第79話 黒い稲妻1
俺はネロを頭に乗せて森の中を駆け抜けた。
「にゃー!」
「こっちか!」
ネロの指示のもとに【疾走】+【探知】を駆使して進んだ。
地形探知によって見通しの効かない森の中だとしても、進む先の地形が手に取るようにわかるのだ。
不思議な感覚だ。うまく例えようもないが、この先の藪を抜けると崖があるといったような、直接目で見えるはずのない景色が頭のなかに入ってくる。
いや、見えるというより感じるといったほうが近いだろうか。
【隠蔽】も付与しているために、魔物に絡まれることもない。
もし走り抜ける物音に気づかれたとしても、気づいた頃には既に通りすぎているので問題ないだろう。
徐々に日は傾き始め、辺りの影は濃くなっていく。
「にゃうにゃうにゃう!」
ネロが激しく鳴き叫ぶ。
まるで「ここだ!ここにご主人様がいるぞー!」と叫んでいるようだった。
もちろん猫の言葉はわからないのだが。
だがネロがシアンの居場所を見つけられるという確信のようなものはある。
ネロ 使い魔Lv3
先ほど確認したところ、種族が魔獣から使い魔に変化しているのに気がついた。
たしか初めてみた時は魔獣Lv1だったはずだ。
これはシアンが【使役】のスキルで下僕としている効果なのだろうか?
ともあれ、これがアルドラの持つ特性、眷属に似たようなものだとすれば互いの位置を感じあえるといった力を持っているはず。
ネロの興奮具合からしても、期待できそうだ。
辿り着いた場所は深い木々に囲まれ、地面が抉れ谷のようになっている場所であった。
一見すると崖のようになっている切り立った岩肌は、特に異変は見当たらず、ここに何かあるようには見えない。
木々に囲まれていることもあって、理由が無ければ奥まで進入するような者はまずいないだろう。
状態:擬態
普通の者が見ればただの岩肌に見えるそれも、俺が見ればその隠された入り口を見つけることは容易かった。
なにせ隠された入り口から、少し入った先に複数の人の魔力を感じるのだ。
岩の中に人とおぼしき魔力を感じれば、ある意味目印の様なものである。
おそらく何かの魔導具なのだろうが、せっかく擬態で隠してもまったく意味がない。
これならば魔眼を持っていなくとも、魔力探知のスキルがあれば暴くのは容易いだろう。
【探知】S級
俺は地形探知を駆使して、内部を探る。
【探知】のスキルは自身を中心に周囲の様子を探るスキルである。
地上と同等とまではいかないが地中の様子も探ることが出来る。地中に潜む魔物を事前に発見することも出来るし、ダンジョンであれば隠された扉も直接見えない先の通路も調べることが出来るだろう。
どうやらここは何かの魔物の巣のようだ。
だが巣の主は既に姿を消し、今は別の住人が住み着いているようだが。
発見した入り口の先は1本の通路に幾つかの部屋があるだけで、構造的には単純なもののようだ。
内部には魔力の反応も確認できる。
入り口付近に大勢……その奥の部屋に数名……その先の部屋に数名……
この魔力の感じはシアンだな……
魔力探知は単純に魔力を探るだけの能力だ。
魔力の量やその挙動から人か魔物かを判断する。
魔物であればどんな奴か、1匹で行動するタイプか群れで行動するタイプか、そういった情報から相手を推測する。
魔力の量と言うのは、種族でだいたい決まっている。人であればこのくらい。エルフであればこのくらいと、判別するのは容易い。
ただそれゆえ個人を特定するのは難しい。
だが種族で決まっているとは言っても個人差はある。魔力量が皆きっかり同じというわけではないのだ。
まだ長い付き合いといえるほどの時間は過ごしていないが、シアンの魔力は記憶している。
【探知】スキルで探っていると、擬態で隠された入り口から人影が現れた。
腰に曲刀を差し、革製の軽鎧を装備した男だ。
キョロキョロと落ち着きなく辺りを見渡している。
盗賊Lv16
男はしばらく辺りの様子を伺った後、擬態にて隠された入り口へと消えていった。
「盗賊か……」
嫌な予感があたってしまった。
眷属のアルドラなら俺の居場所がわかるので、しばらく待てばギルドの捜索隊が追いついてくるだろう。
だが悠長に待っている時間は無いかもしれない。
シアンの安否の確認、救出を優先しよう。
あれこれ考えるのは後だ。1秒でも早く助けださなければ。
だがそのためにも、冷静に落ち着いて行動しなければならない。
【隠蔽】を付与したまま俺は隠された入り口へ近づいていく。
見つかる様子もない。
これからの時刻、より周囲は暗くなる。
洞窟の中の暗がりなら、なおさら闇魔術は有利であろう。
「お前はここで待っていろ」
「にゃう」
俺はネロを藪の中に隠れるよう指示したのち、意を決し内部に侵入した。
「うひひひひ……」
