第6話 戦士の願い
墓場の端にある大きな石に、肩を落とし座り込む、その男の周辺には、先ほど見た発光体が、ふよふよと浮かび漂っている。
もしかしたら彼はそういう存在なのかもしれない。
いや、もしかしなくてもそうだろう。
なんか若干、半透明だし。
大柄な体躯だが、今は肩を落とし縮こまっているため小さくも見える。
上半身裸で筋骨隆々といった体は、ボディービルダーかK-1選手かといえるほどだ。
胸くらいまではありそうな長い銀髪に、下半身は七分丈の革パンの様なものを履いている。
うーん。
これは放置するべきか、接触するべきか。
魔物の類だと、ゴーストみたいな魔物は厄介な部類に入るというイメージがある。
物理攻撃が効かなく、魔法、特に聖なる属性の攻撃でなければダメージを与えられないといったような感じだ。
今の俺には強化された雷魔術もあるが、それがどこまで通じるかはわからない。
ゲームのようには考えないほうがいいだろう。
しかしゴーストだとすると、教会の正面に出現するのも、どうなんだって感じもある。
ゴーストだとしても、悪霊といったものの類ではないのかもしれない。
俺はとりあえず情報を得るために、気付かれないように魔眼で確認できる位置まで近づくことにした。
魔眼の射程距離は、おおよそ50メートルくらいだと思う。
肉眼で見えるのが前提だが、ある程度近づかないと、うまく力が使えない感じだ。
今のような夜、視界の悪い状況だと、さらに射程距離は短くなるようである。
俺は生い茂る草木の影から、盗み見るように、魔眼を発動させた。
アルドラ・ハントフィールド 亡霊Lv4
亡霊……これだけだと、危険なのかどうなのか、わからないな。
俺が、どうするか思案していると、不意に男は立ち上がり、声高に叫んだ。
『おい!今俺を見た者!何処だッ!出てこいッ!』
魔眼で見たのがバレたようだった。
『そこ居ることはわかっている!直ちに姿を表さぬ場合は、死すら生ぬるい苦痛を持ってして厳罰を与えるッ!』
男は俺に背を向け、明後日の方向へ指差し叫んだ。
……俺が何処にいるかまでは、わからないようだ。
男はけっこうな興奮状態のようだ。
俺は悩んだが意を決して、男の前に姿を現した。
『むっ!そこにいたか!ハントフィールド氏族が族長アルドラが直々に引導を渡してくれる、かんねんせい曲者め!』
俺は何だかテンションの上がっている男に事情を話すべく、落ち着いて語りかける。
「待ってください、勝手に村に侵入したのは謝りますから、俺の話を聞いてもらえませんか?」
『聞く耳もたん!死ねいッ!!』
聞いちゃいなかった。
男は俺に向かって、鬼の形相で走り寄って来る。
これは困った。
俺は両手を前に突き出し、左右の手で同時に電撃を放った。
雷双撃
それぞれの手から繰り出される雷撃は、互いに絡み合い、一つの光の束となって、男に命中した。
ズガァンッ!!
激しい衝撃音と共に、吹っ飛ばされる亡霊。
彼はそのまま高台の崖より下へと落下していった。
「……ふぅ、危なかった」
危機は去った。
さてもう一眠りするか。
『まてい!』
戻るの早いな。
「……なんですか?」
『あ、いやちょっとまってくれ。その、なんだ、わしを見える者に久しぶりに会ったからの、なんかテンション上がってしまってのう?な?わかるじゃろう?だから、その手のビリビリって光ってるのやめてくれんかの?』
俺はいつでも雷撃を放てるよう待機状態にしていたのを解除した。
まぁ待機状態にしていなくても、すぐ撃てるんだけど。
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夜はちょっと冷えるので、湯を沸かしコーヒーを入れた。
「飲みます?」
『わしは亡霊という身ゆえ飲めぬのだ』
最初のテンションとは打って変わっておとなしくなった男は、今俺の前であぐらをかいて座っている。
白い肌に、隆起した筋肉の上半身。
輝く銀髪に青い瞳。
立って並ぶと2メートルを超えるだろうと思われる美丈夫である。
「そっか、亡霊ですもんね」
『それは何じゃ?黒い……まるで炭の汁のようじゃな』
「コーヒーという俺の故郷の飲み物です。疲れがとれるし、体にいいんですよ」
『ほう……とても体に良さそうな見た目ではないがのう』
「こればっかりは飲んでみないとわかりませんよね」
『ところでお主は何者だ?人族の子供のようだが、ただの子供ではあるまい。あのような強力な魔術、相応な修練を積んだ魔術師でなければ到底扱えぬ』
俺は自分の、これまでの経緯を話した。
やっと出会えた現地人が亡霊とは、ちょっと考える所ではあるが、今の状況を誰かに相談したかったのは事実だった。
『まこと不思議な話だ。出任せを言ってるようにも思えんしの』
アルドラは俺が転移者の証拠の品として渡した、壊れたスマホを弄っている。
壊れてるせいもあって反応はイマイチだったが、アルドラにとっては未知の技術で作られている物体であり、多少の興味を引いたのか不思議そうに見ている。
「帰る方法なんて、わかりませんよね?」
『わからん』
でしょうね。
俺もだろうとは思っていたが、聞かずにはいられなかった。
「あ、そうだ、すいません村の中いろいろ物色しちゃったんですけど」
もうだれもいないと思って、食料など勝手に持ちだしていたのを思い出した。
対価を求められても、今の俺には支払い能力は無いのだが。
『案ずるな。この村はとうに捨てられた地、何をどうしようが、誰も文句は言わんじゃろう』
村に残っている物は好きにしていいという族長直々の許可を頂いた。
「ありがとうございます、助かります」
ふと見ると、アルドラの耳が長く尖っていることに事に気がついた。
『エルフ族が珍しいか?』
やはりそうだったのか。
ただ俺のエルフのイメージって、こんなに筋骨隆々な感じじゃないんだけど。
エルフって線の細い感じのイメージだよな。
この世界のエルフはみんなゴリマッチョなのだろうか。
「すいません、俺の故郷にはいませんでしたので」
『かまわん。我らは滅多に森から出ることはないからの、見たことのないという者も少なく無いだろう』
「他の村の人は、どうされたんですか?」
アルドラは寂しそうに、遠くを見つめ静かに語った。
『この村は、しばらく前に魔物に襲われてな。その際に多くの若者が犠牲になった……生き残ったものも、散り散りに逃げたゆえ、今どうしているか検討もつかぬ』
何かあったんだろうとは思っていたが、やはりそういうことだったのか。
アルドラはそのときの無念から、現世に留まっているのだろうか……
俺が顔を曇らせ押し黙っていると、アルドラはふっと笑い口を開いた。
『森に住まう者ならば、そういう可能性もあり得ること。お主が気にするような事ではない』
「アルドラさんはいつまでここに?」
地縛霊の様なものか。
彼には救われる日が来るのだろうか?
『わしにはやり残したことがあるでな。それが終わるまでは、消えるに消えられぬ』
アルドラはにやりと笑ったが、その顔はどこか悲しげだった。




