第82話 主人と奴隷
「申し訳無い」
俺は深く頭を下げた。
まどろみの中にいるシアンを連れ、アルドラと共に家に帰る頃にはすっかりと日も暮れ、あたりには夜の帳が降りていた。
家に着くと状態の回復したミラさんとリザが出迎えてくれた。
疲れ果てているシアンを自室へ寝かせ、そして現在この状況である。
「頭を上げて下さいジン様っ!ジン様に落ち度は無いじゃないですか!?」
リザが悲痛の声を上げた。
今回のシアンが事件に巻き込まれたのは、俺のせいというのがかなり強い。
口ではシアンのことを守ってやると、偉そうなこと言って置いてこのザマである。
まったく自分が情けないというか、恥ずかしい気持ちで心が折れそうな気分であった。
「そうですね。私もジンさんのせいだとは思えませんが……」
ミラさんも俺の謝罪に困惑している様子である。
俺は事の経緯を伝えるが――
「シアンを連れ出してくれている事に関しては、感謝することはあってもそれを咎めるような事はありませんよ。それにシアンをずっと家に閉じ込めておくには無理があるかと思います。もちろん無理やり家から出すようなことはしませんが、彼女が望めば私は送り出したい……それともジンさんはシアンに家の外は危険だから、ずっと家に篭っていろとおっしゃるのですか?」
そういってミラさんは俺の顔を見つめた。
「それは……」
そんなことは無理だろう。
シアンもそんな生活は望んでいないはずだ……
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ミラさんが人族の若者と世帯を持つことになり、彼が冒険者だったこともあってミラさんも治療師として冒険者となった。
ルタリア王国で冒険者ギルドがあるのはベイルだけなので、当然住まいはベイルとなり、やがてエリザベスが生まれた。
エルフは元々子が出来難い種族。さらに異種族間では難しいと言われているため、リザの誕生はそれはもう喜ばれたそうだ。
その頃にはミラさんは冒険者を引退、治療師として近くの治療院で働きつつ子育てという生活だったらしい。
父親は冒険者の仕事で家を空けることが多かったそうだが、充実した時期だったそうだ。
やがてシアンが生まれた。
身内のいない、知り合いの殆ど居ない街で二人の子供を育てるのに難しさを感じたという。
体調が悪化していったのもこの時期からだったらしい。
長く悩んだ末にリザをアルドラへ預けることに決めたそうだ。
基本的にエルフというのは、ほぼ身内のみで構成された村で排他的な生活を送る者達なのだという。
異種族との間に生まれた子供を受け入れるようなことは考えられない。
自分一人ならまだしも、子供を連れ帰っても受け入れて貰える可能性は限りなく低い。
いや自分でさえも異種族との間に子を為した女として、弱い立場になる可能性が高いだろう。
頼るものがいない……そう思った時に、アルドラのことを思い出した。
アルドラはミラさんの母の兄にあたる人物。
直接の面識はないが、その存在は知っているし数年前に族長になった事も人づてに聞いている。
彼はエルフの中でもかなり特殊な人物らしい。
もしかしたら……身内である私たちに救いの手を差し伸べてくれるかもしれない。
力を持った立場のある人物であるならば、その力で守って貰えるかもしれない。
ミラさんは一縷の望みを持って手紙を書いたそうだ。
「そうしてリザはアルドラ様の元へお世話になることになり、私はここで生まれたばかりのシアンを育てることになりました」
アルドラは少し離れた所で静かに話を聞いている。
リザもまた静かに、そして複雑な表情で話を聞いていた。
「アルドラ様には大変お世話になり、いくら感謝してもしたりない程です。リザにも苦労かけました……」
リザは早い段階で魔術の才に目覚め、使いこなすようになるまで時間も掛からなかったそうだ。
またアルドラの村でエルフの薬草術を習得し、それが薬師の職業発現に繋がったのだろう。
つまりは今の段階で、何時でも独り立ちできる状態。
身を守る術を持ち、食べていく手段がある。
だがシアンにはそれがない。
「彼女はまだ若い。いずれ魔術にも目覚めるでしょう。自らを守る術も身につける筈です」
自分に時間があれば、それをゆっくりと見守ってやれる。
しかしその時間がない……
「魔力枯渇症は魔素の濃い森で暮らせば、回復する症状です。完全に治るかどうかはわかりませんが改善はすると思います」
