第90話 S級スキルの実力2
リザを抱きかかえたまま【疾走】にて森を駆け抜ける。
「ジン様、あの……重くないですか?」
リザが遠慮しがちに聞いてきた。
「いや全然軽いよ。何時間でも抱いていられるくらい」
厚手の服に包まれてはいるものの、女の子特有の柔らかさを堪能できる。むしろご褒美であった。
「……いまエッチなこと考えませんでした?」
「いや全然!」
エルフの直感が冴え渡る。
これは霊芝も容易く見つけられそうな予感がするな。
「ほう、随分速く走れるようになったのう」
「え?そうか?」
自分ではそう変わったようには思えない。まぁ多少は疲れにくくなった気がしないでもないが。
「足運びに無理がなくなってきておる。森を走るのに慣れたように見えるのう」
それはそうかもしれない。俺も随分と森を歩いているし、それなりに成長したという所であろうか。
更に言えば地形探知の効果というのもあるだろう。
このスキルを使えば目で見えない場所の地形も把握できる。
藪の先が崖になっていたり、地面が泥濘んでいたり、脆くなっていたりと事前にそれらの情報を得て、それらを回避して走りやすい場所を選んで進むことができるのだ。
地味な様でこの効果はかなり大きいと思う。
今のところ巨人の姿は見ていない。
この辺りは瘴気も感じるほどには出ていないようだ。ただ森の空気はいつもよりも若干重く感じる。もしかしたらこれが瘴気の感覚なのかもしれない。
「この辺りでいいだろう」
森をしばらく進んだ後、少し開けた広場のような場所に出た。
そこは切り開かれたように木々が途切れ、空が広く見える場所であった。
俺は抱きかかえていたリザを、そっと降ろす。
「ありがとうございます」
「何か策があるような事を言っておったが」
アルドラは周囲を警戒しつつ訪ねてくる。
「ここに何かあるのですか?」
リザを持ってしても、俺の意図はわからない様子であった。
「いや、特に意味は無い」
別にこの場所に何かあるという訳ではない。
ただある程度、森に侵入してから探ろうかと思っただけだ。
俺が持つ【探知】というスキルは非常に便利で、日常的に使用するスキルでもある。
魔力の消費も少なく、俺ほどの魔力量であるならば常時発動させても支障のないほどだ。
そこまでせずとも無駄な消費を抑えれば、一般レベルの人族の術者であっても【探知】の使いすぎで魔力枯渇に悩まされる、といった事態はそう起こらない。頻繁に使用しても問題ないほどの燃費良さというのが【探知】なのである。
「リザ頼んでおいたもの持ってきたか?」
「あ、はいっ。ここに」
リザは鞄を探って硝子の小瓶を見つけ出すと、俺に差し出した。
中には茶色い粉末状のものが収まっている。
「あの、ジン様。どうなさるおつもりですか?」
不思議そうな顔をするリザに俺は自信を持って告げる。
「ここから霊芝を探すのさ」
硝子の小瓶に収まっているのは、霊芝の粉末だ。残り僅かとなったものを持ってきてもらったのだ。
瓶の蓋を開けて、その匂いを目一杯吸い込む。
おぉ……けっこう刺激的な匂いだ。じいさんの靴下の匂いというか、腐った納豆というか……だがこれだけ特徴的であれば、探しやすいだろう。
【探知】S級(嗅覚 魔力 地形)
スキルを発動させて周囲を探る。
C級であれば周囲約120メートルほどを探ることができる。B級だと150くらい、A級になると300メートルほどだ。そしてS級であれば、それ以上となる。
脳裏に焼き付いた匂いを頼りに、周囲を探っていく。
【探知】というのは魔力の波のようなものを飛ばして、周辺を探るイメージである。
この場合の嗅覚探知というのは、実際に嗅覚が異常に発達して匂いを嗅ぎ取るというのとは少々違う。記憶した匂いのイメージを周辺のデータと照合する感覚だ。
俺が記憶した霊芝の匂いというデータを、周辺を探って近いデータが存在しないか探しだすということなのだ。
そのため色んな匂いで鼻がおかしくなるといった問題も起きない。
獣人のような鋭い嗅覚というわけではないため、細かいところまで嗅ぎ分けられるとまではいかないが、それでもこの様に印象の強い匂いであれば比較的探しやすいと思われる。
周辺の魔物の動きは無視して、霊芝を発見するためだけに嗅覚に意識を集中させる。
その間の周辺の警戒はアルドラの担当だ。
そうして幾ばくかの時間が流れたが――
