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異世界×サバイバー  作者: 佐藤清十郎
第2章 自由都市ベイル
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第76話 金貸し屋

 リザと共に家路へと急ぐ。


 あのラファエルという男、目測で身長190くらいだろうか。

 

 若い女なら誰もが振り返るであろう端正な顔立ち、凛とした佇まい。


 だが何か人を寄せつけない気配というものを、纏っているように感じた。


 俺の脇を通り過ぎるときリザがビクリと震え、怯えていたのも気にかかる。


「あの人、有名なのか?」


 リザは少し考えて答えた。


「……はい、この街では有名です。一年ほど前に薬師ギルドのマスターに就任された若き天才薬師と称されています」


 一年ほど前にフラリとベイルに訪れ、薬師ギルドに加入すると、あっという間にマスターの座へと上り詰めた天才らしい。

 新たな薬の調合法をいくつも発表したり、ありふれた薬草の画期的な使いみちを提唱したりと、ギルドへ加入してからの功績は誰もが認めるほど極めて高いものだったのだとか。


「ただ黒い噂も堪えませんが……」


 もともと薬師ギルドは人族至上主義を謳うことが強かったが、彼がマスターに就任してからはそれがより強くなったのだとか。


「前任者の不可解な死、他のマスター候補の不可解な死、あの人の周りでかなり多くの人が謎の死を遂げています」


 ……は?なにそれ……?


 そもそも加入して一年足らずの新人がギルドの幹部、ましてや頂点に立つなど、どう考えてもおかしな話である。

 それがまかり通るということは、何らかの力が働いているとしか思えないとリザは言う。


「たぶん誰もが思っていることなんでしょうが、誰も怖くて言えないのでしょう。証拠もないそうですし。あの人の周りでは、あの人と敵対するような人物の多くは謎の死を遂げているらしいのです」


 ……なるほどな。リザが薬師ギルドを避けている理由は、そのあたりが原因なのか。




>>>>>




「ただいまー」


 玄関の戸を開けて、呼びかけるも返答はない。


 夕刻というには、まだ少し早い時間だ。


 おそらく二人は部屋にでもいるのだろう。


 そう思って俺たちは家の中へと入っていく。




「ミラさん?」 


 リビングのテーブルに椅子に座った状態から、突き伏せるようにして身を倒す彼女を見つける。


 少し驚いて声を掛けるも、反応があるようには見えない。


 リザが駆け寄って、様子を伺う。


「……ジン様」


 ミラの状態を確認したリザが不安気な表情で顔を上げる。


「え?どうした?具合が悪いのか?病気?」


 俺の声に気がついたのか、ミラが顔をあげる。


「……あら、二人共お帰りなさい。ごめんなさいね、まだ食事の用意出来てないのよ、ちょっと目眩がして休んでいたんだけど……」


 ミラは力なく立ち上がる。その様子から、明らかに何らかの異常があることが見て取れた。


「いや、いいですよ。それより無理しないで部屋で休まれたほうが……」


 ミラはそんな俺の言葉には耳をかさず、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせるようにキッチンへと向かった。


 力なくゆるりと歩くミラの体から、不意に最後に残された体力が消失し、重力に従うように倒れこむ。


 ミラのその異常な様子から、もしかしたらと予見していた俺は素早く動いて彼女を抱きかかえた。


「ミラさん!?」


「お母様!」


 そばで声を掛けるも反応はない。


 ただ微かな息遣いだけが聞こえる。


「とりあえず部屋で休ませよう」


「はいっ。お願いします」


 腕力のないリザでは彼女を抱えて部屋のある3階まで上がるのは難しいだろう。

 

