第63話 エルフの秘薬7
結果から言うと逃げられた。
わからん。
なぜ避けられたのか。
雷の魔術の速度はかなり早い。
光の速度かどうかは分からないが、リザの風球と比べると一目瞭然である。
バジッと光ったと思うと、目標に命中している。そのくらい早い。
早すぎてそのエネルギーの残光しか見えない。
気づいたら当たっている。そういうレベルだ。
【風球】も早いが見えないという程ではない。
100キロは出ていないと思う。
ちなみに【風球】というのは魔力で圧縮した空気の塊らしい。
俺は魔眼があるためかはっきりと視認できるが、一般的には空気の揺らぎのように見えるだけで、しかもそれが高速で発射されるため、非常に見えづらい厄介な魔術のようだ。
サッカーボール程の大きさで有効射程は20メートルほど。もちろん魔力を込める量を調節することで威力を増減したり、魔力の消費を調節したりも可能。
球の大きさを変えたり、密度を変えたり、射程を伸ばしたり等も出来るらしい。まぁそこまで行くと相当なレベルの魔力操作の技術が必要となるようだが。
「気になさらないで下さい。きっとまだ近くにいると思います」
がっくりと肩を落とす俺を、リザが優しく励ましてくれる。
逃げられたこともショックだが【隠蔽】に加え、背後から極めて早い雷魔術の奇襲を避けるって、どうやったら避けるに至るのか不明過ぎる。
第六感的なものだろうか。
エルフにも直感があるのだ、魔物にも本能的な何かが備わっていてもおかしくはないが。
エルクはこちらを振り向かずに、そのままの姿勢で横に飛び退いた。
【麻痺】を撃ち出すと同時か、もしくは一瞬早く。
意外な動きに俺のほうが驚いた。
そして着地すると、奴は振り向かずにそのまま全力で逃走した。
物凄い速度で。
辺りが薄暗くなり始める頃、狩小屋に到着した。
近くに沢があり、地面が迫り出した崖のような場所。
その岩肌のとある場所に窪みがある。
周辺は蔦が垂れ下がり植物が生い茂っていて、一見してもそうとは分からないが注意深く見てみると、引っ込んだ岩肌の先には木の扉が存在していた。
「これは言われないと気づかないな」
生い茂る植物を掻き分け、垂れ下がる蔓をのれんのように潜り、その奥に隠された木の扉を引き開けた。
中は岩をくり抜いて作った秘密基地と言った様相である。
明かりを取り入れる窓のようなものは無さそうだ。
横長の穴蔵といった作りは、奥へと目をやると魔眼を持ってしても暗がりで良くは見えない。
熱を発生させない火球【灯火】を使って中へと入る。
「しばらく使われた形跡はないようですね」
辺りには僅かに埃が積もっている。
天井は低く2メートルくらい。硬い土の床、無造作に設置された簡素なテーブルに椅子、おそらく横になるための場所であろう床から30センチほど上がった板間。
奥に行くと火を起こすような囲炉裏の様な場所もある。脇に置かれた薪を見ても間違いないだろう。
「一応換気のされるような作りになってるんだな」
閉鎖感は凄いが、部屋の中にいても空気の流れは感じる。
どこかに風の通り道があるらしい。
湿度もそう感じない。こんな様相でもカビ臭いといった不快なものは感じなかった。
このような場所は森の中に幾つもあるらしい。
彼ら狩人はこういった場所を拠点に、自らの糧となる獲物を探すのだという。
「今日のところはここで休んで、探索は明日再開といたしましょう」
リザが進んで調理の支度をしてくれる。
火を起こし、鍋に水を張って湯を沸かす。
どうやら粥を作るらしい。
「私は母様のような料理は作れませんので……」
設備的なこともあるし、この場で作れる物は限られる。
そんな中でも頑張って作ってくれているというのは有難いものだ。
それにリザは普段は料理をしないらしいが、俺のために頑張っているというのが、更に愛おしく感じてしまうのは当然のことだと思う。
ミゼット麦 食材 E級
「初めて見る食材だな」
前に見たオーガ麦より粒の小さい穀物だ。形状は球体に近い。
「煮て食べれば柔らかく、甘みもあって大変美味とされている麦です。体にも良いとされていて、幼児や病人に食べさせるのにも適していると、市場でも良く出ているそうですよ」
値段も安く、平民でも常用として買える程だという。
ベイルでも多く流通していて、パンに次ぐ主食となる食材のようだ。
なんでもミゼット族が主食として栽培していることから付いた名前らしい。
