第73話 エルフの秘薬17
水路の調査依頼を達成した翌日、今日も朝一でギルドへと顔を出している。
だが今日のギルドは何時にも増して喧騒に満ちているようだ。
俺は人混みの中で、ロムルスを見つけ声を掛けた。
「よう、これから仕事か?」
何か考え事をしていたらしく、一拍置いてロムルスが反応する。
「ん?あぁ、ジンさんか」
どうやら討伐で森へ行くかどうか悩んでいたらしい。
「何かあったのか?」
俺は辺りの様子を伺いながら尋ねた。
掲示板の周辺にいる冒険者達も、どうするこうすると何かを話し合って騒がしく揉めているようだ。
「んー、どうも境界の近くまで巨人が来てるみたいなんだ」
巨人、つまりサイクロプスのことだ。
この妖魔は普段は森の最奥、深層域と呼ばれる場所に縄張りを持って暮らしている。
ザッハカーク大森林に生息する最強の魔物の1つだ。
そんな彼らが境界と呼ばれる森の端まで来て姿を見せることは殆ど無い。
そのことからも、どうやら異常事態が起こっているのだとわかる。
境界は新人冒険者の活動領域である。
もし新人が巨人に出くわせば、その結果は目に見えている。
そういうことから森での採取、討伐の活動を自粛するように促しているようだ。
自粛というのは、いわゆる下級の冒険にのみ促されているもので、それ以上の冒険者たちには特に与えられるようなものではないようだ。
もちろんそれらは強制ではないので、最終的な判断は自己責任のもとに委ねられるようだが。
「俺1人なら別にいいんだけど……」
そう言ったところで、彼の影から1人の小柄な女性が姿を表す。
白い髪に赤い目の獣兎族の少女だ。
彼女はやや緊張した面持ちで、ペコリと頭を下げて挨拶する。
「ア、アンナです!はじめまして!」
長い杖をギュウと握りしめ、ローブを羽織ったその姿から見ると後衛職の様だ。
「はじめまして。ジン・カシマです」
ご丁寧にどうもと、わたわたと慌てふためく彼女に苦笑しつつも、俺は握手の手を差し出す。
彼女はより一層慌てて、手に持つ杖を床に落としたりと、どうも忙しない。
俺は視線をロムルスに送って説明を求めた。
「まぁ、ちょっと縁があって最近面倒見てるんだよね。コイツが一緒だと巨人が居るかもしれないエリアはちょっと危険かもと思ってね」
ロムルスが小声で教えてくれたが、どうも素人同然の治療師らしい。
治療師もまた戦闘職に数えられる職業の1つではあるが、危険な領域での活動はまだまだ不安が残るという。
縁があって組むことになったらしいが、獣兎族は獣人の中でも戦闘向きとは言えない種ということもあって二の足を踏んでいるようだ。
確かに俺が見た印象からいっても、この子を連れて危険な場所での討伐は事故が起こりそうでちょっと怖い。
受付でも確認したが、やはり多数の巨人がかなり近くまで接近しているのは間違いないようだ。
下級冒険者への警告ではなく、強制的に採取討伐依頼の停止にするかどうか現在検討中とのことだった。
巨人が縄張りである深層域から出てくるのは、全く無いというわけでもないらしい。
若い巨人ほど好奇心が強く、何かのキッカケで縄張りの外に出ることもある。
だが年間を通してもそのような報告は通常なら数件程度であるという。
やはり何かが起きているのは間違いないようだ。
特に無理して森へ行く理由も無いため、今日は仕事を休みにしようと決めてロムルスたちと別れリザたちの待つ家へと足を向けた。
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「ただいまー」
玄関を開けて、呼びかけるも応答はない。
そういえばミラさんは買い物に行くって言っていた様な気がする。となるとリザは部屋だろうか。
ここしばらくの間で調達した素材を用いて、依頼を受けていた薬の調合に入ると言っていたので、今まさに作業中なのかもしれない。
シアンは部屋で読書だろうか。
家の中へ入り一息つくと、上の階からドタドタと物音が聞こえる。
何か重いものが崩れたような音だ。
まさか泥棒ではないよなと、念のため【探知】【警戒】を発動させて確認のために上の階へと向かった。
リザの部屋から魔力の反応は2つ。
感覚からしてリザとシアンだ。
俺は扉をノックした。
「リザ大丈夫か?すごい物音がしたけど。怪我してないか?」
呼びかけるも反応がない。
まさかと思い、俺は扉を勢い良く開けた。
部屋から溢れ出る白煙。
床を這うように流れ出たそれは、より低いところへと落ちるように滑り拡散していく。
部屋の中は窓が閉じられているのか暗く、カンテラの明かりが僅かに灯るのみであった。
煙を掻き分けるようにして侵入すると、抱えるほどの大きさの壺を部屋内に発見した。
