第68話 エルフの秘薬12
地下空間は東京ドームなんかが入りそうなほどの、広大な部屋であった。
まぁ東京ドームに行ったことがないから、実際東京ドームがどのくらい広いのかは知らないのだが。
とにかくめちゃくちゃ広いって感じだ。
部屋の中心、その床に何かがめり込んでいる。
……岩ではないようだ。
グレイブディガー 死霊Lv20
巨大な饅頭、そんな容姿である。
焦茶色の体に、ドーム状の丸い体。温泉饅頭を彷彿とさせる形態だ。
直径10メートルはあるかと思う。だいたいバスくらいの大きさはあるだろう。
高さはそれほどもない。というか地面にめり込んでいる。饅頭がいる場所がいくらか陥没しているのだ。
肌は岩のようだ。
ひび割れて、まるで古くなった鏡餅といった様子だった。
生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。
いや死霊というのは、アンデッド系の魔物だったはず。
とういうことは、元よりそういった魔物なのだ。
ただこの形状はまったくもって不明だ。
まだ人型のグールなどは理解できるが、饅頭である。
謎すぎる。
「そういえば迷宮を作る魔物の話を聞いた事があります」
迷宮。いわゆるダンジョンである。
地下へ続く魔物の巣窟だ。
どうやって作られたのかは誰も知らない。
いつのまにか存在し、ダンジョン内部は濃度の高い魔素が充満しているために魔物が成長しやすく、また増えやすいという。
増えた魔物はダンジョンを飛び出し、人の生活圏を脅かす。
人にとっては、この上ない厄介な存在である。
「こいつがその迷宮を作る魔物なのか?」
リザが首を横に振る。
「わかりません。誰も見たことがないので。迷宮は突然出来上がると聞いたことがあります。ですが誰もその課程を見たことが無いのです」
研究者の間では魔物が作っている説が有力の様だ。
不浄な魂が寄り集まり腐肉に受胎して発生する魔物で、地下深くにあるという冥界を目指して穴を掘り続けるらしい。
ただ実際存在するかどうかというのは、実証されていないという話だ。
あくまで一部の研究者の見解である。
ググッ……
「……今動いたか?」
僅かに揺れたような気がしたが。
リザに合図して、距離を取らせる。
この空間に存在する魔物はコレだけだ。
いっそ倒してしまったほうが早いか。
そう考えた矢先、魔物は動き出した。
ゾワゾワゾワゾワ……
饅頭から無数の毛が生える。
「おぉ……」
毛はまるでアンテナのように、ざわざわと動き始める。
そして更に幾つもの触手が、その体表から生えてきた。
触手が空を蠢く。
蹂躙する獲物を探し求めているかのように、それは徐々に激しく活発に動き始めた。
グパァッ
饅頭の体に巨大な単眼が生まれた。
ギョロリ
真っ赤な禍々しい瞳が見開き、俺を見つめる。
その邪悪な姿は、この世に終わりを告げる悪魔のようであった。
【雷撃】 S級
杖から稲妻が放たれた。
今までにない巨大な光の帯であった。
轟音が空間に反響する。
空気が振動し、切り裂かれたような凄まじい音。
レベルが上ったことで、S級までスキルランクを上げられるようになったのだ。
極大の雷が魔物の眼球に直撃し爆ぜた。
爆音が部屋に響き渡る。
1撃であった。
「あー、凄えな……」
魔力の消耗も激しいが、威力も激しい。
魔物は爆散し、破片が周囲に散らばった。
強力すぎる魔術の代償か、杖が悲鳴を上げている。
相当に耐久力を消耗させてしまったようだ
魔物が居た場所に魔石が落ちている。
魔石はかなりの硬度があり、簡単には砕けないそうだが、あれを受けて残るとは相当である。
魔石(掘削)
手のひらから魔力の波による振動を当てて、対象を破壊する術のようだ。
「ジン様っ」
駆け寄ってくるリザを受け止める。
「案外あっさり片付いたな」
俺は軽い調子で答えた。
「すごい光でした。あれがジン様の本当のお力なのですね」
リザは熱にうなされたように頬を染め、心酔するかのような眼差しを向けてくる。
「まぁあれは魔力を使いすぎる。そう滅多には使えないのだがな」
「そうであっても凄いです。凄すぎます。あぁ、こんなに凄い御方だとは……」
どうやらまたリザの俺への評価が上がったようだ。
>>>>>
「こっちだな」
俺はリザの手を引き、洞窟内を移動している。
風の流れを感じるが、それ以上に何か懐かしい気配がするのだ。
もちろんここへ来たのは初めてのことだし、もともと洞窟に住んでいたという事実もない。
懐かしいなんてものは気のせいに違いないのだが、何か言い知れぬ予感がするのだ。
俺はその感覚を確かめるべく、その気配の先へ向かって歩みを進めている。
地下空間からは、幾つかの道へ繋がっていた。