「……如何ですか?」
「……ダメだな」
霊芝を見つけることは叶わなかった。
霊芝はその薬効成分と希少価値から市場で高値で取引されている。
それを知る冒険者であるならば、見かければ採取し金策の足しにすることだろう。
今はギルドから要警戒の指示が出されてはいるものの、森に入るものが少なくなれば稼ぎやすいとばかりに、この警戒を逆手に取って森への侵入を行うものも少なくない。
一部は本物の実力者たちで、ほとんどは命知らずの馬鹿のようだが。
何にせよ、そう簡単に見つかるとも思っていない。
今探れているのは、精々が500メートルほどであろう。ならばもっと広い範囲を探せば良いのだ。
魔術は魔力を多く注ぎ込めば、その効果を引き上げることができる。燃費という意味では悪くなるが、多くの魔力を失ってでも効果を高められるのであれば、利用価値は高い。
俺は魔術の行使を【ペットボトルのお茶をコップに注ぐ】という行為をイメージしている。
注ぎ口が小さいのがF級で、大きいのがS級だ。
F級でも時間と労力を掛ければ沢山のお茶を得られる。
だが効率を考えるとS級のほうが時間も労力も少なく済む。
もちろんお茶(魔力)が豊富にあることが前提であるが。
ちなみに俺の魔力の総量は、エルフの三倍程度らしい。
「少し本気だすか」
【探知】に魔力を注ぎ込む。
通常意識せずとも自然に使える所を、敢えて多く魔力を注ぎ込むのだ。
目を瞑り、精神を落ち着かせ、体はできるだけ無理なく力を発揮できるように自然体に。
肩幅ほどに足を開き、腕を開いて、自身がアンテナになったようなイメージである。
「まだまだ足りないか……」
【探知】の範囲が徐々に広がっていく。基本【探知】は自身を中心に球体に広がっていくという。地中は魔力の波が進みにくいため、地上に比べるとその探索速度と深度には差異が生じるそうだが。
この球体を横に広げるようにイメージしてみる。
空と地中の探索を捨てて、地上を覆うようにイメージするのだ。魔術はイメージする力、想像力が重要だという。ならばスキルも同じだろう。というよりも魔力を糧に効果を発揮するというのは同質の存在だと感じる。
魔力をどんどん注ぎこむ。そのたびに【探知】の探索範囲は広がっていく。
「……ふぅ」
徐々に疲労が蓄積されていく。慣れない使い方は無駄に魔力を消耗させてしまう部分も多いようだ。
何も言わずリザがスッと傍らに寄り添い、手を添えてくれる。それだけで疲れが僅かに和らいだようだ。
その優しさを側に感じながら、俺は更なる魔力を注ぎ込んだ。
>>>>>
力が抜け体がぐらりと揺れる。
「だ、大丈夫ですか?ジン様」
咄嗟にリザが腰を入れて支えてくれた。
「大丈夫」
慣れない【探知】の使い方で、少々疲れた。魔力もかなり消費したが……
「ダメでしたか?」
「……あぁ」
地上を覆うように展開された【探知】は俺を中心として半径数キロにまで及んだ。いつもと違った使い方であるためか、通常であれば円を描くように展開されるそれは、いささか歪なものになった気がする。例えるなら素人の作ったピザ生地のように、綺麗な円にはならず歪んだ形と言った具合だ。
十分とは言えない時間ではあったが、それなりに練習はしてきたつもりだ。
それでもやはり消耗は大きかった。
しかし簡単には行かないことは最初からわかっていたのだ。森は広い。小国ならすっぽり収まるほどの広大さだという話だ。
であれば見つかるまで、これを繰り返すだけだ。数は少ないものの霊芝は時期、季節を問わず発見されるという。探し続ければ必ず見つかるに違いない。
「……お客さんじゃな」
アルドラは一方の端を睨みつけながら呟いた。
100メートル以上離れた広場の切れ目、森の木々が揺れている。
風ではない、あきらかに不自然に動いている。
この距離では魔眼も使えないが、遠目ながらもそれは視界に現れた。
4メートルを超える巨人。サイクロプスだった。
アルドラの手のひらから、剣が生み出される。
時空魔術によって異空間に【収納】されたバスタードソードを取り出したのだ。
「お主は魔力を回復させておけ、足りなければわしも協力してやろうか?」
そういって僅かに振り返りにやりと笑った。
「……想像しちゃったじゃねーか。俺にそんな趣味はない」
「奇遇じゃな、わしもじゃ」
アルドラはかっかっかと笑いながら、巨人に向かって走りだした。




