第66話 エルフの秘薬10
ズシンッ
ズシンッ
ズシンッ
巨大な脚が大地に沈む。
木材を集め無理やり人の姿に形作った巨大な人形。
ウッドゴーレム。
リザの香りを楽しむ暇も無く、それが群となって俺達の目の前に現れた。
「オオオオオオオオオオォォォォォーーーーーーンッ!!」
人形と言うには不細工な作りだ。
これを作った作者はよほど不器用だったと思える。
一応頭があり腕が2本、胴体に脚が2本あるために人型とわかる。
顔の部分は面を被ったように能面だが、左目に当たる部分だけが赤い単眼として輝きを放っていた。
口も無いのに何処から声が出ているのか気になるところではあるが、悠長に考えてる暇はない。
雷魔術 A級
探知 D級
巨大な体。
捕まれば人など、容易く握りつぶせるであろう巨大な腕。
ただ彷徨くだけで、その存在自体が脅威となる。
唯一の救いは致命的に脚が遅いことくらいだ。
「いい的だ」
だがそれが俺にとっては、最高の獲物だった。
杖の先から凶悪な雷が解き放たれる。
予め【雷付与】も施してあるため、更に強力になっているだろう。
ウッドゴーレム 魔導兵Lv18
5メートルはあろうかという巨体が雷の直撃を受けて激しく揺れる。
上半身の大部分を失い、その破片が空中に撒き散らされた。
ゴーレムは自重からか、バキバキと乾いた高い音を立てて崩れるように自壊した。
「ゴーレムってのは柔らかいな」
大気を揺るがすほどの雷が、ゴーレムの群れを次々に葬っていった。
腕を吹き飛ばし、脚を吹き飛ばし、胴体を根こそぎ吹き飛ばす。
ウッドゴーレム 魔導兵Lv19
弱点:火雷 耐性:水光
スキル 木工
もうかなりの数のゴーレムを破壊したと思うが、まだ終わりは見えてこない。
最初は5匹ほどだと思ったのだが、いつの間にか増援が来ていたようだ。
一定の数を倒すと、魔物のステータスも見えるようになるのだが、木工ってどういうことだろうか?椅子とか作れるようになるのかな?
そんなことを考えると、一瞬判断が遅れた。
ゴーレムの腕が迫る。
「くっ!」
俺は何とかギリギリで【雷撃】を放った。
迫り来る腕が爆ぜる。
一瞬の判断でリザを庇うように動く。
破片を正面から浴び、激痛が体を駆け抜ける。
「ジン様!」
後方に控えていたリザが俺を抱きかかえた。
俺の怪我を案じて、悲痛な顔を見せる。
「大丈夫だ、ちょっと掠っただけだ」
破片が頬を切り血が流れる。
体は鎧を着込んで居たため、たいした被害はなかった。
お構いなしに、ゴーレムはにじり寄ってくる。俺を捉えることに執念を燃やしているかのようだ。
追撃してくるゴーレムに俺は【雷撃】を放つ。
「今のうちに距離を取ろう」
俺達はゴーレムの群れから距離を取るように、後方へ走っていった。
幾らか進むと崖に突き当たる。
行き止まりだ。
ゴーレムはすぐに来る。
脚が遅いとはいえ、そう距離は離れていない。体が大きいぶん歩幅はあるからな。
「ジン様、こっちです」
横穴を見つけた。
熊の巣穴にしては大きいが、たぶん何か大型魔獣の棲家だろう。家主は今は居ないようだ。
もしかしたら捨てた家かも知れない。
俺達はとりあえず其処へ身を隠すことにした。
「ジン様、痛くないですか?」
リザが頬に傷薬を塗ってくれた。
たいした痛みもないので、それほど深い傷ではなさそうだ。
「ありがとう。大丈夫だ」
ズシンッ
ズシンッ
ズシンッ
横穴の入り口近くに足音が近づいてくる。
穴はそれほど奥行きはない。
あの巨体では入ってこれないとは思うが……
「あっ!」
リザが叫ぶ。
振り向くと、穴の中へ手を差し込んでくるゴーレムの腕が見えた。
ズリズリズリズリ……
穴の中の天井は高さ2メートルに満たない低いものだ。
そこへゆっくりとゴーレムの枯れ木の様な腕が差し込まれる。
天井、壁、床を擦りながら徐々に侵入してくるのだ。
俺達は身を寄せ合い、奥へと後退する。
だが既に最奥まで来ていて、もう下がることは出来ない。
俺はリザを後ろにして杖を構える。
こんな狭いところで【雷撃】を放てば穴が崩れるかもしれない。
間違えて壁に当ててしまっては大変だ。
リザが俺の腕にしがみつく。
「心配するな。このゴーレムは雷が弱点のようだし、俺は相性が良い。軽く蹴散らして街へ帰ろう」
俺は余裕を見せてにやりと笑った。
「心配していません。ジン様の凄さはよく知っていますから」
ゴーレムの腕が近くまで伸びる。
まるで巣穴へ逃げ込んだ兎を、捕まえようとしている狩人のように。
だがお前の追っている兎は、少しばかり凶暴だ。
【雷撃】
杖から紫電が放たれた。