どうやらあそこが最下層というわけでもないらしい。
俺はそのうちの1つの道へ入り進んでいる。
はぁはぁはぁ……
リザの息が上がっている。
そろそろ休憩を取ったほうがいいか。
「リザちょっと休憩しようか」
俺がそう呼びかけた時、彼女は何かを発見したようだ。
土壁の一部が石で出来ている箇所があるのだ。
岩ではなく、人工的に作られた石の壁だ。石材を組み合わせた建築物の様だ。
「リザ離れていてくれ」
土魔術【掘削】
先ほど修得したばかりの魔術を試す。
土の中に見える石の壁その周辺の硬い土を破壊していく。
見る間に壁が崩されていった。
そして石壁が顕になった。
緑晶石 素材 D級
リザの家の地下室でみた遺跡と同じ素材である。
ザッハカーク大森林には数多くの遺跡があるのだという、もしかしたらこれもその1つなのかも知れない。
俺は石壁に向かって【掘削】を放つ。
硬い土に比べれば遥かに高い強度だ。
しかしスキルランクをSまで上げれば、破壊出来ないことはない。
ドガガガガガガガガッ
時間は掛かかるが、石壁は徐々に砕け亀裂が入り、少しづつ破砕が進んでいく。
この先に何があるかは分からないが、あの地下遺跡のような部屋があるのかもしれない。
それならば休む場所があるかもしれない。
だがそれよりも俺の予感が、この先に何かがある気配を感じているのだ。
壁に亀裂が一気に広がった。
大きな音を立てて、石壁が崩れ去る。
奥の空間から風が流れ込んでくるのがわかった。
「凄い……」
「あぁ遺跡と繋がっていたようだな」
緑晶石で作られた遺跡だ。
中は淡い光に照らされ明るい。先ほど魔物のいた地下空間よりは狭いが、コンサートホールくらいの広さはありそうだ。
直径数メートルはあろうかという、太い石の柱が整然と等間隔に並んでいる。
まるで古代の神殿を思い起こさせる様相であった。
石畳の床の隙間からは、所々に草や短い木が生えている。
柱や床、壁などの至る所に苔が生え、もともと緑の石壁はよりいっそう緑を濃くしていた。
ここに至る地下空間とは違って、この場所は清浄な空気が支配しているようだ。
「中を調べてみよう」
「はい」
【探知】で探るも魔物の反応はない。
だが何かが居る。先程からそんな予感がしているのだ。
「何かですか?私には感じません……でも危険な感じはしませんね」
リザの直感でも何も感じないようだ。
「あっ、これは!」
リザが何かを発見し、石畳から伸びる植物の茂みを探る。
「どうした?」
リザが宝物に触れるように、何かを慎重に採取する。
「これは紫草ですね。マナポーション作製に使う素材の1つで、魔力回復の効果を増幅すると言われています。こんなにたくさん……凄いです。これだけあれば当座のぶんは、十分に確保できそうです」
サボテンの様な肉厚の葉だ。
トゲは無くツルンと表面は滑らかであり、全体的に薄紫色をしている。
希少な薬草を見つけて興奮しているのか、リザのテンションが高い。
「少しここで採取をしていてもいいでしょうか?あっ、安全を確かめてからのほうが良いですね……」
「いや、おそらく大丈夫だろう。奥は俺が見てくるから、リザはここを頼む」
俺は薬草の採取をリザに任せて、奥の探索を進めることにする。
危険な場所での採取なら1人にさせるわけにはいかないが、この場所は大丈夫だと思う。確証はないがそんな気がするのだ。
リザには何かあれば直ぐに知らせるように伝えた。
遺跡の中を周囲を確認しながら、ゆっくりと歩く。
魔物が居るような雰囲気ではないが念のために、それにこの場所から感じる不思議な感覚の正体を探るためだ。
しばらく進むと、この空間の端までやってきた。
「これは……」
巨大な石像があった。
かなりの年代モノらしく、彼方此方が掛け損傷している。
足元は苔で覆われ、時の流れを感じさせた。
石像は人型の何かだ。当然俺には理解できないものであった。
あえて言うなら明王像などといった雰囲気のものだ。たぶんこの世界の、もしくはこの辺りに住んでいた人々の信仰する神か何かかもしれない。
そしてその傍らに、石像により掛かるようにして存在するものがあった。
死体だ。
人の死体。
ボロ布に包まれ、石像に身を寄せたまま朽ちて骨と化している。
ボロ布はローブか何かだろう。生前は魔術師だったのかもしれない。直ぐ傍に朽ち果てた木の棒が転がっていた。
骨
朽ちた杖
魔眼で見ても碌な情報は得られなかった。
仲間とはぐれ、ここで最後を迎えたのか……
見たところ俺達が破壊して侵入した壁以外、この部屋は密室のようだ。
どうやってコイツが侵入したのかはわからんが、何か問題が起きて帰れなくなったのだろう。
こんなところで1人で死を迎えるとは、不憫なやつだ。
せめて埋葬でもしてやるか。
