第89話 S級スキルの実力1
マウ族との邂逅の翌日、俺はシアンを連れて買い物に出掛けた。
シアンを狩りに連れて行くためにも、装備の調達を考えなければいけない。
魔術が使えないため武器は必要だろうが、リザよりも力の弱い彼女が剣や槍を振り回せるかと問われれば、難しいと答えるしかない。
スキルの補正も無いのだ、それを考えると彼女でも扱える可能性のあるものがいいのだろう。
そこで思いついたのが、クロスボウである。
冒険者で使用しているものは少ないようだが、この世界にも武器として存在しているらしい。
どうやら連射が利かず射程距離も短いために、マイナーな武器という扱いのようだが。
弓には弓術という武術スキルが存在しているが、弩術というスキルの存在は確認されていないようで、それが不人気の理由の1つでもあるようだ。扱う店も少ないようだが、冒険者ギルドで扱っている店を聞いて試しにと予約しておいた。
他には彼女のサイズに合わせた革製のジャケットやズボンの作成を依頼しておいた。完成まで数日掛かるだろうが、武器のほうも時間が掛かるだろうし丁度いいだろう。
森の異変のこともあって現状では待機という体をとっている。
ギルドの雰囲気から察しても、近いうちに何か動きがあるかもしれないと考えてだ。
待機で生まれた時間は地下に降りてアルドラ相手に剣術や体術の訓練で汗を流したり、一人で魔術の創造に挑戦したりといった具合に過ごした。
いまだまともに使用していない魔術も使用感を試してみる。
【潜水】
水中で肺に空気を取り込まずとも、長時間活動できる魔術のようだ。
地下の水は冷たすぎるので長時間の調査はできなかったが、F級で5分くらいE級で10分くらいか。
どうも適正が無いせいなのか、水魔術は魔力の消費が多い気がする。
【溶解】
手のひらから魔力を放出し、対象物を溶解する術のようだ。
F級やE級では効果が低すぎて、どのような価値があるかは思いつかない……
A級以上となると効果は劇的に変化する。地下遺跡の石ブロックに試しに使用してみたところ、アイスクリームが溶けるようにどろりとブロックが溶解したのだ。使用を停止すると、しばらくしてブロックは溶けた状態のまま硬質化した。
魔力の消耗は激しいが、利用価値はありそうだ。
【同調】
シアンいわく魔物とお友達になれるスキルらしい。
いまのところ使用法は不明である。
魔物に使用して操るといったものでもないようだ。
使用していた魔物のことを考えると、精神支配かと思ったが違うらしい。
【伸縮】
これも不明だ。
腕が伸びるわけでも、剣が伸びるわけでもない。
使用していた魔物の事を考えると、もしかしたら舌が伸びるスキルなのかもしれない。使用する場面が思いつかないが、いつか役に立つ日がくるのだろうか。
【雷精霊の腕輪】
この手の装備品は所謂パッシプスキルというものらしい。
装備しているだけでその効果の恩恵を受けられる。
【制作成功率上昇】
リザも所有する生産スキルあたりを修得できれば、その効果も知れるだろう。
今のところ何かに役立つ様子はない。
【魔術抵抗上昇】
攻撃的な魔術への抵抗力が上がるということらしい。
【活性】
疲れが早く取れるらしい。その効果はイマイチ実感できない。
【鋭敏】
感覚を高めるらしいが、これも実感しにくい。
腕輪には精霊が宿っているらしいが、あれ以来その姿を現していない。
たまに呼びかけているものの、反応はなかった。
必要ないから現れないのか、現れるには条件があるのかは不明だ。
「そういやコイツを渡すのを忘れておったわ」
そう言ってアルドラは【収納】から1枚の獣皮紙を取り出した。
盗賊の地図 魔導具 C級
「これは?」
一見すると何も書かれていないただの獣皮紙のようだが、魔力を込めると地図が浮かび上がる。
「盗賊どもの物資の中にあったものじゃ。コレは使えそうじゃと思ってな、拝借しておいたのよ」
