第78話 シアン・ハントフィールド
※シアン視点
朧気な記憶の中で、少しづつ記憶の糸を手繰り寄せる。
最後の記憶は確か、兄様と姉様が出かけて行ってそれで……どうしたんだっけ?
ネロに餌をあげて、ブラシを掛けてあげて……
そうだ……ネロを追いかけて外に出て、それから……
横たわる場所は冷たい土の上だった。
周囲は土の壁に囲まれた空間。私は後ろ手に手首を縛られて地面に転がされているようだった。
口には布を紐状にした、猿ぐつわが嵌められている。
「……ううぅ……んっんん……うぅぅ……」
薄暗い空間の中でくぐもった様な声が聞こえる。
声の主はその声質からまだ若い、年端もいか無いような年代の子に思えた。
ここからではその姿を確認出来ないが、他にも微かにすすり泣くような声も聞こえる。どうやら私以外にも複数の人がここに閉じ込められているようだった。
湿気のある空気。漂うカビの臭い。
明かりになるのは遠くに置かれたカンテラが1つ。
その近くには人影が見える。椅子に座った痩せた男。うつらうつらと船を漕いでいる。
私は僅かな時間、この状況について考えを巡らせる。
どのくらいの時間が立ったのだろう……
みんな心配してるかな。
姉様は私のことをよく心配してくれている。
たぶん私が魔術も使えなく、スキルも多く持っていないせいなんだろうけど。
母様は「貴方にもエルフの血が流れているのだから、きっと魔術が使えるようになる」と言っていたけど、その兆候は未だにない。
私が姉様とは違って、出来損ないだから余計に心配を掛けるんだろう。
指に嵌められた指輪を包み込むように握る。
はるか遠くに反応を感じる。この感覚が指輪に宿った魔術【追跡】なのだろう。
どうやらネロは連れて来られていないようだ。よかった。
ふと指輪を付けた日のことを思い出す。
兄様……
いつの日か姉様が連れてきた知らない男の人。
あの男性が嫌いだった姉様が、まさか男の人を連れて帰ってくる日がくるなんて夢にも思わなかった。
姉様があの人を見る目は、いつもキラキラしていた。あんなに嬉しそうな姉様の顔を見たのは初めての事だった。
でも男の人は怖い。すぐに大きな声を出すし、何かと暴力を振るう。恐ろしい感情を周りに振りまく存在だ。
それに私達を見る目は、人を見る目じゃない。それはすぐに解った。
私は怖くて外に出るのが苦手になった。
だけどあの人は私たちに暴力を振るわなかった。
大きな声で恫喝することもなかった。
とても穏やかで優しい感情を振りまく人だった。
どうも街の怖い男の人とは違うようだ。
母様も随分気に入っている様子だった。
「あの方は不思議な力を持ったお方のようね。心も穏やかで、とても清らかなものを感じます。リザが気に入るのも理解できるわ。私が頃合いを見て、リザと一緒に貴方のことも面倒見てもらえるようにお願いするつもりよ。あの方は優しいし、お人好しなところがあるようだから頼めば嫌とは言わないと思う。任せて起きなさい、きっとうまくやってあげるから」
母様の体調は悪く、もしかしたら故郷の村に帰る日が来るかもしれないと言っていた。
街の空気が合わないのかもしれない。
でもハーフエルフの私や姉様は、エルフの村に住むことは許されないだろう。
姉様が許されていたのは、例外なのだ。
遠くの方で声が聞こえる。
男の人の声だ。
悪意の感情が込められている、とても怖い声だ。
「へへへ、これだけ手土産があれば、兄ちゃんもびっくりして喜んでくれるかなぁ~」
「だけどよ、本当に良かったのか?勝手に動いたら後でどうなるか……」
「ハーフエルフのガキにエルフのガキ2人だ。夜の街に連れて帰って闇のオークションに出せば、凄い値がつく!この街での仕事も手仕舞いだし、兄ちゃんが喜ばないはずがない!ぐひひひひ」
「はぁ……どうなっても知らないぞ。指示を出したのはお前だからな。くそっ、こんなやつのお守りなんて割に合わない役に付いちまった」
「おいっ?何処に行く?まさかとは思うが、ガキに手は出すなよ!下手したら値段が半額になっちまう。これだけリスク背負ってるんだ、益にならないことはやめとけよ?」
「わーってるよっ。うるさいな、様子を見に行くだけだ!」
地面を擦るような足音が聞こえて、大きな男が姿を現した。
身長2メートルはあろうかという大男だった。
薄闇の中から、望むその顔に私は恐怖感を覚えた。
「ひひひ、怖いか?今からお前たちを俺たちの本拠地に連れて行ってやる。楽しい所だぞう?自由で何をしても誰も咎めるものは居ない。血と死臭のする腐った街さ」
そう言うと男は気味の悪い笑い声を上げた。
それに反応するかのように、私の背後からすすり泣く声が聞こえる。
「ん~?お前は泣かないんだなぁ?」
男が私の顔の近くまで寄ってくる。
私は後ろ手に縛られた指をギュッと握る。
「……」
「生意気な面だな。もっとビービー泣いてりゃ可愛げがあるってもんなのによ」
「……」
大男はにやりと不敵に笑う。
「覚えてるか?まぁ忘れてるなら別にいいけどよ。恨むんなら俺に恥かかせたアイツを恨むんだな」
「……」
私は怖いのを我慢して必死に堪えた。
突然、男に平手打ちをされた。
首が千切れ飛ぶかと思うほどの衝撃。一瞬意識を失いかけたほどだ。
口の中を切り、口内に血が貯まる。
私は自分の血の味を感じた。
「お前みたいに、私は幸せですって顔した奴を見ると虫唾が走る。何不自由な暮らせて、苦労など無く何でも与えられるのだろう?自分が幸せなのは当然だって顔だ。そんな奴を見ると、擦り潰してやりたくなるぜ」
男の顔に悪意が満ちる。
「言っておくが助けなんて来ねーぞ。いまやそこら中に巨人どもが集まってきて騒いでるからな。ギルドだって捜索隊を出してる場合じゃない。ましてやあのクソ生意気な小僧1人じゃ巨人の餌になるのがオチだろうなぁ」
男の冷酷な眼差しが突き刺さる。
痛い。すごく痛い。
うう、涙が勝手に出てきそうだ。
嫌だ。こんな奴に負けたくない。
絶対に泣きたくない。
「……んぅ」
「……なんだ?言いたいことでもあるのか?」
男は私の猿ぐつわを乱暴に外す。
私は声を張り上げた。
「兄様は絶対にくる。約束したから!」
「……なに?」
「何が気に食わないか知らないけど、自分の不満を辺りに撒き散らして喚いて暴力を振るうような子供に、誰も優しくなんかしてくれないよ!」
「てめえッ!!」
嫌悪感を剥き出しにした男が再び私に暴力を振るおうとしたその時、その力が振るわれる前に男の仲間達に取り押さえられた。
「馬鹿ッ、なにやってんだ!?お前が殴ったら死んじまうだろうが!」
大男は何かを叫びながら、他の男達に引きずられるように連れて行かれた。
私は指に嵌められた指輪に触れて意識を集中させる。
物凄い速度でこちらに近づいてくる反応。ネロだけど、こんな速度で移動するなんてありえない。
私には理由は1つしか思い浮かばない。
「兄様……」
私は頬の痛みを必死で堪え、祈るような気持ちで助けが来るのをまった。




