タッチ・ザ・エクスプロージョン
さてはて、あの挑発をちゃんと聞いてくれたかどうか。返答は無かったあたり、詳しい使い方は分かっていないのか、それとも聞いていないか……とにかく。
「突入します」
「生きて帰って来い」
「ハハハ、死ぬつもりはありませんよ」
そう言って、首に手を当てた。
じっとりと汗ばんでいた。
掌の震えを感じる。
気丈に振舞っているけれど、恐怖を振り払うのはそう簡単なことじゃない。
「帰ってきたら、抱きしめてください」
「いいとも! 潰れるほど抱きしめてやるさ!」
組長との最終確認を終えて、人員に撤退の旨を伝えたのを聴いて。
「さて……」
後戻りできない所まで、来た。
もう投げ出すことは出来ない所に、立ってしまった。
ボクは今、戦場に踏み込んだんだ。
行くしかない。
吐いた唾は飲めない。
助けるために。
春原と、囚われた同士を。
「大丈夫だ、高田。オレもいるじゃん」
「ああ、そうだったね。藤高がいれば退屈しないよ」
「言いやがる」
扉の前に立つ。
人の気配がしない……玄関はすでにもぬけの殻……というより……
「ここまでやるか」
血の海が広がっている。
生存者が後何人いるのか不明瞭だ。どうにか春原が生きていればいいのだが。
すでに移動していると考えて――
「――反対側」
「何?」
「狙撃ポイントから見えた部屋から考えて、反対側に春原がいるかもしれない」
「もう外に出てるってのは?」
「無いね……」
――材料はある。
死体など見たくもないが、一応一瞥だけはしておいた。少しだけ見慣れたことに吐き気を催したが、今は置いておこう。
「刀傷。首が落とされてる。……全員が、徹底的に、だよ」
「逃がすつもりは無ぇってことか」
階段を登る。
二階のどこかにいる。
名有りのNS。
負傷したであろう春原。
そして、スサノオが。
廊下は長く、曲がりくねって、射線を通しにくい。会敵しない限りは藤高を活かせない。
進むしかない。いつどこで敵が出てくるか分からないこの迷宮を、ただ前へと進むしかない。
「最短ルートで行く」
「OK。警戒は任せろ」
「いや、藤高は別ルートでいけ」
賭けに出るしかないようだ。
また、不条理なギャンブルに、身を投じるしかない。
「二手に別れて、藤高は紅黒を。ボクは春原を探す」
「……敵と会ったら?」
「ファーストコンタクトで倒せなければ逃げる。名有りの神官がいても逃げる。直感で勝てないと思ったら、逃げる」
ボクらの目的は相手の殲滅ではないから。
紅黒を解放するか、最悪、春原を救出すれば勝ちだ。仲間のことはまた仕切り直せばいい。今いる人員を減らさないこと。それが最優先。
「スサノオとは絶対に戦うな。タイマンなら勝てない」
「りょーかい」
十字路に差し掛かった。
「それじゃ……」
「指示はくれよ?」
「もちろん」
拳を突き出す。
「確認しよう」
「おう」
二人で拳を合わせて。
「互いを見捨てる覚悟はあるか?」
「もちろん」
「何より命を優先するか?」
「もちろん」
「勝算は、あるか?」
「そりゃ、高田次第だろ?」
ニヤリと笑った。
藤高がいて良かったと、心底思う。
「行ってらっしゃい。ボクも行くよ」
「異議なしだ。幸運を祈ってる」
生きて会おう。
この会話が、聞かれていないことを祈った。
実際のところ、スサノオと会うのはボクだろう。直接脅してみたいと言っていたし、藤高にさして興味はないだろうから。
だから確認させたのだ。
スサノオと出くわせばタダでは済まない。どちらかを見捨てることになる。
今戦力になっていないボクよりも、藤高が生き残った方がいいだろう。
その方が効率がいい。そのはずだ。そうに決まっている。
そうでないと、この震える足を、前に出せない。
屋敷の構造を覚えていることが恐怖を煽るんだ。
忘れることを許さない頭が、ボクを前へと進ませていく。
この部屋の中に、春原はいるだろう。端末への連絡がないから、ひょっとしたら重症かもしれない。
怖いと思った。
扱えもしない銃を持っていることが。
敵は手練ということが。
ボクは役に立たないということが。
それが、何より怖いと思った。
ドアノブに手を置いた。
力を込めて、回す。
ドアを引いた。
……やっぱり、ここにいたか。
「お待たせ。待った?」
「いいえ。俺も今来たところです」
見つけてしまった。
見つかってしまった。
踏み入れてしまった。
見え見えの罠に。
春原 新芽という餌に、ボクは醜くも食らいついたのだ。
例え、そこに春原本人の姿が無くとも――
「なら良かったよ」
――スサノオがここにいることは分かっていた。
それはただ、なんとなくという直感ではない。
確信があった。
春原とすれ違ったかしっかり戦闘になったかは分からないが、スサノオはその後この部屋にいたこちらの味方を殺したはずだ。僕はその、死ぬ直前までの会話を通信機で聞いていた。
部屋の特徴。反響の仕方。間取りから把握し、それぞれの部屋に振った番号。味方が最後に伝えたスサノオの位置。
そして、ボクが行った挑発。
「羨ましいよ、お前が」
スサノオは律儀に守ったんだ。
誰に言われたわけでもなく、自分の中で決めたことを。
ただ、ここでボクを待つということを。
スサノオは、律儀に守った。
「高田さんのお誘いなんですから。受けないわけには行きませんよ」
「嬉しいね。一緒に踊ってくれるって?」
約束を守れるだけの強さを、この男は持っているんだ。
きっと、ボクが来ない可能性だって考慮したはず。
それでも待った。
ボクが来ると期待して。
「貴方がそれを望むなら――」
刀を納め、ひたすらに待てた。
「――踊りませんか? 俺と一緒に」
この瞬間、ボクに向け、刃を抜き放つためだけに。
コイツは、じっと待てるほど、強いんだ。
『高田。聞こえるか』
「……」通信機から、声。「……ああ」
気取られないように返事して。
『春原は見つけた』
「嬉しいね」
『ただ……』
インナーを濡らす汗が冷たい。
『悪い、下手打った』
震え出す体を、必死に止めた。
『NSだ。逃げられそうにない』
どうやら、最悪のシナリオだ。