 俺は横抱きにしてミラを抱え込む。いわゆるお姫様抱っこである。


 リザよりも少し背の低いミラは抱いてみると、やはり軽い。

 太っているわけでもないが、痩せ過ぎというわけでもない。

 リザより幾ばくか膨よかで女性らしい丸みを帯びた体型。胸の辺りは大変よく主張している。


 おっと今はそんなことを考えている場合ではなかった。


 ミラさんの体ってすげー柔らかいなとか、なんかいい匂いがするとか、余計なことを考えている場合ではないのだ。


 見た目で言えば20代後半くらいで、リザを大人にしたらこんな感じかなとか、何処と無く漂う大人の色気というか、未亡人って何となくエロい響きだなとか考えている場合ではないのだ。


 3階へと続く階段は中々の急階段である。足を踏み外さないように慎重に登っていく。




「……どういうことだ?」


 ベットに横になるミラは落ち着いているように見える。

 取り急ぎ危険な状態ということもないようだ。


 状態:正常


 魔眼で確認しても異常は見られない。


 何らかの病気を患っているなら、状態:病気と見えるはず。(街なかでそういった表示のものを、前に目撃した)


 であれば、病気ではないのか。もしくは魔眼でも確認できない何かなのか。


「すいません。隠していたわけでは無いのですが、この所は調子も良さそうでしたので、もう改善されたのかと思っていたのですが……」


 リザはそう力なく答えた。


 病気かと問われれば、少々違うらしい。


 そのとき不意に鞄から、何かの反応を感じる。


 ……幻魔石、アルドラだ。




「……ふむ。これは魔力枯渇症じゃな」


 顕現したアルドラが、ミラを一目見てそう語る。


「なんだそれは?」


「エルフの特に女性がなりやすい……病気とはまた違った特性のようなものじゃろう。魔素の濃い森に住むエルフは、その森の中でこそ健康に生活できる。魔素の薄い街に住むようになると、その濃度の差から体調を崩す場合があるのじゃ。無論全てのエルフ女性が、そうなるわけではないがの」


 魔素は空中、地中、水中と何処にでも存在し、人が食べる食物、肉や野菜にも存在する。


 それらを体内に取り入れ、魔素を魔力に変換するのだが魔素の薄い街では、それが上手く行かなくなる場合があるのだという。


 人族では問題ないが、魔素の濃い森で生きる者の特有の性質のようなものらしい。


 そして魔力とはただ単に魔術やスキルの燃料というだけではないのだ。


 枯渇すれば気絶や運動能力の低下という事態を招くということは、生物にとって生活するにあたって必要不可欠な栄養のようなものなのである。


「獣人にも起こりえるのか?」


「いや、魔力総量の低い獣人ではほぼ起こらないようじゃ。それに獣人は森でなくとも生きていける」


 そうだった。森の深くで生きるのはエルフ特有の性質か。

 いや、逆を言えばそういう環境でなければ生きられなかったということか。  


 うまく魔素を体内に取り込めず、魔力を回復、体内で新たに生産できない、できにくい状態。


 それが魔力枯渇症だ。



 

 1階から激しく戸を叩く音が聞こえる。

 

 まるで扉を壊そうとしているのかと思えるほど、暴力的な訪問の合図だった。


「ミラ・ハントフィールドはいるか?」


 玄関から怒鳴るような大声が響いた。


 まったく病人が居るっていうのに、うるさい客が来たものだ。


「ちょっといってくる」


 俺とアルドラが席を立つと、リザも合わせて立ち上がったので俺はそれを片手で静止させる。 


「リザはミラさんに付いていてあげてくれ」


 