リザは厳しい顔で答えた。
「ジンさん貴方は私達を家族だと言ってくれた」
「はい」
「この娘たちを守ると言ってくれた」
「はい」
「どうかこれから先のこと……この娘たちの事を貴方に託したい。私は治療のために森へ帰ります。どうかシアンとリザを貴方の奴隷にしてもらえませんか?」
「え?」
その言葉にリザが驚き、アルドラが無表情で聞いている。
「……どういうことですか?」
唐突な提案に困惑する俺に、ミラさんは一拍置いて語り出す。
「血縁者でもない貴方に保護者になってもらって、無償で助けて貰おうというのも図々しい話です。ですから奴隷ということです」
「いやしかしそれは……」
状況を飲み込めない俺を遮るように、アルドラが口を挟む。
「つまりジンの庇護下に入れるということじゃな」
「庇護下?」
「うむ。奴隷というのはその持ち主の所有物。勝手に害したりなど、手を出せば罪に問われる。つまり人攫いにも狙われにくくなる。主人と奴隷は魔導具で繋がっていることもあって、最悪攫われてもすぐに居場所も突き止められるしな」
また冒険者所有の奴隷をどうこうするというのは、冒険者ひいては冒険者ギルドに喧嘩を売るようなもの。そういった意味でも守られる。
「まぁF級やE級じゃ話にならんがの。じゃがS級の奴隷に手をだす奴は居ないじゃろうな」
「俺はE級だぞ……」
「今は……じゃろ?」
つまりS級を目指せと?
「ジンさんはいずれS級冒険者になるでしょう。そうなれば人族の国では英雄です。今ですら精霊使い、妖精種からは神使の如く敬われるでしょう。そんな貴方に娘達を託したい。その庇護下に置くために奴隷にして頂きたいのです」
「それは直感ですか?」
「そうですね。女の勘です。私は男を見る目はあると思っています」
ミラさんはそう言ってにこりと微笑んだ。
「でも奴隷ってそんな……あー、えっと例えば結婚とかじゃダメなんですか?」
俺はちらりとリザを見る。
すると彼女と目が会い、見る間に頬を染めるのであった。
「……それでもいいかもしれません。ですがここは人族の国。異種間の婚姻を簡単に認めてくれるかどうかはわかりません。そもそも人族の言う結婚という儀式は女神教徒のためのものですからね……」
階級が市民であれば、それも変わってくる可能性が高いが、どうとも言えないという。
市民権を得るには金銭で買い取るのが一番の近道であるが、人族以外であると値段は法外となり手続きにかかる時間も年単位で長くなるらしい。
そもそも許可が降りるかどうかも未知数だという。
まぁ仮に結婚するとなると、シアンをどうするかという話になる。
まさか二人共嫁にします。という話もないだろう。
「人族が複数の妻を娶ることは珍しくはないがのう」
「え?そうなの?」
まじか。
この国は重婚ありなんだ……
それはなんというか……
夢のある話だな。
いやいやいや、間違った。そういうことじゃないだろう。
「もしかして俺なら仮に娘を奴隷に差し出しても、酷いことをしないで大事にしてくれそう。ってことですか?」
「はい」
ミラさんはにこやかに答えた。
「つまり俺を利用して娘を守ろうって話ですか?」
「はい」
ミラさんは清々しい笑顔で答えた。
アルドラが認めた男である。邪悪な人間であるはずがない。
それに自分の直感も認めている。つまりは疑う余地は無い。そう言っているのだ。
「私が守りたいのは2人の娘です。それが叶うなら利用できるものは何でも利用します」
そうはっきりと言い放った。
かえって清々しい。実にわかりやすい。母として子のために、出来ることならなんでもしよう。そういった力強い決意を感じる。
それは好感を持てるものだった。
「でも俺も男ですよ?こんな美人の奴隷なんて、危険だとは思わないんですか?」
自分でも「俺何言ってんだ?」と一瞬思ったが、その言葉に対してミラさんは――
「ジンさんなら暴力に訴えて娘達をどうにかしようとは考えないだろうなと思います。いえ、むしろ寵愛を授けていただけるなら、それは彼女達も望むべきことかと思います」
寵愛って……まじか。
いや、ちょっとまて奴隷になるって、そんな簡単に決めていいもんなの?っていうか当人が認めてないじゃん!俺は思わず心の中で叫んだ。そんな俺の心を読んだかのように、静かにリザが口を開く。
「私はジン様の奴隷になっても構いません」