土魔術【掘削】
石畳の床を破壊して穴を掘る。
まぁそんなに深くなくてもいいだろう。墓を荒らすような野犬もいなさそうだし、既に骨も風化が激しい。
俺がせっせと穴を掘っていると、不意に誰かの声が聞こえる。
『………』
「……??」
幻聴か?微かな音、いや声だな。囁くような小さな声だ。
リザかと思ったが、彼女は今も採取に勤しんでいるようだ。近くには居ない。
しばらく立ち止まり耳を澄ますも、特に何も聞こえない。
気のせいかと思い直し、再び穴掘りを再開する。
『………』
「……ん?」
また何かが聞こえたような気がした。
幻聴では無い。
完全に何か居る。
「……誰だ?姿を見せろ」
静まり返る空間、だが気配はする。これは魔力だ。
この場所にとてつもない強力な魔力が渦巻いている。
だが危険な、邪悪な感じはしない。
それよりも何か懐かしい、穏やかな気分にさせてくれる気配があった。まるで田舎のばあちゃんの家に来たような感覚だ。
ふと気づくと、骸の傍の石垣に腰掛ける、少女の姿があった。
年の頃は十代前半くらい。
シアンより若いか、同じくらいだろう。
幼い子供のような無邪気な笑みを浮かべている。
「……誰だ?」
何処からとも無く、唐突に現れた少女。
明らかに普通ではない。
見た目こそ人族のようだが、人ではない。
その姿は半透明なのだ。
まるで亡霊の頃のアルドラのようだ。
少女はくすくすと笑う。
体全体から闘気スキルを使った時のような輝きを放っている。
紫色の輝きを纏った半透明の少女だ。
ただその存在感からただの亡霊とは思えなかった。
雷精霊 ジン
「精霊か……」
いままでコイツに魔眼を使っても反応しなかったのが、急に情報が飛び込んできた。
まるで手のひらで転がされているような嫌な気分だ。
だが敵意や悪意といった負の感情は感じない。
エルフや獣人族なんかは精霊信仰が今も強く根付いているらしい。
精霊の存在を感じられる者は時代をと共に少なくなり、その声を聴ける者も僅かとなった。
今の時代精霊を見えるものは、世界中探しても居ないと言われている。
精霊の存在を感じ、声が聞こえ、姿が見えるものは精霊使いと言われ、精霊とともに信仰の対象となっているという。
雷精霊ジンがゆっくりと腕を持ち上げ、指先をこちらへ向けた。
俺が警戒する間もなく、その指先から細い紫電の糸が走り、一瞬で俺の眉間へと到達する。
バシンッ
雷が全身を貫ぬき衝撃が走った。
細胞1つ1つに電気が流れる。
だが不思議と苦痛を感じない。ただ巨大なエネルギーが体を通過した感覚。
なんというかまるでオフになっていたスイッチが、一瞬で全てオンにされたような感じだ。
今まで理解できなかったことが、唐突に理解できるようになった気がした。
雷精霊ジンはこちらをにこにこと見つめる。
子供のような無邪気な笑顔だ。
脳裏にあの日の夜の出来事が蘇る。
「俺をこの世界に呼んだのはアンタか?」
肯定の意味か、にっこりと満面の笑みを浮かべる。
「そうか」
さっきの雷のせいなのか、何となくコイツの意識を感じることができる。まるで心が繋がったような感覚だ。
「もしかして俺が呼ばれた理由って、コイツか?」
俺の視線が骸へと移る。
やはり雷精霊ジンは、にこにこと笑顔を見せるのだった。
「はぁ……そうか」
意識が繋がると言うのは、いわゆるテレパシーのようなイメージだ。
繋がっているという感覚はある。おそらくアルドラとの眷属関係に近いものだろう。
だが精霊は具体的な解をくれない。
ハッキリと言葉で教えてくれる訳ではないのだ。
朧気なイメージが伝わってくるような感じだ。
どうもこの感覚は、人のそれとは違う。もっと純粋な意識を感じる。
なんというか植物にも近いように思える。
人間の喜怒哀楽のような複雑な感情は感じない。
もっとシンプルな感じだ。だが心が無いというわけでもないようだ。
矛盾しているように思えるが、好奇心のようなものもあるように思える。
なんというか子供のような、もしくは自然がそのまま具現化したかのような存在のようだ。
「何故俺が選ばれたんだ?」
雷精霊はじっと俺を射抜くように見つめる。
望んだ?俺が?
望んだということは、どういうことなんだ?
俺が自分で望んでいた?ここではない何処かへ。何処か遠くへ行きたいって?
……僅かな時間考える。
否定はできない。
心当たりは有る……気がする。
仕事は忙しく、禄に自由な時間も取れない毎日。
疲れて帰ってきて寝るだけの家。
親も兄弟もいない、恋人もいない、友達もそれぞれの人生を歩んでいる、そう滅多に会えない。
疲れていたのかもしれない……孤独だったのかもしれない……
意識したことは無いが、もしかしたらそういった気持ちも無くはないだろうな。




