第77話 大切なもの
冒険者ギルドにてエリーナ立ち会いのもと、アルフレッド商会への支払いは滞り無く行われた。
「この証文に不備はありません。契約魔術も正式なものと確認がとれました。よってこの取引は契約に基づく正当なものだと立会人エリーナ・ライネは判断します」
最後に書類に血判を押し、契約の精霊に嘘偽りの無いことを宣言して、借金返済のやり取りは終了した。
「若くしてこれだけの財を成すとは、これからが楽しみな逸材ですな。それに金払いもいい。何か入用なときはぜひアルフレッド商会に相談して下さい、お力になれることもあるでしょう」
「……覚えておきます」
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家に戻った俺はリザに支払いが完了した旨を伝えた。
「申し訳ありません。ジン様のご迷惑になるようなことになってしまって……」
リザが顔を伏して、謝罪の言葉を述べる。
借金についてはミラさんが体調を崩して仕事ができなくなった為に、返済が間に合わなくなったということらしい。
「一緒に寝泊まりして、一緒に食事を取って、助けあって生きる。俺たちは家族みたいなもんだろ?いつも皆には世話になりっぱなしだからな、こんな時くらいは役に立ちたい。あー……まぁ、俺を家族と認めてくれたらという前提の話だけどな」
そう言って俺は苦笑した。
リザは目頭に涙を滲ませて、俺の胸に飛び込んでくる。
「ありがとうございます」
俺もリザの背に手を回して優しく抱きしめた。
「あー、おっほん」
少し離れた位置に立つアルドラが、わざとらしく咳をする。
それに気づいた俺とリザは、互いに顔を見合わせて苦笑して離れた。
「そういやシアンの姿が見えないが、どうしたのかの?」
「え?」
どうやら家の中にシアンの姿は見えないようだ。
家の周囲を確認するも、姿は見えない。
「シアンが1人で遠くへ出歩くことはありません」
リザの表情に不安がよぎる。
直感を持つエルフは、そもそも感覚が鋭い。
まだ未熟な彼女は周囲の悪意に敏感に反応し、他人に対して恐怖感を抱いているそうだ。
これが親族のみで形成された森の集落なら、大した問題ではなかったのだ。ある程度成長すれば、そのあたりの感覚にもなれて自然と心のなかで折り合いが付けられるようになってくるのだという。
他人との接触が極端に少ないシアンは、そのあたりの感覚が成熟しているとは言いがたい。
「幼いころに街で男の人同士の喧嘩を見てしまい、その時の悪意を感じ取ってしまったのが原因ではと言っていました」
他人に対して恐怖感を持っているシアンが、1人で行動するというのは考えられないそうだ。
「……俺ちょっと探してきます」
嫌な予感がする。
「私も一緒に」
そう言うリザを俺は静止させる。
「リザはミラさんの側にいてくれ」
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俺とアルドラは冒険者ギルドへ向かって走りだした。
「何か考えはあるのか?」
「ギルドマスターに相談する」
俺は即座に答えた。
「あの人のことだ、力になってくれそうな気がする。なんせ街の平和を守るのが仕事なんだろ」
「にゃー」
いつの間にか頭に乗っていいたネロが勇ましく声を上げた。
「お前も主人が心配で付いてきたのか?」
「にゃうー」
街を駆け抜ける俺の視界に、見覚えのある人影が映った。
「どうしたんじゃジン?急に立ち止まって」
「にゃー?」
俺は少し考えた後、アルドラに切り出した。
「悪い、アルドラはギルドマスターのところへ行って、シアンの捜索を頼んでみてくれ」
「お主はどうする気じゃ?」
「俺は別の方から探してみる。2人ならんで頼みに行っても無駄だろ?」
「何か考えがあるんじゃな」
「ああ」
「……わかっているとは思うが、自分にとって何が一番大切か見失うなよ」
俺は無言で頷き返した。
「おっ、ジンさんどうしたんだい?そんなに慌てて」
街を彷徨くロムルスに声を掛けて呼び止める。
ウサ耳の少女の姿は見えない。
どうやら1人のようだ。
「悪いがのんびり話している暇はないんだ。ちょっと確認したいんだが、前に俺と一緒に居た青い髪の女の子のこと覚えているか?」
んん?とロムルスは少し考えこんで思い出したようだ。
「ああ、あの尻尾触ってきた女の子か。たしかジンさんの妹だっけ?勿論覚えているよ、俺は一度嗅いだ女の子の臭いは忘れないからな」
何か妙なことを聞いたような気がするが、今はそれを言及している時間はない。
「そうだ。今彼女が行方不明で探しているんだが、ロムの【追跡】で探せないか?」
たしか持っていたはずだ。
獣使いギルドに訪れた際に、主人の指輪と隷属の首輪の関係を聞いた。
主人の指輪には【追跡】の力が宿っている。それによって隷属した相手の居場所がわかるのだ。
ならばロムの持つ【追跡】を使えば、シアンの居場所も探れるのかもしれない。
「確かに俺【追跡】持っているけど、なんでジンさんがそれ知ってるんだ?俺話したことあったっけ?」
「そんなことは今はどうでもいいだろう!頼む時間が無いんだ協力してくれ!」
俺はロムルスの目を見て真剣に訴える。
「うん、協力するのはいいんだけど、その行方不明の女の子を探すのは無理だと思うよ」
「え?」
ロムルスの話によると【追跡】というのは、予め対象とするものに印を付けておかねばならないらしい。
その印を辿るのが【追跡】というスキルなのだ。
なんてこった。そうだったのか……
しかしそうなると当てがハズレてしまった。
どうする?闇雲に探しても見つかるとは思えない。
不意に思い出される、あの街で起きた出来事。
そういえばリザとシアンと共に街へ出た時に絡まれた事があった。
ハーフエルフ。ただそれだけで目を付けられ、狙われることがあるという。
俺からすれば、けっして治安が良いとは言えない世界である。何年も遊んで暮らせる大金が手に入るとなれば、犯罪者崩れが魔が差すことも十分考えられる。
だからと言って犯罪者を擁護するつもりもないが。
この世界の常識にも闇の深さにも疎い俺が、油断するべきでは無かったのだ。
「にゃー」
俺の頭の上に乗るネロが声高らかに鳴き声を上げる。
「わかってる。お前も心配なんだろ?」
「にゃー!」
ネロはある方角を見続け、鳴き続けている。
ポンポンと俺の頭を肉球で叩いて合図を送る。
「にゃう!」
「……もしかして主人の場所がわかるのか?」
「にゃー」
ネロは自信ありげに叫んだ。
「よし!案内しろネロ!」
「にゃー!」
俺は体に魔力を巡らせる。
「ジンさん大丈夫か?俺も何か手伝うことあるかい?」
「ありがとう。でも妹が待ってるだろうから急がないと。気持ちだけは貰っておくよ」
「……そっか」
俺は【疾走】を発動させ、街を駆け抜けた。
「……おぉ、凄いな」
高速で人混みを駆け抜けるジンの後ろ姿を見て、ロムルスは感嘆の声を上げるがその声はジンに届くことはなかった。