獲物を求める雷蛇が、その太い枯れ木に噛み付く。
乾いた甲高い音がして、ゴーレムの腕は打ち砕かれる。
轟音が穴の中で反響し、壁が地面が揺れたような気がした。
こんな狭い場所で使うもんじゃない。
幸い鼓膜は破れていないようだ。
俺はリザの手を取り、穴の入り口へ向かう。
腕を失ったゴーレムが、入口付近で立ち尽くしていた。
まるで怒りに震えているかのようだと思ったが、実際は能面で表情などわからない。
【雷撃】
立ち尽くすゴーレムの腹部に直撃した。
激しい音と閃光と何かの燃える臭いが、周囲に溢れる。
バキバキと音を立てて、ゴーレムは2つに分離した。
「立ち尽くすばかりじゃ、動かない木と変わらないな」
ともあれ数が多い。
マナポーションは使ってからまだそう時間が立っていないので、今飲んでも十分な効果は得られない。
森の中で見つけた薬草、苦渋草を齧っているが気休め程度だという。
苦渋草はリザが教えてくれた薬草で、苦くて渋くてとても食えたものではないが、齧っていると魔力回復を促進してくれる薬草らしい。
こんな切羽詰まった時じゃないと、絶対に口にはしたくないクソ不味い草である。
ゆっくりと近づいてくるゴーレムを【雷撃】で沈黙させる。
少々体力的にも疲れが出てきた。
しかし目に見える範囲のゴーレムの数は、確実に減ってきている。
たぶん増援はない。
これを乗り切れば、一息着けるはずだ。
だが魔力消費の大きな【雷撃】を乱発しているため、いくら魔力総量の多い俺とはいえ枯渇してきた。
上手くすれば全滅されられると思うが、魔力の消耗具合が上手く行かなければゴーレムを全滅させる前に、魔力の枯渇から気絶や強制睡眠になってしまうかもしれない。
そうならなくても運動能力は著しく低下するだろう。
そうなれば逃げることも戦うことも敵わない。
リザも疲弊している。攻撃力のないリザではゴーレムを破壊する術はない。俺を担いで【脚力強化】で逃げるのは無理だろう。
1人ならこの場を逃げることも可能かもしれないが、ここまで森の中まで入り込んでいては1人で街まで戦闘を回避し続けて行くのは不可能だ。
「ここが正念場か……」
リザの身も、俺自信も危険に晒されているというのに、何故だが少し気持ちがいい。
疲れで頭がおかしくなったのだろうか。
リザが俺に寄り添ってくる。
「失敗したら死ぬかもしれん」
俺はリザの顔を見ずに、ぼそりと呟く。
「ジン様と一緒なら怖くありません」
リザは穏やかな口調で言ってのけた。
この世界では死は日常的にすぐ傍にある。
盗賊は珍しくないし、街から出れば魔物は幾らでもいる。
病院にあたる治療院は高額で貧乏人は通えないし、薬も大変高価なものだ。
病気や怪我で命を落とすものも少なくはない。
誰しも死は隣人のように、直ぐ傍にいるものと認識している。
だが俺も少なからず、それに近い感情がある。
両親を幼いころに無くし、成人まで育ててくれた祖父母も恩返しも出来ぬまま亡くしてしまった。
俺にとっても死は身近にある存在だ。
俺もいつ死ぬかわからない。
事故か病気か。
事件に巻き込まれることだってあるかもしれない。
まぁ人の恨みを買うようなことは、していないつもりだが。
ともかく死ぬときは死ぬ。
それが明日か50年後かは変わらないが。
そんなある種、達観した考えを持っていたわけだが、今は正直死にたくないと考え初めている。
まだ死ねない。
足掻けるとこまで足掻いてやろうと。
俺はリザの顔を見て、改めてそう感じた。
「リザ試したいことがある」
「はい」
「あー、まぁ上手く行くかはわからないのだが」
俺は不安気に口ごもった。
「でも自信はあるのでしょう?」
リザの顔は晴れやかだ。
なんの不安も感じていないかのように。
俺のことを信頼しきっている。そんな顔だった。
俺は彼女の耳元で囁いた。
「もう少し時と場所を選べればよかったのだが」
「いいえ。それに初めてお会いした時も、この様に魔物に囲まれていましたよね」
リザはそんなに昔のことでは無いはずなのに、懐かしく感じるとクスクス笑った。
「あの時も大変だったな」
リザのあの頃の姿を思い出して、ふっと口元が緩む。
「あ、あれは忘れてもいいです」
リザは不本意だと、苦い顔をした。
俺はリザを優しく抱き寄せる。
「ともかくここを乗り切ってからだな」
「はい」
リザは静かに頷いた。
目を瞑り、俺のすべてを受け入れようとするリザ。
だが緊張もしているのだろう、触れればそれが伝わってくる。
そんな彼女にこれ以上ない愛おしさを感じ、その小さく潤んだ口元に唇を重ねた。




