第95話 サイクロプス・ベイビーズ1
「……どこから?」
まるで降って湧いたように突然魔物が姿を現した。いや確かに魔眼で睨みを効かせていた訳ではないが【探知】に引っかからなかったのか。
ギルドの講習で聞いた話ではサイクロプスは純粋なパワータイプの魔物だったははず。
とにかく捕まるな!というのがギルドで何度も聞いた注意事項だった。
「グギャギャギャギャッ」
下方から不快な声が聴こえる。鳴き声なのか、もしかしたら彼らの笑い声かも知れない。
獲物を囲い込み、絶対的な優位を得た狩人といった具合か。
「隠密系の能力じゃろう。少なくとも、あのサイクロプス共のものではないな。そういった感じはしないからの。おそらく他に他者に隠密能力を付与できる存在がいるはずじゃ」
斥候や盗賊が得ることのある、隠密というスキルには体から漏れ出る魔力を遮断し【探知】に引っかからないようにする能力があるという。
更には気配を消し、音や匂いといった様々な要素を誤魔化して、知覚されにくくするスキルらしい。
物理的に姿を隠す闇魔術【隠蔽】との組み合わせは凶悪と言える。
魔物はいますぐ襲ってくる訳でもないようだ。
だが何時どういう動きをするかは予測できない。
「ジン、ここはわしがなんとかする。お主はリザと共に、霊芝を回収して街に戻れ」
そういうとアルドラは【収納】から剣を取り出し肩に担いだ。
「魔力を失っているのだろう?回復してから行け。リザを守れよ」
「わかってる」
「さてお前たちはわしが遊んでやろう」
アルドラの獰猛な笑みが、眼下にある魔物を見据えた。
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※アルドラ視点
ジンはリザから【魔力吸収】を使って魔力を回復させた。
直接そういう手段があると聞いたわけではないが、何となくはわかっていた。ジンの所有する能力は把握している。おそらく眷属の効果だろう。直接教えられなくとも察しがつくといった感覚だ。
リザは立ち去る前にジンとわしに【脚力強化】を付与した。
「お願いします。アルドラ様」
「うむ」
掛け続けなければ、おそらく効果は数分程度だろうが十分だろう。
【隠蔽】で身を隠し【疾走】で駆け抜ける彼らの背中を見送った。
「アルドラ頼んだ」
「ああ、お主もな」
別れる前にジンの所持していた魔石を貰い受ける。
魔石はいくらあってもいいからな。
適当な石を投げつけ、巨人の注意を逸らす。彼らはその隙を突いて駆け抜けて行った。奴らの動きはそれほど素早いものではない。その間合いに入れば危険ではあるが、あれほどの速度で動く小さな目標を、上手く捉えることは難しいだろう。
奴らは遠くまで見通せる単眼を持つが、近くのもの、特に距離感はそれほど正確ではない。おそらく単眼ゆえの弊害だろう。無論生まれながらにしての単眼であるため、2つの目を持つ人が急に単眼になったのとは意味が違う。それほど大きな違和感では無いはずだろうが。
でなければ森の怪物として、これほど名を馳せてはいない。
はるか昔、いつのことだったかも思い出せない程の過去に聞いた話を思い出した。
どこかで出会った獣人族の老人。
とある獣人族に伝わる古い伝承。
あらゆる生命には魂と呼ばれる格が存在する。
格とは、そのモノの本質。それをそれと形作る何か。
そしてそれは魔素とも魔力とも言えない、不思議な力で形作られているという。
強い未練を残して死ぬと、人は魂が分解されず、世に留まる。
そうして彼らは霊と呼ばれる存在になるのだという。
精霊のように存在するが、存在しない存在。
しかしそれが何かのきっかけに、仮初の肉体を持つことがある。
精霊のようで精霊でない。
人のようで人でない。
霊でも肉の体でもない。何でもない存在。
彼らは幻魔と呼ばれた。
石積みの塔より駆け下りる。
バッタのように跳躍し、瞬く間に巨人たちの足元へとたどり着いた。
ジンによれば、小奴らのレベルは22~24ほどだという。
背丈から推測してもサイクロプスの中でも子供と言われる程度の成熟度だ。
アルドラはリュカの言葉を思い出していた。
昔話をするために森へと連れだされた日のことだ。
「貴方は何故ここにいる?既に死んだ身でありながら、何故この世に執着する?何が貴方を苦しめている?」
痛みも感じず、呼吸すら必要ない。切られても血も出ないし、頭を吹き飛ばされても魔力さえあるなら、即座に復活するだろう。
夜寝ることもなく、味覚も殆ど無い(嘗ての記憶により雰囲気を感じているだけ)
これが生きていると言えるのだろうか?言えないだろう。
話を聞いてリュカはアルドラがこの世という牢獄に囚われた、哀れな亡者のように思えてきたという。
その表情を見れば、悲しみ、哀れみ、その反面に再び出会えたことへの喜びが入り混じっているように思えた。
「そう悪いものでもないぞ?皆の顔を見られるのは素直に嬉しい。わしにもどうしてこうなったかは皆目見当も付かんが、何か意味はあるような気はしておる。まぁ神の気まぐれかもしれんがな」
神なんているかどうかわからないものは、エルフも獣人も信じてはいない。
弱々しい人族の老人たちが、心の支えにしている妄執だ。
もしくは純情な人々から金を巻き上げる手段か。まぁそれはどうでもいい。
「まぁわしにもこうして知らんことがあるのだ。人族が信じる神だって、わしらが知らんだけで存在してるやもしれんじゃろ?わしも随分世界を回った気でおったが、まだまだ知らんことは多いのう」
そういってジンの顔を思い出した。
きっと自分がこうしているのは……いや間違いなく奴の影響、奴の力だろう。
「リュカ。何かお主は勘違いしておるようじゃが、わしは苦しんでも悲しんでもおらんぞ。むしろわくわくしておる。初めて村を出て冒険の旅に出たあの日のようにな」