テーブルにミゼット粥、干し肉、ヒワンの実が並ぶ。
「お、久しぶりに見たな」
アルドラの村では世話になった、ヒワンの実である。
手に取り香りを嗅ぐと、甘い香りが鼻孔を擽る。
「魔素の濃い森などでしか栽培できない果実らしく、日持ちもしないことから市場には中々出まわらないそうですが、たまたまここへ来る前にお客さんから頂いたものがあったので持ってきました」
ジン様がお好きなようなので、とリザが気を利かせて持ってきてくれたようだ。
なんとも気の利く娘である。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
粥は普通に粥だった。塩を振って頂いたが、米の粥とそう大差ない。
しいてあげれば甘みは強いかもしれない。ベイルでは甘味は貴重で高級品である。蜂蜜、白糖、黒糖などが市場で売られているが、どれも高い。
平民では気軽に買える値段ではないのだ。それを考えると、この自然な甘みは平民には、ごちそうになるかもしれない。
甘いモノって、たまに無性に食べたくなったりする。たぶん人間の体が甘味を欲しているのだろう。
「お粗末さまでした」
洗浄の魔術のお陰で、鍋や食器を洗うのも楽なものだ。
あらかた片付け終わると、寝床の準備を始める。
「先にリザが休むといい。疲れただろう」
リザは恐縮するが「装備の手入れなども今のうちにしておきたい」と言って無理やり休ませることにした。
魔力の優れた種族であるエルフだが、体力的に見れば人族より劣っているという。
リザはハーフだが森の中を何時間も、定期的に魔術を使いながらの移動となれば種族はどうあれ疲れないはずがない。
扉には鍵が掛けられているが、ここは魔物の巣食う森の中。
寝ずの番は必要だろう。
俺達は交代で休むことにした。
探知のある俺が起きていればいいと言う話ではあるが、それだと明日の探索が万全に行くかという心配がある。
少しは休んで体力魔力を回復させたい。ポーションを飲めさえすれば、すべて問題ないという風には行かないのだ。
【灯火】が生み出す柔らかな光の中、古く軋んだ椅子に座り剣の手入れを始める。
汚れを拭き取り、新たなな油を引いて刃こぼれが無いか確かめる。
最近使ってないけど念のためな。暇だし。
俺が使っているこの剣の素材は鉄のようだ。
ルタリアでも幾らか採掘されているようだが、大規模な産出地は東の山脈地帯が有名らしい。
鉄を嫌う魔物もいるため、値段も手頃で使い勝手もいい鉄製の武器は冒険者にも人気だという。
しかし魔術の触媒としては相性が悪い。
俺も使える雷付与など、物に魔力を定着させる術との相性が悪く、定着しづらいのだという。
それもあってか魔術師などは鉄製の品物を身につけないそうだ。
この部屋には空気の通り道があるらしく、静かにしていれば外の音も聞こえてくる。
探知も使用しているため、直接見えなくとも外の状況はある程度把握が可能だ。
時折ホーホーという梟のような鳴き声や、狼の遠吠えのような物が聞こえてくるが、直ちに危険といった雰囲気はない。今のところは安全だと思う。
剣の手入れも終わり手持ち無沙汰になった俺は、毛布に包まったリザに目を向ける。
「……眠れないのか?」
横になるリザと目が合う。
口元まで毛布で覆われ、その表情は読めない。
すると毛布の隙間から、白く細い手がスッと伸びる。
俺は無言のまま彼女の脇に座り、その手を握る。
「えへへ。ジン様はいつも優しいですね」
毛布の中から顔だけ出して無邪気な笑顔を見せる。
「まぁな」
ちょっと戯けたように笑いかける。
「でもちょっとエッチですよね」
「え?ええ?どこが?」
思わず俺は狼狽した。むしろ我慢している方だというのに。
「よく女の人の胸とか見てますし」
うーん。まぁ否定はできないけど。
でも俺が住んでいた田舎じゃ見ないような美人が痴女みたいに、乳のほとんどを放り出して歩いていたら見るよね。見ちゃうよね。
おっきいのをユサユサさせて歩いていたら見るよね。見ちゃうよね。
仕方のないことなのだ。
見ようと思って見てるわけじゃないのだ。
本能的なものなんだ。
つい見ちゃうんだ。特別見たいわけじゃないんだ。
すいません、嘘です。
見たいです。
もっとがっつり見たいです。
おっぱい大好きです。ごめんなさい。
「……私のも見たいですか?」
頬を赤く染めながら、彼女は上目遣いで呟いた。




