第92話 森の怪物
※ アルドラ視点
深い緑色の肌は分厚く剣も槍も通さず、頭部に備えた特徴的な単眼は非常に目がよく、遠く離れた獲物も見逃さない。
丸太のように太い腕は、竜さえ絞め殺す程の怪力を生むという。
サイクロプスと呼ばれるこの怪物は、広大なザッハカーク大森林において最強の魔物に数えられる1種であった。
「グオオオオオオォォォォォォォーーーーーーーーッッッ!!」
巨人の咆哮が森に響く。
今は鳥の声も聞こえぬ不気味なほど静寂さを見せる森にその声はよく通った。
「大人の巨人がこんな所まで顔を出すとは珍しいのう」
若い巨人ほど好奇心からか縄張りを飛び出し、人の出入りの多い浅層域まで足を伸ばすこともあるという。
しかし歳を重ねれば重ねるほど彼らは用心深くなり、自分の縄張りから出ることもなくなるのだ。
アルドラは巨人を油断なく見据え、肩に剣を担ぐようにして走った。
生前の彼は主な武装に大剣類を好んで使った。それは多少乱暴に扱っても折れず、少々刃が欠けようがさしたる問題に成らないためである。
大剣類の多くが重量による破壊力を主としているため、刃云々はもとより重要ではないという体もあることだが。
冒険者時代に数多く相手をしてきた魔獣は、頑丈な皮膚に強靭な筋肉を持つものが多く、少々切れ味が良い剣では殺しきれない場合が多かったという理由もある。
更に言えば切れ味の良い鋭い剣はよく砥がれ、先端部にゆくほど薄くなり刃が欠け易い。となると人相手ならまだしも、森の奥地での魔獣狩りにはどうしても不向きであると言わざるを得ない。
巨人の眼光がアルドラに向けられる。
「ガァ!?」
彼は既に巨人の目前まで迫っていた。
巨人はまるで今その存在に気付いたかのような素振りを見せる。
あの咆哮はこちらへの威嚇ではなかったのか。
一瞬の驚き、そして歓喜。
生きのいい玩具を見つけたと、巨人は喜んでその太い腕を伸ばす。
4メートルを超える巨体だ。その動きは機敏とは言えなかったが、その迫力から生まれる威圧感から脅威を感じない冒険者はいないだろう。まぁ何事にも例外はいるものだが。
「鈍いのう」
丸太のように太い巨人の腕を、軽い動作で飛び乗った。
いや、正確に言うと巨人の腕の筋肉が伸びた所で、その手首に飛び片足を乗せ踏み台にして跳んだ。一瞬の出来事だ。
巨人からすれば、人が近寄ってきたので摘み上げようと手を延ばすと、気付いた時には自分の顔の前にた。そんな状況だろう。
「……ア?」
人とは思えない動きに、巨人も戸惑った。
一瞬の硬直。それをアルドラは見逃さない。
「ほいっ」
アルドラは正確な動作で巨人の眼球に突きを放った。
体勢の不安定な踏ん張りの効かない空中でだ。
気軽な感じで放たれた突きは正確にソレを射抜いた。
「オアギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!?」
深々と剣が突き刺さる。そして一瞬で引き抜き、素早く飛び退くと十分な距離を取った。手応えはあった。もう奴の目は使い物になるまい。そうアルドラは確信した。
巨人は激しい痛みと、その痛みを与えた者への怒りからか激しく暴れた。
不差別に腕を振り回し、地団駄を踏み、転んで手足をバタつかせた。聞き分けのない子供のようだ。
耳を劈く絶叫がいつまでも周囲に轟いた。
「……やっと静かになったか」
先程まで暴れ狂っていた巨人は今や大地に突っ伏し、動かなくなっていた。強靭な生命力を有し、痛みに鈍いとされる魔物ではあるが眼球を深く貫かれては、無事では済まなかったようだ。
剣を通さぬ丈夫な皮膚を持つとされる巨人ではあるが、彼らとて弱点が無いわけでもない。
1つは、彼らの特徴でもある眼である。
彼らは遠くまで見通すことができる発達した単眼を備えるが、そこは痛みに鈍いとは言えないようで、傷つけられればまさに激昂というほどに暴れ狂う。
皮膚は丈夫でも、眼球までは丈夫ではないのだ。
だが彼らとて自分の弱点は熟知している。それ故に警戒しており、生半可な攻撃では防がれてしまう。攻撃を確実に成功させなければ相手を怒らせるだけで終わるという、最悪の事態に繋がりかねない。
そのためにアルドラの取った行動が、いかに危険なものか、難易度の高い技だったかがわかるだろう。
通常の冒険者ならまず狙わない弱点なのだ。
ならば通常の冒険者は何処を狙うのかと問われれば、それは首である。
体中の皮膚が分厚く丈夫で、頭部の骨は鉄のように硬いと言われる隙のない巨人の唯一の弱点だ。
首の皮だけは、他に比べれば幾分薄いらしく、狙うならここしか無いらしい。無論背丈のある巨人の首を狙うのは難しいのは当然言うまでもない。相手は動かないトレント種ではないのだ。
それにしても、何か胸騒ぎがする。
エルフの男の直感は、女達のそれよりも優れているとは言いがたい。
しかしながら戦場ではこと男たちの直感のほうが、優れているように感じることもある。
そういう自分の直感も、決して優れているとは言えない程度ではあるが、それでも長い人生経験から培われたものは、そう馬鹿にできないものであると自負していた。
彼がこのような感覚に陥るときは大概の場合、大物に出くわす前兆なのである。
「……日が落ちる前に、帰ったほうがいいやもしれんな」
アルドラは自分の剣を眺めながら、ぽつりと呟いた。
この細い剣幅では耐久性が足りないだろう。巨人の皮膚を力技で切り裂くのは無理がある。無理をすれば折れる可能性が高い。
しかしながら手頃な値段で、それなりのものと言うと難しい。
「うーむ、1本ヴィムに頼んでおくんじゃったわい」
現役時代にアルドラの剣を用意していたのは、元鍛冶師でアルドラのパーティーメンバーでもあったドワーフのヴィムであった。
魔剣の類ではなかったが「丈夫な剣を打ってくれ」という彼の要望を聞き入れ、多くの大剣を用意してきたという。
そしてその腕はアルドラも認めるところなのだ。
だが忙しいこの時期に、鍛冶師としての職をとうに離れているであろう彼に無理な願いをするのは、流石に躊躇われた。
真面目で実直な彼のことだ、頼めば無理な話だとしても聞いてくれた可能性は高いとは思うが。




