたように、圧倒的な力で押し返すことは、もう出来ない。
落ち着け、と言い聞かせ。
深呼吸を繰り返す。
相手は銃、こちらは刀。間合いは向こうに分があるが、銃口は切り落とした。まともには撃てない。接近戦ならこちらの土俵だ。
勝てる。
「渦……渦を巻く……なるほど……なるほどな?」
警戒を解かないまま、藤高との間合いを一気に――
「こうか?」
――斬った銃口から螺旋が伸びた。
引き金が押し込まれる。
銃声が響き、弾丸が加速。
放たれた鉛は螺旋の中を進み。
「こりゃ便利だ」
僕の左肩を直撃した。
構うか、このまま行く。
詰めた間合いの中で小手を狙う。銃を狙った一撃を嫌ったか、藤高が回避へと動く。
後ろに下がった。
突きへと切り替え。
「お返しだ!!」
右肩を突き刺す。
二人して息を荒らげ、離れる。
払った刃は血で出来た弧を地面に描く。
「藤高君!?」
「祈ってろ! 踏ん張りどころだ!」
女が言おうとした言葉を遮り、藤高が叫ぶ。
再び銃を構えた。
撃たせない。
銃口から螺旋を組むには数秒の猶予がある。
刀に纏わせた魔力で強化。
頭を狙って正確に動く銃。
そこに切っ先を合わせて。
「カットバシ!!」
振り抜く。
銃が天井に舞う。目を離した。
振った勢いを利用し、上半身で重心を動かす。
右足、後ろに置いた重心を一気に加速させて腹、左肩、肘へ。
残った僅かな魔力を練る。
回す。
回れ。
動け!
「武神流――」
藤高の鳩尾へと、全体重を乗せた肘を放つ。
「都鳥!」
入った。
確かな手応えだ。
魔力でいくらか防がれたろうが、発勁そのものの威力は食らったはずだ。
吹き飛ばされた藤高を見下ろして、刀を納める。
目を閉じた。
反撃はない。
勝った。
実感を伴った勝利には、なぜか喜びが湧かなかった。
まぁ、いい。気にしている暇もない。さっさとトドメを刺さねば。
一歩、藤高の方へ踏み出した時。
僕の背後から声がした。
「賭けはボクの勝ちみたいだね」
振り向く。
同時。
銃声が一発。
躱せない。
「約束の分だ。受け取って」
放たれた弾丸は、僕の足首を射抜いた。