>>>>>




 玄関先に立っていたのは2人の男だった。


 獣熊族。革製の衣類に身を包んだ大男。

 四角い顔で、服で隠れていない部分の皮膚は毛で覆われていている。


 獣鼠族。布製の衣類に身を包んだ小男。

 身長130センチ程度で、子供かと思えばそういうわけでもないようだ。

 それなりに歳を取った、年配の男である。


 獣熊族の男は後ろに控え腕を組んで立っている。顔つきは険しく口を真一文字に結んで、微動だにしない。


「ミラ・ハントフィールドはご在宅か?私はアルフレッド商会から来た、ドナートと申すものだ」


 小男が前に出て流暢に語り始める。


 彼の話はいわゆる「貸した金を回収しに来た」というものだった。

 アルドラに目配せして聞いてみると、アルフレッド商会というのはベイルでは有名な金融商会のようだ。


 金融商会と言うのは主な業務を資金の調達、配分、投資としている商会である。

 資金の運用についての相談なども受け付けているという話だ。


「証文もある。既に返済の期限は過ぎている、速やかに規定の金額を返済していただきたい」


 ドナートは懐から獣皮紙を取り出し広げて見せる。

 何やら魔法陣のような文様が描かれ、この国の文字が書かれているようだ。

 おそらく借用の内容が示されているのだろう。


 彼らの提示する金額は金貨にして約20枚。

 手持ちでは不足だが、ギルドの貸し金庫に行けば払えない額ではない。


 しかし本物の証文なのだろうか?


 借用証明書 魔導具 E級


 俺の魔眼で見ても大した事はわからない。

 何か偽装をしている感覚もないため、そういった意味では本物かもしれないが。


「ここの家主は今病床にいる。対応できる状態ではないため、出直して頂きたい」


 そういう俺の言葉に、小男は僅かに眉をひそめた。


「ふむ。だが私も手ぶらで引き下がる訳にも行かないのだ。返済の能力、意思があるかだけでも確認したい」


「その証文が本物かどうかも確認できない。家主は対応出来ないし、俺が応えることは出来ない」


 小男が言うには証文は間違いなく本物で、鑑定所で確認してもらっても良いとの事だった。

 

「これは正式な契約魔術に基づいて行われた取り決めだ。もし返済が滞るようなら、それ相応の対処を取らざるをえない」


 それ相応の対処というのは、奴隷落ちということらしい。

 奴隷商会に身を売って、その金を返済に当てるというものだ。

 もちろん全ての人が、その身を奴隷に落としたとしても金になるとは限らないが。


 だが、もし万が一にもミラさんが奴隷落ちなどという事態は考えたくはない。


「……わかりました。俺が立て替えましょう」


 俺の言葉を信じられなかったのか、ドナートは再度確認をする。

 それもそうか。金貨20枚ともなれば、かなりの大金である。

 俺の今の姿は十代半ばの若造なのだ、おいそれと大金を動かすような人物には見えないことだろう。


 困惑の色を隠せないでいたドナートであったが、俺の「冒険者ギルドの貸し金庫に預けてあるので、そこで支払う」という文言に深く頷いた。


「なるほど、冒険者でしたか。失礼しました、それならば頷ける。もちろん私どもとしては、返済していただけるのであれば何方でも構いません」


 どうやら冒険者というのは、ときに若くして大成するものがいる。といった認識があるらしい。俺の僅かな経験から言えば、そんなイメージは感じないが、魔物の部位には希少価値の高い素材などもあり、条件によっては非常に高額で取引されることもある。運が良ければ、稼げる可能性というのも確かにあるらしい。


「それならばエリーナに同席してもらうと良いじゃろう。あやつの前では、如何なる偽証も意味を成さないからのう」


 疑われていることに気分を害したのか、ドナートの表情が一瞬曇ったが、すぐに取り繕い表情を柔和なものに変化させた。




「ジン様何か有りましたか?」

 

 下へ降りたまま戻ってこない俺たちを心配したのか、1階へとリザが下りてくる。


 俺は事の次第を簡潔に説明した。


「確かに証文に間違いありませんが、それでジン様にご迷惑をお掛けする訳には……」


 リザの表情が戸惑いに揺れる。ミラさんが今奴隷として連れて行かれる訳にはいかないだろうし、かといって俺の迷惑になるようなことは避けたいという考えなのだろう。だが、今はその辺りをここで長々と議論するわけにも行かない。


 このまま返済が滞れば面倒な事態になりかねない。それならば俺が立て替えるのはおかしな話では無いはずだ。


「その話は帰ってからしよう。それとも俺に頼るは嫌か?」


 少し意地悪っぽく言うと、リザは困った顔をしながらも了承してくれた。

 

 


  

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