ケ・セラ・セラ
「貴方は強い人でした。僕とは異なる強さでしたが。だからこそ憧れた。だからこそ恋した。その強さを知りたかった」
スサノオが言いたいことは……つまり、強さに惚れたと。
意味が分からない。
「ボクは強くない」
「嘘ですね。そんなことは思っていないはずだ」
困った。
こいつ、強さに関する嗅覚は本当に鋭いらしい。
「俺の知る高田 広希と言う人は、いつも自信に溢れてる。何があっても動じず、二度と同じ失敗は繰り返さない。絶対にだ。そういうことが起こらないよう、必ず根本的解決を行う」
ボクのことをなぜこうも知っているのか分からないが、確かにボクのことを理解している。
「それが可能だということは、貴方は確かに強く、強さに確かな信頼を置いているということだ。少なくとも誇れるものだと思っているはずでしょう?」
ピン。と糸を張ったかのように。
空気が張り詰める。
スサノオによってではない。
ボクによってだ。
ひた隠してきたものをこいつは知っている。なぜかが本当に分からない。
知っているのはボク自身と――藤高がどこか察しているのみだ。
ボクの強さ。
それに対する自信。
「高田さん、俺と貴方は同じなんだ。強さに対する自信。強さに対する疑念。それを発揮できない、この世界への不満が」
こいつはどこかで知ったのだろう。きっと見てきた訳ではない。
だけど、どこかで確信を得たのだ。ボクのことを良く、本当に良く観察して、独特の空気感を嗅ぎつけた。
「お前とは違うよ」
弱く、弱く否定する。
「この世界、ボクは好きだな」
そして、嘘で誤魔化す。
「で、スサノオは嫌いなわけか」
好きなわけがないってことを。
ボクとスサノオは似ている。才覚を持つ点や、それへの絶対的な信頼――それに何より、虐げられた経験が。
「お前がなんと言おうと、ボクは方舟には乗らないし、お前のことだって止めてみせる」
絶対記憶か。
これ程厄介なものはないな。
今日のことだって、決して忘れることができないんだから。
「こんな時に言ったって、締まらないけどね」
「いいんです。はっきりさせておきたかった。ご一緒出来ただけでも光栄です」
小さなカップは空になった。
「さて、分かっていると思いますが。方舟のことを知った以上、貴方を放置することは出来ない」
「やっぱりそう来る?」
「ええ。だからこうします」
スサノオが腰を上げた。
丸腰ではあった。だから先にフォークを投げつけ――
「動くな」
「ジェノン、待機しろと言ったはずだが」
「無茶がすぎるぞスサノオ。狙撃されたらどうする」
――後頭部に硬い感触。
見ないことには何が突きつけられているかは分からないが、大方の予想はつく。
「これが君のやり方ってわけ?」
「すみません高田さん。本当は直接脅してみたかったんですが」
随分と物騒だ。発想がいかれてる。
「殺すことはしません。まだ可能性がある。俺としても、貴方まで殺したくない」
窓際の席を選ばなかったのは失敗だったな。
これじゃ、ウチの兵隊が活かしきれない。
「今後一切俺たちと関わらないでもらいたい。誓ってもらえるなら解放します」
ゆらりと蒸気が立ち上るように、スサノオはゆっくりと立つ。
「出来ますね?」
さて、今までの僕なら小便の一つでもチビっていたところだろう。
なんと言っても戦力が足りなかったから。
でも今は違う。
「お断りするよ。丁重に、そして派手にな」
手に持ったフォークを投げた。
「おっと――」
スサノオがそれを難なく受け止める。
ここまではお互い予想通り。一つ違いがあるとするなら……
「藤高!」
「おう!」
藤高は今日、消音装置つきの銃を持ってるってこと。
その狙いは正確に、後ろでボクをおどしつける誰かに当たった。
「悪いね。ここの支払いはしといてくれ」
背中で一人、崩れ落ちるのを感じながら、喫茶店の外へとかけ出す。
春原に連絡しないとな。しばらく走ることになりそうだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「車出して早く!」
「ドア開けろドア!」
「あーもう結局こうなるんスか!」
人混みの中を掻き分け掻き分け、足早にたどり着いた駐車場。春原の到着とボクらの到達はほぼ同時だった。
「余計なことしないって約束! 守れてないッスよ!」
「向こうから仕掛けてきたんだ!」
「自己防衛! さっさと脱出だよね!」
エンジンをけたたましく吹かしながら、春原はしっかり法定速度を守って走っていく。
「何やってんだ! 急げって!」
「いやいやいや! 嫌! 点数ヤーバいんだってもう!」
そういえば春原の免許は青色だったか。
「今年無事故無違反ならゴールドだったのにぃ……! なんでこんな目に……」
グチグチ言いながらばっちり料金を支払って、薄くなった財布によよよと泣いて、春原はちらりとサイドミラーを見た。
「追ってきてないッスね」
不思議そうに言って、外をキョロキョロと見渡す。
「案外諦めがいいのかも――」
なんて言ったその瞬間だった。
車の上に何かが乗った音がした。
時速60km前後をキープしている、走行中の車の上だ。まさかな、できるわけが無い。そうタカを括っていた。
「来てるって! 上、上!」
丁度藤高の頭があったところに刃が刺さっていた。
それは天井から伸びて来ていて、つまり――
「まさか乗ってるのか」
つまり、スサノオとのドライブを意味する。
なんとか避けてはいるものの、その狙いは恐ろしいほどに正確だ。避ける度、藤高の頭を正確に貫こうとしてくる。
一体全体どうやって張り付いているのか、どうやって予測しているのか完全に分からない。
人外じみた正確性と体幹、それから覚悟。
そうかなるほど。
スサノオの強さはそこにある。
藤高はいつまで経っても銃を撃てないでいる。おそらくビビってしまっているのだろう。
反撃出来る者がいない。呑気にしているわけにはいかないか。
春原も今の状況を理解したらしい。見る見るうちに顔が青ざめたかと思うと、すぐさま顔色を真っ赤に変えて、こう叫んだ。
「神様はバカンス中だクソッタレ!!」
どうやら最悪な一日になりそうだ。