ギルドで物資を渡す際に、これだけ抜いておいたらしい。大丈夫なのかそんなことして。
「問題あるまい。本来盗賊を討伐すれば戦利品は権利は当事者のものじゃ」
アルドラは当然じゃろうと胸を張った。
「魔力を注ぎ込んだお主が、地図の所有者となった筈じゃ。お主が行ったことのある場所が地図に現れる。現在地周辺が現れておるじゃろう?」
今いる場所はリザの家の地下遺跡、その最初の部屋である。
よく見ればこの地下遺跡の地図のようだった。確かに俺が行ったことのある部分だけが、地図として現れている。アルドラであれば更に深く遺跡を探索しているはずなので表示に違いがあるはずだ。
俺が他の場所も探索すれば、この地図の完成度を高めることができるというわけか。都合の良いことに現在の自分周辺と、より大きな領域の2種類の地図を出し分けられるようである。
「魔力を注いだものが地図の所有者となり、所有者の行ったことのある場所を地図として表示できる魔導具じゃよ。遺跡の探索に便利そうじゃろ?」
どうやら彼は遺跡探索を諦めてなかったらしい。
罠もあるらしいので、危険らしいが……しかし、この魔導具があれば確かに探索が捗りそうではある。
アルドラは幻魔のせいなのか所有者として登録できないようだ。
そういう訳で俺に地図を与えたのだ。
どうやら俺も探索のメンバーに組み込まれているらしい。
近況を確認するためにギルドには顔を出して入るものの、状況の変化はなかった。
冒険者ギルドの斥候も苦戦しているようだ。
瘴気のこともあってギルドには仕事に出られない低級の冒険者が入り浸りくだを巻いている。
「今更街なかでF級の雑務なんかできるかっ」
そういった声も聞こえてくる。
ただやり場のない不満だけが溜まっていくようであった。
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この数日間、市場にも顔を出したが霊芝は見当たらなかった。
店の者に聞いてもここしばらくは入荷していないそうだ。信頼できる店があれば予約という手もあるのだろうが、霊芝を取り扱いなおかつ信頼できるという店は俺は知らない。おそらくリザもだろう。
「ジン様、お母様の体調が……」
家のリビングで1人考え事をしていると、上の階から降りてきたリザに声を掛けられる。
ミラさんは気丈に振舞っているが、体力が落ちてきているようだ。
霊芝が残り僅かのために、他の薬草で代用しているのだが効きは今ひとつらしい。
「……森へ行く。アルドラいいな?」
俺は一拍置いて考えをまとめ決意した。
「わしが止めると思ったか?」
「まさか。頼りにしてる」
彼がいれば、どんな危険な場所でも行けるだろう。
それに俺には魔眼と隠蔽がある。潜む魔物を炙り出し、付け狙う魔物を掻い潜る。
俺達に行けない場所は無い。
「任されよ」
市場で都合よく霊芝が手に入るとは思っていない。
そのため代案は考えてあった。いやこちらが本命か。
「私も行きます」
リザは当然の事と、胸を張った。
「いや、リザはミラさんを見ていてくれ。薬師が側に居たほうがいいだろう」
体調が悪化した場合も考えて、リザは残ったほうがいい。
「家にはシアンが残ります。薬の用意はしてありますし、それに森に行くなら私が必要だと思います」
森歩きに慣れ、薬師のリザは採取の玄人だ。
確かに素材の発見率を上げるには必要かもしれない。
だが今の森は危険だとギルドでも警戒を呼びかけている。
戦闘職の冒険者が警戒しているのだ。生産職の薬師を森へ連れて行くのは憚られる。
「家族のために自分を犠牲にして無茶をなさるのでしょう?でも私がそばにいれば、無茶なこともしないですよね」
リザは「ですよね?」と期待を込めた瞳をもって俺の顔を覗き込む。
参ったなぁ……リザには敵わない。