「ぎゃははは」
「おい、酒がねーぞ持って来い」
「うははは、馬鹿っオメーが持って来い」
入り口は縦横2メートルほど。
カーテンの様な布で遮られており、この布に擬態の効果が付与されていて岩肌に見えるようだ。
内部に侵入し、少し進むと開けた空間に出る。
そこでは木箱を椅子やテーブルにして十数人の男たちが酒盛りをしていた。
魔眼で確認すると、どいつもこいつも盗賊だった。
レベルは十代から二十代と幅は広い。
それぞれに革の鎧に腰に曲刀を差している。見たところ全員人族のようだ。
辺りは幾つかのカンテラが置かれているだけで薄暗い。
俺は魔眼のために問題ないが、普通の人族には光量は不十分だろう。
まったく気づかれる様子もないので、俺は無視して先へ進んだ。
特に罠のようなものもなく、奥へと続く通路を進んでいく。
入り口よりも狭くなった通路を進むと、広い部屋に辿り着く。
木箱が並べられてベッドが作ってあったり、何かの物資と思われる木箱が山積みになっている。
何人かの男たちが横になって仮眠をとっているようだった。
「後何日ここで待てばいいんだ?」
「慌てるな、いま連絡をとっている。2、3日中には迎えの馬車が用意される予定だ」
「それまでここでおとなしくしろってか……こんな所で寝てたんじゃ体にカビが生えそうだぜ」
「文句を言うな。それとも商品を担いで国境まで行くつもりか?」
「ちっ……」
「森が騒がしいとギルドも慌ただしくなっている。今なら追っ手もすぐには来ないだろうから、国境を抜けるには今しかない」
「だったらさっさとしろよ」
「……何事も準備がいるんだよ」
王国に潜伏していた盗賊が国外へ逃亡するといった算段なのだろうか。
まぁいい今はとにかくシアンのことが心配だ。俺は盗賊の仮眠室を通過して更に奥へ進んだ。
「んが……んががががが……」
椅子に腰掛け、盛大に居眠りをする見張りの脇をすり抜ける。
二股に別れた通路の片方の先、行き止まりまで来ると木で無造作に作られた柵が見えてくる。
牢屋と言うには余りにお粗末な作りではあるが、手足を縛った子供を閉じ込めておくだけなら問題ないのかもしれない。
柵を乗り越えて、俺は彼女の元へ駆け寄った。
見張りからは距離もあるし、あの様子では大丈夫だろう。
俺は肉体に付与されていた【隠蔽】を解除した。
「シアン大丈夫か?助けに来たぞ」
俺はそっと呼びかける。
彼女は後ろ手に手首を縛られ、冷たい土の地面に転がされるようにして寝かされていた。
頬に殴られたような痛ましい腫れが見える。口の中を切ったのか、口元に血が滲んでいた。
すぐさま縛られた手首を解放する。
「……兄様?」
目元に涙が溜まっていく。
シアンを強く抱きしめる。
「よく頑張ったな。偉いぞ」
「う……うぅぅ……」
声を押し殺すように泣く彼女を見て、こんな馬鹿げたことをしでかした連中に怒りが湧いてくる。
まるで鍋の水が茹だるように、ふつふつと怒りが込み上げ、ぐらぐらと溢れんばかりに沸き立ってくる。
俺は努めて平静を装い、シアンを宥めた。
「何があったか教えてくれ」
俺はシアンからわかる範囲で事の経緯を聞いた。
そして全てを聞いた後、途方も無い怒りが自分に宿っていることに気が付いた。
「……俺は連中をどうにかしてくる。もう少しだけ待てるか?」
抱きついてくるシアンの力が強くなったような気がしたが、少しすると力を緩め彼女は顔を上げた。
「……はい」
強い娘だな。
ほんとは声を上げて泣き出したい所を、歯を食いしばって耐えているのだろう。
俺はシアンから少し離れた位置に転がされている、子供たちにも声を掛ける。
エルフの少年と少女だ。
猿ぐつわをされていたために、声を出して騒がれることは無かったが、俺が声を掛けると非常に怯えその大きな目から涙がポロポロと溢れ出てくる。
なんとか宥めて、俺がシアンの身内で救出に来た者だとわかってもらった。
全員の拘束を解いて、ポーションを飲ませた。
目立つような大きな外傷は無いが、あちこち擦ったような傷や、打ち付けた様な傷が見えたのだ。それくらいなら低級のポーションでも十分に効果があるだろう。
少し落ち着いた所で、全員に【隠蔽】施した。
「ここで少し待っていてくれ」
部屋の隅に皆で一塊になって、静かにしているように言い聞かせる。
ここから脱出して家に帰るためにと、皆素直に頷いてくれた。
俺は再び自身に【隠蔽】を付与して、来た道を戻っていった。
「んっが……んがががっが……」
通路が二股に別れる分岐点で、椅子に腰掛け盛大に居眠りする男。
盗賊Lv13
盗賊見習いってところだろうか。
たぶん見張りなんだろうが、まったく仕事をする気がないようだ。
まぁ好都合だが。
俺は鞄からミスリルダガーを取り出した。