「リザ!シアン!」
ベッドや荷物の影に倒れこむ彼女達を発見した。
俺の脳裏に一酸化炭素中毒という言葉がよぎる。
一瞬にして血の気が引く思いを感じ、すぐさま彼女達を抱きかかえる。
「……んっ」
良かった、どうやら息はあるようだ。
そうだ、換気をしないと!俺は慌てて窓の板戸を押し開けた。
窓から入る風と光が部屋の空気を押し流す。
リザは薬師だ。
言わずとも薬の調合、採取、管理の玄人である。
その彼女が密室で火を焚いて調合なんてことをするだろうか?この世界の技術レベルがどの程度かは知らないが、火の危険性については当然熟知しているものだろう。
この街の発展を見ればそう思える。
壺を触れてみると暖かさはあるものの、熱いというほどではない。
火を掛けられた形跡はあるが、長時間という程でもないようだ。
「リザ大丈夫か?起きられるか?」
ともあれ本人に聞くのが手っ取り早い。
俺は彼女の頬に触れて、意識を覚まさせる。
「水持ってくるか?」
リザはうなされるように、呼吸を荒げるばかりで目を覚まさない。
あれ、ちょっとヤバイかな?医者を呼んだほうがいいのだろうか?というか医者って何処に居るのかわからないのだが。
こういう時の正しい対処法など俺は知らない。
そう考えると専門家を呼んだほうがいいのかもしれない。
俺は床に倒れていたシアンを抱きかかえる。
「シアン大丈夫か?」
小柄な彼女を抱きかかえる。
「……んっ、兄様?」
良かった、気がついたようだ。
「どうした?何があった?」
俺はシアンに問いかけるも、彼女は何も言わず首に手を回し抱きついてきた。
「シアン?」
何か怖いことでもあったのだろうか?
小さく震える彼女を優しく抱きしめる。
はぁはぁはぁ……
「ん?シアン?」
何かシアンの呼吸が荒いような?
抱きつく細腕に力が入り、その身を強く寄せてくる。
おもむろに彼女は俺の首筋に、耳に舌を這わせてきた。
「え!?」
シアンの小さな舌が、忙しく動く。
ものすごく懐いている犬みたいに、ぺろぺろと首筋や耳を舐めてくるのだ。
はぁはぁと荒い吐息が耳に掛る。
「シアン?どうした?何してる?なんだコレ!?」
状態:発情
魔眼が俺に情報を与えてくれた。
何だよ、発情って!?
そのとき背後から突然覆いかぶさる何かがあった。
リザだ。彼女は俺の背中にその豊かな胸を押し付けて、シアンとは逆方向の耳を舐めてくる。そして強引に耳の中に舌を入れてくるのだ。
「リザ!?」
ときおり聞こえる悩ましい吐息。にゅるりと蠢めく舌が、ぴちゃぴちゃといやらしい水音を立てている。
二人共おかしな状態異常になっているようだ。
リザはブラウスにスカートといった装いである。
下着は身に付けているだろうが、このように押し付けるように密着されては、その体の柔らかさを感じずにはいられない。
かつてその身に触れた時は、厚手の布越しということもあった。
だが今は違う。破壊力がかなりマズイことになっているのだ。
これキュアポーションで治るのか?
俺はシアンとリザを力ずくで引き剥がし、腰に備えた鞄に手を伸ばす。
するとリザはその手を掴みあげて、自分の胸へと押し付けた。
「ちょっ!?リザ止めなさい!」
あまりのことに俺は声を荒げる。
「やだ」
リザはそう言ってクスクスと悪戯っぽく笑うと、ぐいぐいと自分の胸に俺の手を押し付けるのだ。
適度に張りがあり、それでいて言いようのない柔らかさ……
あぁ、女の子の体って凄い柔らかいんだな……
そんなことを考えながら、思わず食指が動いてしまう。
あー、やばい。これはやばい。歯止めが効かなくなる。
俺の精神が揺れているのを見越してか、腕を引き胸の中に飛び込み抱きついてくる。
俺は押し倒される形になり、そのままの勢いで唇を奪われた。
「んっ……」
リザの舌が強引に口内に侵入してくる。
甘い香りが鼻孔を擽る。
舌と舌が絡みあい、唾液と唾液が混ざり合う。
例えようのない柔らかさを持つリザの唇が、俺を情熱的に求め貪るのだ。
うおおおおおおおおおおーーーーい!!
やべえええええええええええええええ!!!
どうすんのよコレ!?
どうすんのよコレ!?
流石にこのままの勢いで、どうにかなっちゃうのはマズイでしょう!?
だがしかし俺とて賢者ではないのだ。ここまで来てそうそう堪えられるものではない!
どうしよう。どうする?どうしたら良い!?
ミラさんはいないし……そうだアルドラだ!
特性眷属によって繋がっている彼とは、ある程度の意思疎通ができる。
会話ができるというほど便利なものではないが、相手の危機を感じるくらいには可能だ。
アルドラよ!俺は今この上ない危機に直面している!早く助けてくれーーーッ!!
俺は心のなかで全力で叫んだ。