「無茶をするつもりはない。戦闘を避け森に侵入し、さっさと霊芝を見つけて帰ってくるさ。あまりミラさんを待たせるわけにも行かないだろ」
「なら私が付いて行っても問題ありませんね」
リザはそう言ってこの話を打ち切った。
その表情から、もはや他の意見は聞かないといった強い決意が感じられた。この娘、けっこう頑固かもしれない。
「お主の負けじゃ。なに女の1人くらい未熟なお主でも守ってやれるじゃろう?腕は2本あるんじゃし」
あまり危険な場所へは連れて行きたくはないが……ただ守られているだけの女の子ではないことは、俺がよく知っている。
「わかった。3人でいこう。よろしく頼む」
時間的に今出立しても、森で探索を始める頃にはすぐに暗くなる。
そのため出立は明朝とした。夜の闇が問題というわけではないが、夜のほうが魔物は活発で、危険なものも増えるのだ。探索の妨害になりそうな可能性はできるだけ排除したほうがいいだろう。
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翌朝、俺達は各々に装備を整え玄関に集まった。既にアルドラも顕現し、いつでも何があっても大丈夫だという気構えである。
「兄様、無理はしないでくださいね」
「わかってる」
シアンが心配からか、その表情は暗い。
俺は彼女の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「約束したろ?家族を守るって。今度はミラさんの番さ。まぁ軽く片付けて戻ってくる」
俺は戯けた様子で、努めて明るく振る舞った。
「そうですね。私は兄様を信じてますから」
シアンはそう言うと、僅かに歩み寄りスッと背伸びをして俺の頬にキスをした。触れるか触れないかくらいの、一瞬のことである。
「お気をつけて」
先ほどの暗い顔はない。いつもの愛らしいシアンの顔がそこにあった。
ギルドに寄って森へ入る旨を伝えることにする。
基本的に狩りに行く前は、事前にギルドに行き先を報告するのが義務になっている。報告を忘れたからといって特別罰則はないが、ギルド側が冒険者の居場所を掴めていないと、異常発生などがあった場合の対処に問題が生じるのだ。
仮に無届のまま地方へ長期の狩りへ行っていた場合、その間に異常発生が起きギルドへの緊急招集に応じられない状況になったとき、最悪逃亡とみなされる場合もある。
逃亡となれば、その者の信用は地に落ちる。状況によってはギルドの追放もあり得るために、多くの者は報告の義務を軽んじることはないだろう。
「ええ?ジンさん今の状況わかってますか?こんな高濃度の瘴気は、そう滅多にない。いま森は異常事態なんですよ?森の境界付近でも瘴気が確認されているんです。今森で採取なんかやろうというのは、よっぽどの命知らずの馬鹿か、ただの馬鹿のどちらかですよ」
受付のリンさんに森へ行く旨を伝えると早口で捲し立てられた。それほど興奮する事態となっているらしい。
まぁ瘴気は魔物発生の原因にも考えられている代物だ。魔物も興奮し、通常とは違う動きを見せる可能性もある。
ましてや高濃度の瘴気は毒だというし、その中に敢えて飛び込むというのは正気の沙汰ではないのだろう。瘴気だけに。
俺は興奮するリンさんを宥め、ギルドを後にした。
ギルドは警告を発しても、最終的に行動するかどうかは冒険者1人1人の裁量に任されている。
自己責任というやつだ。
それ故いくら「危険だからやめておいたほうが良い」と言われようとも、考えなおす余地は最初からない。
必要だから行く。それだけだ。
街の外に出た。人気はないが、この辺りでは異変は感じられない。
リザは俺とアルドラに【脚力強化】を付与した。準備は完了だ。
俺はリザを抱きかかえ【疾走】を発動させる。
アルドラは自前の足で移動である。
「さて、行くか」
俺たちは森へ向けて走りだした。