子供たちを縛っていた猿ぐつわを男に掛けて、短剣を眼前に突きつける。
「んぐっ!?んんんんっ!!」
突然口に異物を咥えさせられ、混乱する男だったが、そんなもん知ったこっちゃない。
騒がれても面倒なので、浅く短剣を頬に刺して声を掛けた。
「騒ぐな。殺すぞ」
白銀に輝く短剣が男の目の前でゆらゆらと揺れる。
相手に舐められるわけにはいかない。
そう思い努めて冷酷な暗殺者といった雰囲気を醸し出す。
まぁイメージだ。俺の装備は丁度黒尽くめだし。
「ちょっとお話しようか。なぁ?」
俺は子供たちがいる方とは別の道へと、男と共に進んでいった。
「これはミスリル製の短剣だ。知ってるか?恐ろしいくらいの切れ味で、魔物の肉も骨ごと良く切れる。まだ切ったことはないけど、たぶん人間の肉も良く切れるんだろうな」
猿ぐつわをさせて、後ろ手に手首を縛り上げて地面に転がした男に淡々と話しかける。
「鉄と比べるとかなりの軽さだ。これなら女子供でも扱うのは楽そうだ。でも男の俺にすると少し軽すぎるな。軽すぎて手元が狂いそうだ。誤って取りこぼしたらゴメンな」
そう言って男の顔の前で短剣をちらつかせた。
「さて、ちょっといろいろ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
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「なるほどな」
「なぁ、アンタが知りたがっていたことは全部話したぜ。俺は見逃してくれるんだろ?」
「あぁ、そうだな……」
俺は男の猿ぐつわを解いて情報を聞き出した。
今この状況はどういうことなのか確認するためだ。
こいつらは紛れも無い盗賊だということが判明した。
それも旅人を襲ったりして小銭を巻き上げるようなケチなチンピラではなく、人攫いを専門に行なっている盗賊集団、人攫いギルドという闇ギルドの1つらしい。
闇ギルドとは国に認可されていない違法ギルドのことを指す。
ギルドと勝手に名乗っているだけで、つまりは犯罪組織ということだ。
北の山岳地帯のどこかにある、夜の街という無法地帯に本拠地があるらしい。
「夜の街の正確な場所は俺にもわからねえ。いつも案内人が来て迷路みたいな洞窟を抜けていくんだ。落ち合う場所も毎回違うし、案内人とどうやって連絡とるのかも下っ端の俺らじゃ知らねえよ」
ベイルで商売ができなくなったから、本拠地へ脱出する算段のようだ。
「商売できなくなったとは?」
「そこまで知らねえよ。そういうのは幹部連中が知っているんじゃねえの?」
レベル的に見ても、下っ端なのは間違い無さそうだ。ともすれば大した情報は持っていないか。
こいつらの商売は人を攫って求めている人に売る、もしくは夜の街まで連れて行き闇のオークションで捌く、そういったものらしい。
「つまりシアンを攫ったのは自分たちの本拠地に帰るついでに、金になりそうなエルフをたまたま見つけて攫ったってことか?」
そういうと男はゲラゲラと笑い出した。
「あんた雷使いだろ?ヴィクトルが言ってたぜ、えらい恥かかされたって。あの青髪の子が攫われたのはアンタのせいだよ」
俺は思わず蹌踉めいた。
「見つけたのは偶然だろうが、恨んでいたからな。アンタへの腹いせに予定になかった青髪の子も攫ったんだろうさ」
俺のせい?俺のせいなのか?
「どうやってここまで潜り込んだかは知らねえけど、大人しく引き下がった方が身のためだぜ。もしかしたら雷使いが乗り込んでくるかもしれないって言うんで、雷魔術対策はバッチリだからな」
男は拘束されたまま、クククと笑う。
「このまま逃げ帰るなら仲間には報告しねえからよ」男はそう言って早く拘束を解くように催促してくる。
俺のせいなのか?……俺がシアンを危険な目に合わせてしまったのか?
自分自身に落ち着いて、冷静に考えるように言い聞かせる。
「なぁなぁ、さっさとコイツを解けよ。なぁ?」
苛立ちの混じった声で催促してくる男。
「どのみちガキ共を連れて、ここから脱出なんて無理だろ。もやしみてぇな雷しか出せない魔術師に、何が出来るんだよ」
男は嘲るように笑う。
俺は男の言葉を無視し、徐に男に近づくとそのやかましい口に革靴を蹴り入れた。
形容しがたい嫌な音が響く。
男の前歯を叩き折りながら、革靴を奥までねじ込んだ。
「ンんッ!?」
男のくぐもった声にならない声が聞こえる。
「うるせえよ。どう考えてもお前らが悪じゃねえか」
冷静に冷静に考えようと思ってたけど……こんなの冷静でいられるかよ!
そうだ。
こいつらは俺の一番大事な家族を傷つけた。
許せる筈がない。
シアンは泣いていた……何の落ち度もない……優しい子なのに……
シアンを泣かせた。
……その代償は大きいぞ。




