ベット・オン・ヒューマニティ
整理から始めよう。
ボクはスサノオと会敵し、他の収穫は無し。
一方藤高は春原と合流したものの、その先でNS――恐らく名有りの――と会敵。
三人が三人とも逃げられず、自力でどうにかするしかない状況というわけだ。
一番追い詰められているのは藤高だろう。春原は魔力とやらで傷を治せるとは言え、実践した時のことを思い出すに完治にはかなりの時間を要する。ろくに動けない味方を抱え、強力なNSと対峙しなければならないのだから。
指示が必要だ。そのためには、向こうの細かな情報が欲しい。
スサノオはきっと、妨害してくるだろうが。
「さて……曲目はどうする? クラシック? ラテン? ジャズ? それともEDMとか?」
「祭囃子なんてどうですか? 神楽が好きなんですよ」
睨み合ったまま動けない。
ボクは今すぐにでも逃げ出したいし、さっさと合流したいのに。
ドアに意識を向けるだけで、恐ろしいことが起こる気がする。
「……スサノオはさ」
出来ることを探らなければ。
「どうしてこんなことをしてるんだ?」
自分に出来ることを。
部屋をそれとなく見回してみる。
「別に、個人的な理由はありません。俺も色々と仕事がありますから」
「大変だな、お前も」
とにかくドアから離れるしかないか。ヒシヒシと肌を刺すような敵意が痛い。
頑丈そうな机に腰を預ける。
「で、それってどういう仕事なの?」
「言えませんよ。口止めされてるので」
雇い主は優秀だな。
そしてスサノオは馬鹿だ。
少なくともこれは個人的な感情によるものではなく、方舟も方舟で、考えがある。それは分かった。
「人殺しが仕事かよ」
「好きでやってるわけじゃありません」
「嘘だな」
たぶん本当のことだろう。
「好きじゃ無かったらあそこまでやる?」
「……高田さんには分からないこともあります」
分かりたくもない。
好きでないならやめればいいんだ。それだけの力は持っているはずなのに、スサノオはただ、人殺しの沼に甘んじて浸かっている。
首までどっぷりと。
「ふむ、興味あるね。ボクに分からないこと?」
コイツは何一つとして考えていない。
何一つ賭してもいないんだ。
覚悟もなく、力が、武器が、得物があるから、獲物が在るからという理由だけでここに立っている。
ボクも似たようなもんだけど。でも、確実に違うこともある。
「是非とも教えてほしいね。ゆっくりお茶でも飲みながら」
恐怖だ。
ボクは恐怖を持ってここに立ち、命の終わりを覚悟している。
そのための準備が万全かと聞かれれば――これからそうすると答えるしかないが。
「教えてくれよ。お前にあって、ボクに無いものを」
自分の意思だ。
誰かに流されてここにいるお前とは違う。
ボクは自分の好奇心で誘いに乗り、自らの意志でここにいる。
これがボク一人の行動ならどうだって出来ただろう。この命はあまりに軽く、頼るには心許ないものだけど。
でもそれは、ボク一人ならばという話。
この命はもうボク一人のものじゃない。藤高はボクの死を許さないだろう。春原だってそうだ。
組長はきっとボクの帰りを待ってくれているはずだ。
そして何より――
「助けなきゃいけないものがあるんだ。それもないお前に何がある」
――仲間が助けを待っている。
乗り気かどうかじゃない。
これは、やらなきゃいけないことだから。自分でそう、決めたことだから。
「ご大層なことですね」
「そうかい」
「ええ本当に。……この世界に、それほどの価値がありますか?」
「今から価値を見つけるんじゃないか」
らしくないかな。らしくないか。
そもそもボクらしさってなんなんだろうな。こうやって悩むことがそうなのかもしれない。
だけど、それももう終わりだ。
準備は整った。
開けられていない部屋はもう幾つも無いのだから。
「さて、ボクはもう行くよ」
「逃がすと思います?」
「思わない」
だからこそ。
「だから、賭けをしないか?」
今こそ、命を天秤に掛ける時。
スサノオの目が鋭くボクを射抜く。
「賭けですか。何を賭けます」
「そうだね……どちらが先に目的を達成するか、なんてどう?」
途端、その鋭い視線が緩くなる。
まだだ。コイツを勝負の場に上げなければ。
「ボクはここに、仲間を助けに来た」
情報を明かす。賭けを成り立たせるために。
「お前の目的はなんだ?」
ここで乗らなければ、また時間を稼ぐだけだ。藤高ならきっとうまくやる。もし行き詰まったのなら、ボクの指示を仰ぐはずだ。
だから、今はどちらでもいい。動き出せれば本望だ。それが出来ないのなら、スサノオはここに釘付けにする。
「俺の目的は……そうですね」
だがどうやら、スサノオは乗ってくれるらしい。
「貴方に絶望を刻むことです」
絶望か。
面白い。
「目的は話しました」
さぁ、ここが正念場だ。
「負けた方は何を払います?」
賭けられるものなど、一つしかない。
それがどれだけ価値のあるものか――スサノオの判断に委ねるしかないが。
「ボクが負けたら、方舟に乗ってやるよ」
だから賭けよう。
ボクの未来、その全てを。
「負けたらお前の下に着く。お前の望む全てをやろう」
「……本当に?」
「ああ。悪い話じゃないだろう?」
だからその代わり、お前にも、命を賭けてもらうぞ。
「もしボクが勝ったら……スサノオ。君には一度だけ、まともに攻撃を受けてもらう」
好条件なはずだ。これ以上ないほど。
ボクは負ければ全てを失う。スサノオは負けても、一度攻撃を受けるだけでいい。
その隙に逃げ出せば、ボクらの作戦は終わるのだから。
「面白い」
スサノオが、不気味に笑った。
「乗りましょう。貴方の人生を貰います」
さぁ――
「ここが正念場だ」
“Bet on humanity”
「人間性を賭けろ」